リリア・トワイライト短編『監禁生活一日目』
まえがき。
王女様がかなりはっちゃけてます。
※こちらの短編はif、もしもの話です。本編とは何ら関係ありませんので悪しからず。
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それは、ある日、唐突に起こった。
今日も平凡な一日が始まると目覚めた俺は、朝食を食べてのんびり自室で勉強していたが、そこへふらりと婚約者が現れる。
「こんにちはマリウス様。お会いしたかったです」
彼女——リリアは普段と変わらぬ笑顔を浮かべて挨拶するが、俺は「こんにちはリリア。何の用だ?」と端的に返す。
するとリリアは言った。変わらぬ笑顔のまま、恐ろしいことを。
「本日は、マリウス様を監禁しに来ました」
と。
…………は?
▼
「……あの、これは一体どういうことでしょうか」
強固な鎖でぐるぐる巻きにされた俺は、リリアの護衛騎士たちに抱えられる形で馬車に詰め込まれた。
今は走る馬車の中で、ニコニコ笑顔のリリアと対峙している。
「どういうこと、と言いますと?」
「いや、明らかにヤバイことになってるでしょ目の前の男が! あなたの婚約者が!」
「鎖に巻かれていますね。苦しくはありませんか?」
「苦しくはない。けど、この鎖……ちょっと頑丈すぎやしないか?」
いくら頑張って力を入れてもビクともしないんだが? なんだこれ。普通の鉄の鎖なら身体強化すれば簡単に壊せるのに。
「そうでしょうとも。それは逃げるマリウス様を捕まえるために特注で作らせた特別製です。グレイロード公爵様からは、マリウス様は自分を超える才能を持った天才だと聞いてますので、普通の鎖なら壊して逃げるでしょう? ですが、それなら安心です」
「何が!? この状況のどこに安堵する要素があるの!?」
「マリウス様がいけないんです! 私という婚約者がいながら、手当たり次第に女性へ手を出して……いい加減、我慢の限界です!」
「……だから俺を監禁すると?」
「いえ。それはそれ。これはこれ、です。マリウス様とのお泊り、たいへん楽しみです!」
ほほう。王族の間では、婚約者を無理やり特注の鎖で縛った挙句、本人の許可をとらずに誘拐し監禁する行為を「お泊り」と言うらしい。
なるほどなるほど。
誰か助けてぇえええ!! 婚約者に襲われるぅううう!? というか襲われたぁあああ!
あまりの急展開に反応が遅れてしまって今に至る。今回ばかりはガチで何されるかわかんない上、鎖のせいで身動きができないから本気で恐怖を感じた。
だが、人を攫ったとは思えない目の前の婚約者は、馬車が走り出してからずっと嬉しそう。ハハ。メインヒロインとは一体……。
次第に見えてくる王宮を視界に捉えながら、俺は力なくうな垂れた。ああ神よ……お助けください。
▼
王城に到着すると、俺の文句など
しかし、いくら懇願しようとリリアはそれをスルー。ニコニコしたまま騎士たちを先導していく。
そして俺が通された部屋は、どうやらリリアの自室の近く、誰も使っていなかった空き部屋だ。丁重にソファへ座らされ、最後に敬礼した騎士たちがいなくなると……ガチャリと部屋の鍵がリリアによって閉められる。
その音を聞いた瞬間、「あ、これ俺、逃げられないやつだ」と全てを悟った。未だに鎖がぐるぐる巻き付いてるし。
「さあマリウス様。ようこそ我が家へ。ここがしばらくの間、マリウス様の部屋となります。自由に使って構いませんよ」
「じゃあ鎖を外してくれ」
「できません。鎖を外したら逃げるでしょう? それ以外をお願いしてください」
「トイレ」
「では一緒に——」
「やっぱいいわ……」
さも当然のように俺を立たせてトイレへ行こうとするリリアさん。彼女の中に大きすぎる狂気を見てしまった。狂ってる。生まれたての小鹿のごとく俺の体は震えだした。
「あはは。冗談ですよ冗談。そこまでしてはマリウス様に嫌われてしまいます。……ああでも、私のトイレなら同行しても構いませんよ? マリウス様なら何を見られても恥ずかしくありませんから」
「俺が恥ずかしいからやめてくださいお願いします」
この子、
「では食事にでもしましょうか。昼食はまだですし、ご馳走しますよ」
「いや、でも俺の体は鎖が巻かれてるし……」
「もちろん私が手ずから食べさせます。飲み物も飲ませます。マリウス様は何もしなくていいですよ? この部屋にいるだけで、私は満たされますから」
「ひいぃっ!?」
今までにないくらいどす黒い目でリリアがこちらを見つめる。何が彼女をあそこまでバグらせたのだろうか。子供ゆえに情緒が不安定すぎて俺の命が危険に晒される。
というか想像以上にガチで監禁されてる件。え? これっていつまで続くの?
「どうかしましたかマリウス様? 急に悲鳴なんて上げて。まさかとは思いますが…………私が怖いなんてこと、ありませんよねぇ?」
その通り!!
