第四十五話・伸ばされた手
国会議員、
ステージの片隅では保護対象者、
講演会会場であり避難所でもある体育館内では、大勢の避難民達が固唾を飲んで事の成り行きを見守っている。
尾須部は更に話を続けた。
『内容がどうであれ、国会議員が法改正の検討や相談をすること自体は当たり前のことですから構いません。しかし、阿久居議員が敵対国と繋がっていることも兵器が国内に持ち込まれたことも事前に知っていながら、国が表立って動くことをせず、真っ先に民間人に危険な任務をやらせ、今後も続けようとしている。そこが問題なんです』
その言葉に避難民達はハッと顔を上げた。
事前に全てを知っていたのなら止めることが出来たはず。もっと早くに裏切り者を捕まえていれば兵器が国内に運び込まれることもなかった。住む場所や家族を奪われることもなかったのだと気付いたからだ。
会場内の空気が一気に変わった。
自衛隊や警察を動かせばギリギリのところで保たれていた均衡が崩れ、一気に本土に攻め込まれる可能性もあった。だからこそノーマークの民間人に協力を要請し、秘密裏に兵器の破壊を行った。さとる達はそう説明を受け、協力した。
しかし、そういった事情を知らない者からすれば、政府の怠慢、失策、対応の遅れのせいで被害を受けたと思うだろう。
ここまでは阿久居が主張した内容と同じ。
「結局アイツはどっちの味方なんだ?」
「分かんなぁい。何がしたいのかしら」
彼は暮秋とうまが阿久居に送り込んだ
真意が分からず、誰もが耳を澄ませて尾須部の次の言葉を待った。
『それだけではありません。今回投入された民間人の生還者……
「……は?」
民間人の生還者。
つまり、さとるや江之木達のことだ。もちろん共に戦った
生還者のほとんどは先の任務で敵対国の人間を傷付け、殺している。それを元に脅されてしまえば逆うことは出来ない。
今回だけではなく、今後も使われる。
さとるの脳裏にゆきえの顔が浮かんだ。
ゆきえも生還者の一人だ。あんな痛い思いをして、やっと我が子と再会出来たというのに、今の話が実現してしまったら再び戦場に送り込まれるかもしれない。彼女の優し過ぎる性格は戦場には不向きだ。それだけは絶対に避けねばならないと思った。
「そんな、それじゃ、にいちゃんは」
「僕のせいで、父さんが、また……」
尾須部の言葉に過剰な反応を示したのはさとる達だけではなかった。ステージ上のみつるとりくともだ。顔色を失い、今にもその場に崩れ落ちそうになっている。
国民を裏切り、敵に便宜を図った阿久居。
国民を利用し、戦わせようとする暮秋。
『──さあ、君達はどちらが憎い?』
はらはらと涙を流す二人の少年に、尾須部が優しい声で尋ねた。
当事者である二人に断罪させる。
それこそが尾須部の真の狙い。
阿久居も暮秋も彼にとっては等しく悪。
どちらの味方でもない、どちらも敵なのだ。
「……もうっ、ガマンならないわ!!」
会場内の床に座り込んでいた三ノ瀬が大きな声をあげて立ち上がった。懐から拳銃を取り出し、天井に向けて
ガァン、と大きな銃声が体育館に響いた。
「みっ、三ノ瀬さん?」
突然隣で発砲され、さとると江之木はポカンとした顔で彼女を見上げた。三ノ瀬は「今のうちにあの子達を」と小声で二人に伝えると、ステージに立つ尾須部をキッと睨み付けた。
「いい加減にしなさいよ! 何をしたいんだか分かんないけど、それが子どもを泣かせてまでやりたいことなの!?」
わざと声を張り上げ、硝煙の立ち昇る銃をチラつかせ、三ノ瀬は周りの注意が自分に集中するように仕向けた。
避難民達は悲鳴をあげながら我先にと体育館の外へ逃げ出して行く。マスコミは人の流れに逆らいつつ、距離を置いて三ノ瀬の姿を撮ろうとしている。せめて顔だけは映らぬよう、カメラに背を向けるようにして三ノ瀬は立ち位置を変えた。
混乱に乗じ、さとる達は真っ直ぐ前方へと駆け出した。止めに入る会場スタッフ達を軽くあしらい、ステージに手を突いて一気に飛び乗る。急接近に驚いた阿久居と暮秋の取り巻きが行く手を阻むが、江之木が特殊警棒を振り回して全員追い払った。
さとるがみつるに真っ直ぐ手を伸ばす。
「帰るぞ、みつる!」
「にいちゃん!」
みつるは迷わずその手を取り、兄の胸に飛び込んだ。涙でぐちゃぐちゃになった弟の顔を上着の袖で拭ってやりながら、さとるはようやく安堵の表情を見せた。
「……りくと」
「と、父さん」
江之木の手を、りくとは取らなかった。自分で自分の手を抑え込んで立ち尽くしている。講演会が始まる前、顔を見て逃げてしまった気まずさもあるが、それ以上に尾須部の言葉が彼の心を縛っていた。
自分のせいで父親に迷惑を掛けている。
自分のせいで父親が今後も利用される。
「ごめんなさい父さん、僕のせいで」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、りくとはじりじりと後ろに下がり、尾須部の腕に縋り付いた。
泣きながら謝られ、江之木は差し出していた手を下ろしかけた。嫌われているわけではないと分かっていても、あからさまに拒絶されれば傷付く。しかし、その何倍もりくとは傷付いている。ここで引き下がればきっと互いに後悔する。
怖がらせないよう笑みを浮かべ、江之木は震える手を再びりくとに向かって伸ばした。
「……りくと、父さんと帰ろう」
「でも、」
「と、とうご先生?」
「迎えに来てくれたんだ。早く帰りなさい」
「そんな、先生は?」
「君はもう私がいなくても大丈夫だろう?」
「先生……っ!」
手を引かれてステージから降りても、りくとは何度も後ろを振り返って尾須部の姿を見つめ続けた。
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