第116話 姉妹喧嘩

「もうっ! お姉ちゃんのせいでウサギに逃げられた!」


 森の一角、獣道を歩きながら先頭に立つルシアがぷんぷんと怒る。原因である俺はなんとも言えない表情で無言を貫き、大声を出してウサギにバレ、見事に逃げられたネアは恥ずかしくてずっと下を向いていた。


 結局、あれから一時間ほど森の中を探索しているが、一向にクマか巨大な獣の姿は見えない。最初にルシアが言ったとおり、もう近隣の森にはいないのかもしれない。それはそれで助かるが、胸中に巣食ったモヤモヤは晴れなかった。


「このままじゃ成果なしで村に帰ることになるよっ。頑張って一匹でも多くの獣を見つけないと! お姉ちゃんもちゃんと前を向いて!」


「ま、まあまあ。たまにはこういう日もあるさ。獲りすぎはよくないし、かえってよかったのかもしれないよ?」


 居心地の悪さに耐え切れず俺がそう言うと、前を歩いていたルシアが足を止めて振り返る。笑顔がよく似合うはずだった彼女は、キッと俺を睨むと大きな声で叫んだ。


「マリウスさんはお姉ちゃんに甘い! お姉ちゃんのせいでウサギに逃げられたんだから、庇う必要はありません!」


「いや、でも……ほら、俺も悪いわけだし……」


「ッ! そ、そうよ。マリウスが私を押し倒すから……!」


 隙を見つけたと言わんばかりに落ち込んでいた? ネアが会話に混ざる。すると、ルシアの瞳がさらに細くなった。相手を射殺さんとばかりに殺気がネアへ飛ぶ。


「マリウスさんがお姉ちゃんを押し倒した……? あんまりふざけたこと言ってると本気で怒るよ? 注意不足で倒れそうになったお姉ちゃんが、咄嗟にマリウスさんの手を掴んだの……僕は見てたからね?」


「うぐっ……そ、それは……」


「言いわけ禁止!」


 図星を突かれてネアが狼狽える。生まれた弱点をここぞとばかりにネチネチ攻め込み、妹のルシアがマウントを取った。しかし、姉には姉の威厳がある。加えてネアにとって先ほどの押し倒された記憶は非常に恥ずかしいことだろう。ルシアが文句を垂れ流す中、ぷるぷると小刻みに体を震わせる彼女の額に、若干の青筋が浮かんできた。


 これはまずいと慌てて俺が二人のあいだに割って入る。


「しゅ、終了! 言い争いはそこまでにしようか! 森の中で喧嘩なんかしてたら危険だよ。それに、誰にだってミスはある。ネアばかりを責めたら可哀想だ」


「むむっ……やっぱりマリウスさんはお姉ちゃんに甘いです。森の中だからこそ、お姉ちゃんの注意不足は怪我や死に繋がる可能性だってある。僕だって口うるさく言いたくはないけど、これも全てお姉ちゃんのためなんです!」


「嘘ばっかり……」


 ぼそりと小声でネアが反論する。ぴくりとルシアの額に青筋が浮かんだ。


「なんか言った? お姉ちゃん」


「なにも~? 庇ってくれてありがとう、マリウス。あなた、なかなか優しいじゃない」


 おほほ、と言って誤魔化すネア。誤魔化し方が雑だが、それより何より俺の腕を抱きしめないでほしい。恐ろしいルシアから逃げるためなんだろうが、無意識にでも胸が当たってる。大きくはないが、女性特有の柔らかさが俺には辛い。距離感も縮まっていい匂いがした。思わず明後日のほうへ視線を逸らす。


「あー! お姉ちゃんがマリウスさんを誘惑してる! 貧乳のくせに生意気な」


 姉の珍しい姿にびしっと指を指してルシアが叫んだ。おかげで胸を押し付けてることに気付いたネアの顔が赤く染まる。それでもすぐに離さないのは意地か。必死に笑みをぶら下げて反論を口にした。


「あ、あら~? 胸っていうのは大きければいいわけじゃないのよ? 形と柔らかさが大事なんだから。大きいと将来垂れるわよ? うふふ」


「は~!? 僕の胸は大きいうえに形もいいし柔らかいもんねっ。本当だよマリウスさん!? 触ってみて!」


「はぁっ!?」


 姉ネアと同じようにこちらへ身を寄せにくる妹ルシア。ネアより大きな胸がぐにゅりと俺の腕にぶつかる。柔らかい。違う。いい匂い。違う。幸せ。——ちがぁあう!!


 危うく煩悩に理性が殺されるところだった。ぶんぶんと頭を左右に振って正常な意識を取り戻す。


「こ、こんな森の中でそういうことしたらダメだろ!? 二人とも離れてくれ!」


「なによ! 私の胸がそんなに嫌なの!? あなたも大きいほうがいいって言うの!?」


「言ってない!」


「ほら~。やっぱり男の人は大きい胸にこそ魅力を感じるんだよ。素直になれない、胸も小さいお姉ちゃんより、素直で大きい僕が一番だって!」


「言ってない!」


「ルシアちゃんなんて腹黒じゃない!」


「お姉ちゃんなんか処女拗らせて!」


「あんたも処女でしょ!?」


「お姉ちゃんは……!」


 わんわん。にゃーにゃー。


 ああ言えばこういう。姉妹喧嘩に挟まれた俺は、もはや何も言えずに黙るしかなかった。


 左右から聞こえる大音量に耳を傷めながら、自宅で俺の帰りを待つティルに想いを馳せる。今は、彼女との静かな時間がほしかった……。




「聞いてるの!? マリウス!!」


「聞いてるの!? マリウスさん!!」


———————————————————————

あとがき。


なぜか本作が第8回カクヨムコンの中間選考に残ったっぽい?

わーい(満足)。

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