でも言ったら身の危険を感じるので首を激しく左右に振って否定した。
「クスクス。そうですよねぇ。婚約者である私が怖いなんて、そんなことあるわけないと信じてました。待っててください。すぐに昼食を持って来させるので」
「……うっす」
もう怖くてなんも言えねぇ。
俺はソファに背中をあずけて口から魂を吐き出す。
ここから、俺の地獄の日々は始まった。
▼
「はい、あーん」
「……自分で食べられるよ」
メイドが運んできた昼食を、リリアが俺に食べさせようとしてくる。鎖のせいで足どころか腕も動かせないからな。仕方ないと言えば仕方ないが、この鎖くらいは外してくれると嬉しい。逃げないから。
——嘘です。絶対に逃げる。一目散に逃走する。彼女はそれをわかっているから鎖を外さない。
「あーん」
「いや、あの……」
「あーん」
「リリアさん?」
「あーん」
「……あーん」
パクリ。俺は彼女の『笑ってるのに笑ってない顔』が怖くて圧に屈した。差し出されたスプーンに乗った料理を食べる。もぐもぐ。美味しい。
「ふふ。こうしてるとまるで新婚さんみたいですね。なんだか楽しくなってきました」
この状況で!? 旦那さん、奥さんに鎖で縛られてますが!? 斬新すぎるだろ!
「そ、そう思うなら……俺としては、鎖くらいは外してほしいなぁ、なんて」
「え? どうしてですか?」
まるでわかりません、みたいな顔をするリリア。ゾッとした。
「ほら、俺がこんな状態じゃ自分のことすらまともにできないし、そうなるとリリアや王宮に勤めるメイド達にも迷惑をかけるだろ? な?」
「面白いことを言いますね、マリウス様は。マリウス様は何もしなくていいと言ったはずですよ? 誰が許可を出しましたか? マリウス様はずっと私のそばで笑っていてください。語りかけてください。愛を囁いてください。動かないで。哀しまないで。泣かないで? 何もしなくていい。何もしないでほしい。私が、全てを叶えてあげます。この手で、優しく包んであげます。だから、——余計なことは考えないで?」
「うっす」
すみませえええええん!! どなたか助けてくれませんか!? 婚約者が怖いというか病気みたいなんですが!?
目に光が無いとかそういうレベルじゃない。全てが彼女の中で自己完結してる。こちらの要望なんて
かつてここまで自分の身に危険が迫ったことなど果たしてあるだろうか? 人生で一番の命の危険を感じる。何か、なにかこの状況を打開できる方法は……。
「あ! だ、だったら、セシリア達を呼ばないか? お泊りとはいえずっと部屋にこもってたら退屈だろ? リリアも幼馴染だったら気さくだろうし」
「セシリア、ですか……へぇ」
ぞくり。彼女はこちらを見つめたまま妖艶な笑みを浮かべる。なぜか背筋に悪寒が走った。
「わかりました。少々お待ちください。こんなこともあろうかと準備は済ませてあります」
「へ? 準備?」
なにやら意味深な発言をしてリリアは一度、部屋から退室した。そして数十分もすると戻ってくる。一人で。しかし、
「どうかしらマリウス様。この装い、気に入ってくれましたか?」
再び部屋に戻ってきたリリアは、なぜか……前にセシリアが纏った青色のドレスを着ていた。
「どうして……その、ドレスを……」
濁りきった目のまま彼女は答える。
「マリウス様がセシリアを求めるから、セシリアの真似をしてみたんです。ねぇ、マリウス様? 私とセシリア……どっちが、愛しい?」
やっぱこえぇよリリア! 俺が問題ばかり起こすもんだから本格的に病んでるよこえぇよ!
「コスプレしてきたの! 誰のコスプレだかわかる?」って質問して、「あなたの浮気相手」って真顔で彼女に言われるくらい怖い。そして実際、そんな感じの展開だからマジで俺は殺される。
ここは素直に彼女のことを褒めておこう。心からそう思った。
「も、もちろんリリアに決まってるだろ? 俺とお前は婚約者。それに、一番の仲だ。誰よりも多くの時間を共有したはずだよ、な?」
俺がそう答えると、
「ふふふ! ええ、ええ! そうですとも。こればかりはセシリアにも負けません。私とマリウス様は相思相愛。ええ。ええ。そうでないといけません。許しません」
「あはは……リリアは心配性だなぁ」
「それだけマリウス様をお慕い申し上げているのです。あなたは罪な人ですね」
「そ、そうでもないさ。リリアしか俺は見えていない。ところで他に誰か呼ぶって俺の意見は結局——」
スッ。
言葉の途中で、リリアが笑顔のまま剣を持ち上げた。
「誰に会いたいのですか?」
「ちょっと待て。その剣はどこから取り出したそして何に使うつもりだ」
キラリと光が剣身に反射して鈍く光る。間違いなく真剣だった。……って、あれ俺の剣じゃね? そう言えば縛られたせいで剣を持ってきてなかった。後から持ってきてくれていたのか。握ってるのは俺じゃなくてリリアだが。
「マリウス様は、一体、どなたに、声を、かけてほしいと?」
「冗談に決まってるだろ? 俺にはリリアしかいない」
「ですよね。よかったです! いいえ、最初からマリウス様の冗談だと思ってましたよ? 何も心配などしておりません」
言いながらリリアは剣を下ろす。嘘じゃん。両手に現行犯! でも怖いから何も言わない。キリッとした顔で笑うだけ。
「……と、すみません。お話に夢中になってしまい、昼食を忘れていました。ささ、食事の続きをしましょう? あーん」
「あ、あーん……」
有無を言わさぬ強引さに負けて、俺はぷるぷると頬を痙攣させながらも彼女からの施しを受け入れる。
果たして俺は、数日後まで生き残ることができるだろうか? さすがに、数日も経てば解放されるとは思うが……すでに
おうち、かえりたい……。
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あとがき。
すっごく長くなりそうになったのでかなり削りました。タイトルを見て察した方はいるかもしれませんが、作者の気分次第で続きが出ます。なんて。
そして次回から学園編スタート!
大きく二つの話に分かれ、二つ目で話で完結します。
期待しないでのんびり見ましょう!
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