第61話 お約束

「……すごい。乳製品を使ったチョコレートに、液体を使った生チョコ? このトリュフっていうのは具体的にどんなの? 全然わかんない」


 俺がアナスタシアの用意した紙に次々とチョコレートのレシピ……というか商品名? を書き込むと、それを見た彼女が感嘆の声を漏らす。


「細かい説明は後だ。今は俺が覚えてるかぎりのチョコレートを書き記す方が先決だろ」


「気になるものは気になる。商人としては好奇心が抑えられない!」


「あっそう……めんどくさいのな、商人って奴は。ちなみにカカオの分量を調整することで普通のチョコレートにも変化を与えられる。それに甘味と言えばしょっぱいものが合うから、塩とか使えば面白いな」


「塩を安易に混ぜたら味が壊れると思う」


「別に塩だけ入れる必要もないだろ。しょっぱい物と組み合わせればいい。例えば……ポテトとか」


 前世でありふれたお菓子の一つ、チョコレートとポテトの組み合わせだ。あれは美味しい。問題は値段とカロリーが高かったこと。

 だがこの世界にそれを比較するものはない。作れば確実に高くても売れるだろう。


「ポテト? ポテトって、あの丸い野菜?」


「ああ。寒い時期によく採れるあれだ。あれを薄切りにでもして揚げれば絶品だぞ。そしてそのポテトにチョコレートを垂らすと……これが暴力的に美味い」


「——ごくり。それは是非とも味わってみたい。ちょっと奥からポテト持ってくる」


「速いな行動が。ってかあるのか」


 言うや否やアナスタシアは店に置いてあるじゃがいもをいくつか持ってきた。

 調理道具まで揃え、油でじゃがいもを揚げはじめる。


「サイズはこれくらい?」


「いやもっと薄く。……これくらいだな」


 俺は彼女が求める情報を彼女に与える。

 この世界にもさすがにじゃがいもを揚げる程度の知識とレシピはあるが、ポテトチップスは売ってないらしい。


 包丁を使って俺がじゃがいもを非常に薄く切ってみせると、アナスタシアは驚きながらも同じようにじゃがいもを切っていく。

 そしてある程度の量を切り終わると、それをまとめて油の入ったフライパンへ投入。

 じゃがいもを揚げる。


「……ん、これでどう?」


「問題ないな。ちゃんとポテトチップスになってる」


「ポテトチップス?」


「この食べ物の名前だよ。揚げ物だと他のやつと被るだろ。もし商品化するなら適当にそんな名前でも付けておけばいい」


「なるほど。マリクスは賢い。いい名前だと思う、ポテトチップス」


「はいはい。それよりこれに……さっき余ったどろどろのチョコレートをかけて……食べる!」


 塩を軽く振ったポテトチップスに甘いチョコレートの液体をかけて俺はがぶりと一口。

 ほんとは冷やすともっと食べやすいのだが、今は美味しいかどうかを調べるだけなのでこれでいい。

 うん美味い。


「美味しい?」


「美味しいよ。ほら、アナスタシアも食べてみろ」


 そう言って俺は同じように塩とチョコを付けたポテトチップスを彼女の口に運ぶ。

 「はいあーん」状態だが、まあリリアもいないしいいだろ別に。


「あーん……ん! たしかにマリクスの言う通りこれはなかなか美味しい!」


「だろ? 作り方も簡単だし、売る際に値段を普通のチョコより高くすれば材料費も問題ない。売れると思うか?」


「売れる。間違いなく売れる。ボクが貴族だったら絶対に買いたいと思う。美味しい」


 パリパリ。パリパリ。

 喋りながらも次々とチョコレートを付けてポテトチップスを食べるアナスタシア。割と気に入ったらしい。


「それは何よりだ。……けど、残念なこともある」


「残念なこと?」


「ポテトチップスは油で揚げた食べ物だ。そこに砂糖の入ったチョコレートをかければ……カロリーが低いわけがない」


「つ、つまり?」


「端的に言って、——たくさん食べると太る」


「ガーン!」


 ポテトチップスを片手にショックを受けるアナスタシア。

 無表情の彼女にしては面白いくらい表情が豊かになっていた。

 しかし、哀しいことに美味しいものとは基本的に太るのだ。油と砂糖で余計に、な。


「こ、これは……まさに悪魔の食べ物。一度食べると止まらない、女の敵……」


「まあ何事も適量が一番ってことだな。売れるなら問題はないだろ?」


「ない。商品化する。世の女性には悪いけど、売れる物はなんでも欲しいのが商人。客の体重まで考慮していられない」


 残酷なことを言ってポテトチップスを元の場所に戻すアナスタシア。

 俺はその様子にクスリと笑ってから、他のアイデアも出していく。


「プラリネ? なにそれ。カラメルとアーモンド?」


「ちょっと珍しいチョコレートだな。原材料に関しては一緒に探してみるか。すぐに見つかるだろ、多分」


「ん、了解。新しい味、楽しみ」


「食べ過ぎて太らないといいな——うげっ!?」


 余計なことを言ったら脇腹を殴られた。結構痛い。


「マリクス、失礼。許さない」


「す、すまんすまん。ほんのお茶目な冗談だ」


「女性にその冗談は殺されても文句を言えない」


「過激だなおい。……気を付けるよ、今度から」


「そうするといい。次はボクも包丁を持ち出すかもしれない」


「マジかよ」


 女性の体重たいじゅう問題怖すぎ。

 このネタはリリア達にも使えるかもしれないと思ったが、リリアに言ったら剣が飛んできそうだな……やめとこ。


 俺は事前に地雷を踏み抜くことへの恐怖を覚えた。おかげでなんとか惨めな未来を辿らずに済みそうだ。


 その後も、和気藹々とアナスタシアと共に新作のチョコレートを作る。時間は緩やかに経過していった。


 そして、チョコレートの販売までもうあと一歩。あとは完成したそれを彼女が売り出せば終わりだ。

 その日の夕方、その話を少しだけして俺とアナスタシアは別れる。


「じゃああとは頑張れよ。ちょくちょく確認には来るから色々と教えてくれ」


「ん。ありがとうマリクス。マリクスとのチョコレート作り、すごく楽しかった。マリクスはボク達の恩人。絶対に、一生、この恩は忘れない!」


「……そうか。ならいつか返してくれる日を心待ちにしてるよ。またな」


「また」


 お互いに手を振り合って別れる。


 俺はゆっくりと来た道を戻りながら空に浮かぶ夕日を見た。

 その日の夕日は、なぜか無性に笑ってるように見えた。気分がよかったからかな?

 今日はぐっすり眠れそうだ。











「ずいぶんと楽しそうでしたね……マリウス様」






 ……あー、どうやら俺の一日はまだ終わっていないらしい。


 聞き覚えのある声に視線を向けると、満面の笑みを浮かべるリリア第三王女殿下がいらっしゃった。

 はてさて……一体、いつからいたんだろう? そして俺は……許されるのだろうか?


 もう始めから自分がなにかしたのだと思ってしまい、俺の額からは嫌な汗が滝のように噴き出した。


———————————————————————

あとがき。


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これはまた感謝の連続投稿を......。

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