第117話 大人気?
一時間にもおよぶ姉妹喧嘩に巻き込まれた。
最後は、「マリウス(さん)の馬鹿!」と言われて俺が怒られたが、なんとか村に戻ってくることができた。
残念ながら狩れた獲物は鳥が三羽のみ。他の獣は殺気を撒き散らす彼女たちから逃げてしまった。
村に着くと、そこら辺を走るまわる子供たちが一斉に俺たちの下へやってくる。木の棒を手にしたやんちゃな男の子が笑顔で声をかけてきた。
「兄ちゃんにネアとルシアだ。おかえり! 今日もたくさんお肉とれたのか?」
「残念ながらこれだけだったよ」
そう言って背負った鳥を見せる。肉の量で言えばほんのわずかだ。子供たちが同時にガッカリする。
「え~……これじゃあ全然肉が食えねぇじゃん。ウサギとかイノシシとかいなかったの?」
「うーん……いるにはいたんだけど、ね。今日は調子が悪くて逃げられちゃった」
「どうせネアかルシアが騒いだんだろ? 前にも喧嘩して全然獲物とれなかったこととかあるし」
「「うぐっ」」
自分たちより一回りも下の男の子に図星を突かれ、姉妹は揃って視線を逸らした。それが男の子の言葉を肯定するとわかると、他の子供たちもそれぞれが愚痴を零しはじめる。
「やっぱりネアとルシアのせいなんだ。マリウスさんが失敗するとは思えないし、二人ともいい大人なんだから喧嘩くらい我慢しないと」
「そうそう。爺ちゃんが言ってたよ。ネアもルシアも腕はいいのに子供っぽいって」
「あはは! だせぇ!」
とうとう子供のひとりが腹を抱えて笑い出したことで、我慢していたネア達の堪忍袋が切れた。ぐるんっと顔を正面に戻して両手をわきわきと前に出す。据わった目で子供たちを視界に捉えると、大人げない姉妹は地面を蹴って子供たちに肉薄した。
当然、大人と子供では反射神経も運動能力も異なる。暴走した姉妹に子供たちはあっけなく掴まり、
「生意気なガキはどいつだ~?」
とネアに睨まれながら腋をくすぐられる。他の子もルシアの手によって拘束されながらくすぐられていた。先ほどとは異なる子供たちの笑い声が村中に響く。それを聞きつけて、遠くの家から複数の女性が姿を現した。
「あらあら……またネアとルシアが子供たちに馬鹿にされてるわ。二人ともあんまり虐めると村長に怒られるわよ」
「どうせネアとルシアが森の中で喧嘩でもしたんでしょ? それで獲物がとれなくて怒ったとか」
「大人げなーい」
わらわらと姉妹や子供たちを囲む女性陣。ものの見事に正解していた。この村では姉妹喧嘩は日常茶飯事らしい。
それにしても……この村の男女比はずいぶんと偏っていた。俺も最近知ったんだが、なんでも男性より圧倒的に女性のほうが村民の数が多いとか。バツ一の主婦も両手じゃ足りないほどいる。
理由は単純だ。労働力となる男は、のんびりとしていて未来の薄いこの村を捨てて、遠くの街へ稼ぎに出るらしい。もちろん帰ってこないし村への仕送りもない。言ってしまえば村から逃げているのだ。
そこへ歳の若い、自分で言うのもなんだかイケメンな俺が短期間と言えども引っ越してくれば……毎日のように女性に迫られる。今も、姉妹と子供たちから視線を外した何人もの女性に囲まれていた。
「マリウスくんも大変ねぇ。あの姉妹はすぐに喧嘩するから」
「なんでも最近はマリウスくんのことで喧嘩してるらしいわよ? 田舎とはいえ仲良くシェアできないのかしら?」
「ね~。それに比べて私たちは、全員で幸せにしてあげられる自信があるのに」
「うんうん。どうかしらマリウスくん。今夜あたり、ウチに来ない? マリウスくんが望むなら、他にも人を呼ぶけど……」
うおぉおおお!! 男に飢えた、労働力に飢えた獣が目の前に。俺が止める間もなくグイグイ迫ってくる。
下手すると無理やり自宅へ連れ込まれそうな空気にたじろいでいると、女性と俺とのあいだにバッとネアが割って入る。遅れてルシアも駆け込み、二人は仲のいい女性陣を牽制しだした。
「ちょっと! 毎度毎度マリウスに媚売るのやめなさいって言ってるでしょ! 近付きすぎ!」
「そうですよそうですよ! マリウスさんはまだ若いんだから、そんなにグイグイ迫ったら可哀想でしょ!」
「えー? そんなこと言って二人がずっと独占するから私たちは……」
「職権乱用だー! たまにはマリウスくんをこちらに渡せー!」
「そうだそうだー! 私たちだってまだまだ若いんだぞー!」
「うるさーい! マリウス! ここはもういいからさっさと自宅に帰りなさい。あなたがいるとややこしいことになるわ」
ネアに背中を押されて無理やり輪の中から弾き出される。
助け船は非常にありがたいが、なんとなく毛嫌いされてるような扱いがちょっと哀しい。けど戻ろうとは思わない。変に駄弁って帰るのが遅れれば、今度は自宅で待つティルに怒られるからね。
彼女、この村に来てからは前よりずっと怒るようになった。俺が他の女性と喋ってると、わかりやすく嫉妬する。
……いや、リリア達のことを考えてくれてるのだろう。嫉妬なんておこがましい。
自らの軽率な発言を撤回し、とぼとぼと帰路に着いた。
自宅に帰ると、エプロン姿のティルがおたまを持って出迎えてくれる。
そんなありふれた日常風景が、たまらなく幸せだった。記憶が戻るにしろ戻らないにしろ、これはこれで楽しんでるなぁ……俺。
やや申し訳ない気持ちを抱きながら、今日もティルと一緒に夕食を食べる。
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