第119話 懐かしい過去

 ティルと一緒に抱きしめ合いながら寝た日、俺は夢を見た。


 ひどく懐かしい夢を見た。











「じ、実は……ある物を探してまして」


「ある物?」


「はい。小さなロケットペンダントなんですが、歩いてる最中に落としちゃったみたいで……」


「大切な物なのか? そのロケットペンダントとやらは」


「ものすごく大切なものです。母が私に残してくれた形見で……」


 俺の目の前には、見覚えのある少年と少女がいる。少年のほうはどこか面倒臭いという感情の読み取れる表情で少女を見下ろし、見下ろされた少女のほうは今にも泣きそうな顔だった。


「この記憶は……まさか、マリウスの過去か?」


 呟いてみるとすんなりその言葉が胸中に沈んだ。


 俺は知っている。この光景を見たことがある。会話に覚えがあった。


 よろよろと確かめるように前へ歩きながら腕を伸ばす。すると、俺の眼前の景色がぐにゃりと渦を巻いて切り替わった。


 今度は、グレイロード公爵邸だ。ソファに腰を下ろした二人が対面する。先ほどの少年と少女、マリウスとリリアがそこにはいた。


 テーブルを挟んで、マリウスが困惑した表情を浮かべる。


「デートですか。すみません……今日は用事があって……」


「うん? 何か用事があったかな?」


「いいえ。特に何もなかったはずですよ。少なくとも第三王女殿下より優先することは何も」




「……やっぱり、これは俺の記憶なのか」




 気分はさながら本のページをめくっているかのようだ。本来は知らないはずの光景が、すんなり脳裏に焼き付けられていく。これが、過去を思い出すということか。


「それにしても……昔の俺は、本来の俺は、ずいぶんと弱腰だな。相手が一国の王女とはいえ、押されっぱなしじゃないか」


 その後の会話もほぼリリアが一方的に要求を呑ませる。まるで相手の機嫌を伺うようなマリウス自分の態度に、同一人物とはいえ不憫な感情を抱いた。


 まあ、記憶を失った今の俺でさえリリアには逆らえない。昔からそうであったとしても何ら不思議じゃないがな。


 ぐったりとうな垂れる過去の自分の姿を眺めながら、思わずフッと笑みが零れた。


 そのタイミングでさらに景色が変わる。ぐにゃりと空間が歪み、グレイロード公爵邸から外の……馬車の中? に飛んだ。


 馬車の中には、隣同士で並ぶ男女の姿があった。いつ頃の記憶かは知らないが、なんとなくその時のマリウスとリリアは仲が良さそうに見える。意外と、俺もまんざらではなさそうだ。


 事実、彼らの会話には子供らしい無邪気さと、甘酸っぱい感情があった。


「マリウス様からしてほしいなぁ……先っぽだけでも!」


「女の子がそういうこと言うんじゃありません。……どうしても?」


「どうしても」


「しかし……な」


「してくれないとうっかりお父様に変なことを伝えてしまいそうです」


「例えば?」


「マリウス様にエッチなことをされたと」


「死刑じゃん。なに恐ろしいこと言ってんの!?」


 揉めてるようにも見えるが、最終的にはマリウスがリリアの顔に口を近付け、二人の影が重なる。自分のことなのに視線を逸らしてしまったが、二人がなにをしたのかくらいは馬鹿でもわかる。


 俺はやや赤くなった顔で確認のために口にした。


「……キスしてるやん」


 奥手でゲスなマリウスはどこにいった。意外と俺の知らないところで大胆なことをしていた。いや、今の人格は俺でないように見えて俺だ。でもすでに普通にキスをしていたなんて……ラブラブかよ。


 こんなピンポイントで記憶が戻り始めるのはどうなんだろう? と首を傾げるが、その辺のさじ加減は俺の管轄ではないのでどうしようもない。ただ一言言わせてもらえれば……マリウスくんは覚悟を決めて責任を取るべきだと思う。


 キスまでしたなら、もうリリアと結婚するしかない。まさか他にもキスした相手がいるなんてことは……ないよな? なぜだかいそうな気がする。いやいや、まさか、ね?


 俺は不安を押し殺すように首を左右へ振って、再び記憶の中の自分を見下ろす。不満そうな顔を浮かべてはいるが、その中に喜びの感情を見つけてなんとも言えない気持ちになった。


「ハァ……王都に帰らないといけない理由が、出来ちゃったな」


 そう呟くと、タイミングよく世界が揺れた。大きく歪み、世界そのものが崩れていく。


 どうやら夢の時間は終わりらしい。ふわりと体が浮き上がり、どこか別の場所に飛ばされるような感覚を覚えた。


 最後にマリウスではなく隣のリリアへ声をかける。なるべく大きな声で、俺は覚悟を決めて言った。


「節操がなくて適当で怠惰だけど……ちゃんと愛してるよ、リリア!!」


 すると、




「ええ、知ってますよ、マリウス様」




 なぜか耳元でリリアの声が聞こえた。気がする。


 しかし、それを確認する前に意識は闇の中に溶けていった……。

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