第39話 すまないと思ってる

 リリアに自分の不甲斐ないところを見せてしまった俺。

 どうやって彼女に謝ろうか考えていると、そこで何やらロマンスを繰り広げる男女の会話が聞こえてきた。


 さっさとその場を立ち去ろうとした俺だが、聞こえてきた女性の声に引っかかり、別のことに思考が囚われてしまう。

 しかもその間に言い争っていた男女が俺の下にやって来る。

 案の定、言い寄られてた女性は俺の知り合いセシリア・アクアマリン公爵令嬢だった。


 彼女はゲームの画面でも様々な男性にモテていたし、そりゃあパーティーに行けば一人や二人くらい言い寄る男がいてもおかしくはない。

 だが、俺と目があった彼女はなぜか俺の腕に自らの腕を絡めて抱き付いてきた。

 柔らかい女性特有の膨らみが腕に当たり、色んな意味で俺は驚く。


 しかし、それらを更に超越する言葉が彼女の口から出た。


「ちょうどよかったわ。残念だけど、私にはもう彼がいるの。わかったら諦めてちょうだい」


 というもの。


 それを聞いて盛大に頬を引き攣らせる俺だったが、セシリアが小声で「お願い、合わせて」と言ってきたので反射的に黙る。


 よくよく考えたら、この状況はある意味でアリ。

 変な虫がヒロインに付くのを防ぐことができるのだから。

 それにしたって、他にも手があったようには思う。

 その時の俺は、きっと想像そうぞう以上にテンパッていたに違いない……。











「か、彼が……君の想い人?」


「ええ。名前はマリウス・グレイロード。聞き覚えくらいあるんじゃない?」


「ぐ、ぐぐ、グレイロード!? グレイロードって、まさかあの……?」


「どのグレイロードかは知らないけど、彼の実家は公爵家ね。私とも知り合いよ」


「や、やっぱりグレイロード公爵家の……。く、くそ! すでに四大公爵家同士で話がついていたのか! 第三王女の婚約者のくせに……」


 ぎろりと見知らぬ男に睨まれる。

 そんなこと言われても、セシリアに好かれてる自覚はない。

 まず間違いなく嘘を突き通せと言うことだろうが、恨みを買ってまで彼女の味方をすべきなのか?

 どちらにせよ、勝手に玉砕していきそうな感じなのに。


「……まったく。悪いが、セシリアには手を出さないでくれ。彼女は俺のだ。渡す気はない」


 やれやれと肩を竦めたあと、しょうがないから恩を売っておこうと彼女をさらに抱き寄せた。

 腕に当たる幸せな感覚が強くなる。


「ッ! そ、そそ、そうよ。マリウスは、私の……ここん、こん……婚約……」


 おいバカ。

 人がせっかく合わせてやってるのに、変なところで意識して恥ずかしがるな!

 俺だって嫌なのに。


「公爵家が相手なら僕に勝ち目は……ちくしょう! 羨ましい!」


 あ、逃げた。

 どうやらセシリアのたいへん残念な演技には気付かなかったらしい。

 涙を浮かべて伯爵子息は走り去る。

 俺はホッと胸を撫で下ろして彼女から離れた。


「なんだかよくわからないが、諦めたようでよかったな」


「そ、そそ、そうね……あり、ありり、ありがとう! マリウス……」


「なんでまだ緊張してるんだ? もうあの貴族の男はいないぞ?」


「うる、うるさい! ちょっと予定と違ったの! 想像以上だったの!」


「?」


 何が想像以上だったんだ?

 抽象的すぎてわからん。まあいいか。

 俺はひとまず彼女の危機? が去ったことに安心し、踵を返してさっさとホールに戻ろうとした。

 すると、それを察したセシリアに袖を掴まれる。


「なんだ」


「どこ行くのよ」


「ホールに戻るんだよ。まだパーティーは終わってないからな」


「婚約者を置いていくの?」


「嘘じゃんそれ」


「あの男はまだパーティー会場にいるのよ? いきなり別れたら疑われるでしょ!」


「そんなこと言われても……一応、俺、主役なんだけどパーティーの」


「少しくらい戻らなくても平気よ。ちょっと話していきましょう」


 話? セシリアと話すことなんかないぞ。

 むしろ積極的に関わりたくない。

 お前もまた俺の死亡フラグを握るヒロインなんだ。


「帰る」


「だめ」


「チッ」


「いま舌打ちした? ねぇ?」


「——いたたたた!? ちょ、おまっ……腕を抓るな腕を!」


「あなたが私のお願いを聞いてくれないからでしょ。少しくらいいいじゃない」


「……」


 この女……いい根性してやがる。

 男ならぶっ飛ばしてるな絶対。


「わかったよ。少しだけだぞ」


「ありがとう。それにしてもよく話を合わせてくれたわね。急だったのに」


「お前があいつと婚約したら困るからな。すぐに状況は理解したつもりだ」


「……え? な、なんであんたが困るのよ……関係ないでしょ」


「関係おおありだ。お前には、もっと相応しい相手がいる」


「相応しい相手!?」


「そうだ。そいつと婚約すること以外は許さん。だから助けた。それだけだ」


「そ、そう……そうなの……」


 顔を赤くして俯いたセシリア。

 何やら微妙に変なすれ違いが起きたような気が……まさかな。

 気のせいだと思う。


「実は、私、ね」


「ん?」


「本当に好きな人と添い遂げたいの」


 急にセシリアが語りだした。


 窓から差し込む月光が、顔を上げた彼女を照らす。

 やや赤い顔に、ちょっぴり覚悟の色が見えた。

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