第40話 俺は頑張らない

「私、ね。本当に好きな人と添い遂げたいの」


 セシリアが唐突にそう言った。


「本当に好きな人と?」


「ええ。政略結婚じゃない、あなたとリリアのように、心の底から好きになった相手と結婚したい」


「俺とリリアは相思相愛って感じじゃないけどな」


「知ってるわ。あなたがあまりリリアとの婚約に乗り気じゃないことは。でも、あの子はすごく楽しそう。最近のリリアはキラキラ光って見えるのよ」


「ふーん……そういうもんか」


「男の自分にはわからないって?」


「わからん。恋愛にまだ意味を見い出せていないからな」


「寂しい男ね」


「ほっとけ」


 自覚はある。


「でも、いずれあなたは知ることになる。本当の恋を」


「どうしてそう思う」


「リリアが絶対にあなたのことを諦めないからよ。あの子の性格はわかったでしょ? あなたは逃げられない。必ず掴まってあの子を好きになるわ」


「その前にリリアが俺に愛想を尽かす可能性だってあるだろ。どうしてリリアが諦めないと言える」


「女の勘、かしら」


「ずいぶん適当だな……」


 聞くんじゃなかった。

 少しは俺のモヤモヤも晴れると思ったが、そんなことはない。

 むしろ疑念は増す一方だ。


「適当でいいのよ。確証なんて無いんだから」


「結局はそれか。なら、俺がリリアを好きになる必要もないだろ。いつかリリアの心が変わるかもしれないんだから」


「やけに拘るわね。もしかして……あんたは、怖いの?」


「怖い?」


「リリアに愛想を尽かされることが」


「……さてな。思えば、考えてもみなかった」


 相手にふられることが怖い、か。

 意外と的を射た答えかもしれない。


 誰かと付き合う権利が自分にはないと言ったが、裏を返せば必ず自分ではふられるという脅迫概念に近いのかもしれない。

 必ず自分は不幸になる。他人すらも不幸にして一人になる。だから恋愛はしない。

 それも俺を縛り付ける一つの答えかもしれない。


「けど、言われてみたら俺は怖いのかもしれないな。一人になるのが」


「珍しく素直じゃない。でもなんとなくわかったわ。だからあんたは誰にでも適当なのね」


「生来の気質だよ」


「そうでしょうけど、それだけじゃない。無意識に自分が傷つかないようにしてるのよ。恋愛なんて特に別れた時のショックは大きい。相手が好きだった分だけ。だからあんたは恋愛を拒絶する。最初から嫌われると思い込んで」


「悪いか。傷つきたくないことが」


「悪いとは言ってない。臆病なのは生きるうえで大事なことだもの。私だって怖いわ。好きな人ができたらどうなるのか、それを考えただけでも怖い」


「ならリリアに言ってくれ。早く婚約を解消しろと。もっと素敵な相手に出会えるからってさ」


「無理よ。あの子は止まらない。あの子は痛みを伴ってでもあなたを追いかける。強い子よ。そして何度でも言うわ。リリアならあなたを愛し続ける。絶対に捨てられるなんてことはない」


「やめてくれ……確証がないことを言うな。お前に何がわかる。誰にも俺の気持ちなんて……」


 拳を強く握る。

 奥歯がギリリと小さく音を立てた。


 前世の話なんて誰も信じやしない。だから隠す。

 将来、お前らはとある男に出会って恋に落ちる。俺はその妨害をして酷い目に遭うかもしれない。

 そんなことを言っても誰も信じない。だから隠す。

 なのに、何も知らないお前らは自分のためだけに迫ってくるんだ。


 怖い。苛立つ。不安になる。

 俺の未来がどんどん暗くなっていくと思うと、気分は最悪だ。

 ……なのに、俺は心のどこかで期待してる。

 転生した自分が、前世とは違って何か主人公のように煌びやかな人生が送れるんじゃないかと。


 憧れないわけじゃない。焦がれないわけじゃない。

 ただ、希望を胸に抱いたあとの絶望が恐ろしい。

 だから俺は——。


「ほら、落ち着きなさいマリウス」


「セシ、リア?」


 考え出すと止まらない負の感情。

 また溢れて零れそうになったそれを、セシリアが正面から受け止め抱きしめてくれた。


「あんたは考えすぎなのよ。人生なんて、頑張って疲れて泣いて怒っての繰り返し。だから楽しいし、だから辛い。それでもその痛みに耐えられないって言うなら……特別に、私があんたの不満を聞いてあげる。誰にも言えない不満を、私だけが聞いてあげる。一緒に、それを背負うわ」


「……なんだよ、それ」


 思わず呟いた。


「なによ。嬉しくないの?」


「言ってろ。……嬉しくないわけがないだろ、バカ」


「もう……もっと素直になりなさい」


十分じゅうぶん素直だよ。ありがと、セシリア」


「いいよ、これくらい。珍しいものが見れて、私も嬉しかったし」


「どういう意味だ」


「そういう意味よ」


 ふふん、と笑って彼女は俺を離す。

 なんだか非常に女々しい姿を見られた気もするが……不思議と心は穏やかだった。


「どう? 少しは気が晴れた?」


「ああ。おかげさまで。今ならパーティーを乗り切れそうだ」


「なら精々リリアとの関係を頑張って進展させなさい。応援くらいはしてあげるわ」


「それはめんどいからパス」


「なんでよ!」


「説得されても俺は俺だ。生来の気質は変えられない。どう足掻いても俺は——」


 くるりと反転。

 パーティー会場へ戻りながら、


「頑張らない」


 と彼女に告げるのだった。

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