第81話 大胆な告白

 高等魔法学院の……というか一般的な学校の校舎裏は人気がない。花の咲き誇る中庭と違って雑草くらいしか見るものはないし、近くにあるのは見慣れた校舎の壁のみ。そんな面白味ゼロの場所へ誰が好き好んで行きたがるだろうか。


 けれどその代わりに、校舎裏は絶好のいじめポイントでもあった。他の生徒や教師が来ないのだから、呼び出して文句を言ったり嫌がらせするのに最適だろう。いつの世もそういう意識は変わらない。


 角を曲がり、校舎裏の中でも特に隅っこにある場所へ辿り着く。するとそこには、先ほどの女子生徒が教えてくれたようにたくさんの貴族令嬢が集まっていた。




「まったく……同級生の注意を聞いてもなお、マリウス様やその他の令嬢方に近付くとは……度し難いほどの無能ですね、あなたは。あまつさえリリア王女殿下に声をかける? 声をかけてもらう? あなたは一体、何様のつもり!?」




 集団の一人、ひときわ鋭い視線でティアラを睨む女性に俺は見覚えがあった。前に王宮で挨拶を交わした貴族令嬢だ。ドリルのように巻かれた金髪縦ロールは、まさに悪役令嬢っぽい感じがする。攻撃力こうげきりょく高そう。


 そのうえ、王宮に入れる貴族と言えばかなり格が高い。そんな彼女がティアラをイジメるなんて……テンプレだな。


「わ、私はただ! ……マリウス様たちが声をかけてくれるので、それに答えているだけです……」


「ウソよ! 自分から話しかけていたじゃない! それに、平民は身を縮めながら過ごすのが常識でしょう!? ここは我々われわれ貴族のための学院なのよ!」


「マリウス様たちがお優しいからって調子に乗って……本来、公爵子息様と喋れるほどの価値はあなたに無いのよ。平民なんてゴミと同じなんだから」


「あー臭い臭い。このままではマリウス様たちに平民の臭いが移ってしまうわ」


「そんな……私は、ただ……」


 責められ、嫌味を言われ、笑われる。最初こそ頑張って健気にも強気を見せた彼女だが、次第にその勢いは失速していき、やがてキレイな顔を俯かせた。まさに多勢に無勢。女同士の恐ろしい光景を目の当たりにした。


「……陰湿だな」


 前世の頃からあの手の嫌がらせ、いじめは苦手だった。幸いにも俺の身近でそのような行為は行われなかったが、テレビで見る度に胸糞悪くなったのを覚えてる。


 いじめる側はまるで神にでもなったかのような言い草だ。特に、前世とは違い階級こそが全てなこの世界において、その意識はより顕著である。純粋な悪意がひしひしとこちらまで伝わってきた。


「なに? 私に口答えするの? この伯爵令嬢たる私に? 貴族ですらないあなたが?」


「不敬よ! 貴族と関わったことで増長してるのでは?」


「そうね……イヤだわ。貴族に楯突く平民なんて、存在そんざい自体が害悪。そんなあなたに……特別に私が、指導して差し上げます!」


 そう言うと金髪縦ロールの令嬢は、ティアラへ向けて右手を前に突き出した。魔力が炎という形を象って現実世界に現れる。魔法だ。俺がよく使う身体強化のようなものではない。より殺傷力の高い属性魔法。しかも、危険な炎を用いるとは。


 あまりに浅慮な行動に、俺は迷わず行動に移す。地面を蹴り上げ、彼女が魔法を放つ瞬間に二人の間に割り込んだ。腰に下げた鞘から剣を抜き放ち、迫る魔法を——斬り伏せた。




「なっ!?」




 切り裂かれた魔法が明後日の方向へ飛んでいく。まさかマリウス本人が助けに来るとは思ってもみなかったのか、魔法を撃った金髪縦ロールの令嬢が目を見開いた。お互いの視線が交差する。


「いくらなんでもこれはやりすぎだろ。十分に殺人未遂だ。これ以上、彼女に手を出すというなら……公爵家が代わりに相手をしてやるよ。どうする?」


 ニコリと笑って彼女を脅迫。こちとら王族の次に偉い公爵家だぞ。しかも武力を尊ぶグレイロードじゃ。勝てるもんなら勝ってみろ。


 格上。さらに王族の婚約者たる俺を前に、集まった令嬢たちの顔は一様に青く染まる。しかし、それとは逆に背後で俺の顔を見上げるティアラは、顔を赤くして呆然としていた。


 短い空白の時間が流れる。そして、




「す、すみませんでしたあああ!!」




 と叫びながら、その場に集まった令嬢たちは走り去っていく。我先にと走るものだから、中には転ぶ者もいた。さすがに可哀想……でもないか。ざまぁ。


「あの、マリウス、様……」


「ん? ああ、無事でよかったよティアラ嬢。どこか怪我してないか? 今のうちに言っておけよ。簡単な治癒魔法くらいなら使える……って、聖属性の魔法が使えるティアラ嬢には不要か」


 よくよく考えたら俺よりはるかに強力な治癒、回復魔法が彼女は使える。もはや悪役令嬢? たちはいないのだから俺の出番はないな。さっさと剣を鞘に納め、やれやれと疲労を抜く。


 すると、先ほどからずっともじもじしていたティアラが、おもむろに叫んだ。




「——好きです!!」




「…………あえ?」




 それは唐突な愛の告白。何の脈絡もなく告げられた言葉に、ポカーンと俺の目が点になる。




 好き? 隙? 梳き? その言葉を理解するのに、俺は一分以上もかかった。


———————————————————————

あとがき。


リリア「監禁監禁監禁!」

セシリア「いいないいないいな!」

フローラ「夜這い夜這い夜這い!」

アナスタシア「ご飯おいしい」

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