第32話 彼女は諦めない
「はい、あーん」
「…………」
フローラ夜這い事件から一日明けた翌日。
俺はフローラと共に中庭へやって来ていた。
「あーん」
「…………」
「あーん!」
「あ、あーん……」
ぱくり。
彼女がフォークで刺した肉を食べる。
「ど、どうかな? 美味しい?」
「オイシイオイシイ」
もぐもぐごくん。
嬉しそうに微笑む彼女へジト目を向けるが、こちらの気持ちなんて一切わかってくれない。
——なぜ、俺がこんなおままごとみたいなことをしてるかというと、理由は……わからん。
まじでわからない。
昨日、俺はたしかに彼女からの告白を断った。
やんわりとした断り方だったが、自分の気持ちを伝えたつもりだ。
しかし、起きてみると彼女はケロッとしており、事前に作っておいた昼食を持って無理やり中庭に俺を引き摺っていった。
リリアといい彼女といい、俺の周りにはフィジカルが強い女しかいないのか?
拒否しても無理やり連行される件。
そして今にいたる。
「よかったぁ。一応、それなりに時間をかけて作ったんだけど、マリウスくんの口にあって安心したよ」
「え? これ、フローラが作ったのか?」
普通に美味いぞ。
既製品か何かかと思った。
「うん。私、これでも料理が得意なんだ。家じゃ料理人が料理を作ってくれるけど、ほら、私は孤児院に行ったりするからその時に子供たちに料理を作ってあげるの。一緒に料理を作ったりもするんだよ?」
「へぇ……なんというかフローラらしいといえばフローラらしいな」
「そうかな。えへへ。あ、これも美味しいよ。自信作なんだ」
そう言って卵焼きっぽいのを食べさせてくれる。
反射的にまたぱくりと頬張った。
そこで思い出す。
「——って、違う! フローラの料理自慢はどうでもいい! そうじゃなくて、どうして俺はお前に昼食を食べさせてもらっているんだ!?」
「反応するの遅くない?」
「フローラが当たり前のように食べさせてくれるから思わず……俺も楽だったし」
「ならいいじゃない。もっともっと食べさせてあげるよ? マリウスくんは何もしなくていい」
「え? まじ? ありがた——くなあああい! おかしいだろこの状況! 昨日、たしかに俺はフローラからの告白を断ったよな? なのになんで舌の根も乾かない内からこんなまねを……」
「たしかに私はマリウスくんにふられちゃった。哀しかったよ? でもね……マリウスくんは言ってくれた。『フローラは魅力的な女性だけど、俺はまだ子供だから結婚するのは先の話だよ』、って」
「どんな曲解!? というか事実がだいぶ捏造されてるんだが……」
たちが悪いのが、本当に言った内容を混ぜて少しだけ変えてる点だろう。
なんとなくそんなことを言ったような気が? とさせる戦法だ。
恐ろしい捕食者である。
「安心してマリウスくん。私はまだまだ待てる。まだ十代だもの。先は長いわ。お互いに学校へ通いはじめ、卒業する頃には結婚できるといいね」
「すでに将来設定が完成している、だと!?」
「もちろん子供は二十くらいで生んで、二人の子供がサンタマリア伯爵家を継ぐの。それなら私がグレイロード公爵家へ嫁に行っても問題ないでしょう? きっと男の子が生まれるわ。もちろん女の子もほしい。一人以上は産む予定なんだけど、マリウスくんの体のこととかもあるし、他の婚約者の人とかの相手も大変だろうからね。その辺はわたしがうまく調整してあげる。だからマリウスくんは何も考えなくていいんだよ。
「…………」
やべぇモンスターが生まれてた。
すごいだろこれ。
城下では聖女って呼ばれてるんだぜ?
どっちかって言うと淫魔かプレデターだよな。聖なる者って感じがしない。
しかも俺とはすさまじく相性がいいときた。適当に生きてても怒らないどころか面倒なことはすすんで処理してくれるらしい。
最高かよ。
俺は諸手を挙げて立ち上がった。
「ありがとうフローラ。君の気持ちはすごく嬉しい。俺にとってはなんとも魅力的な提案だ」
「マリウスくん! わかってくれたの? でも、返事が早くない? 私はまだ待てるよ?」
「いいんだフローラ。俺の気持ちを受け取ってくれ」
一拍おいて、俺は爽やかな笑みを浮かべて言った。
「全力でお断りしま————す!」
そして明後日の方へとダッシュする。
「マリウスくん!? ま、待って————!」
フローラが俺のあとを追いかけてきた。
は、はや!?
ぐんぐん距離が縮まっていく。
本当になんで俺の周りにはフィジカルモンスターしかいないんだ!
文句を吐きながらも俺は全力で逃げる。
あの変わり果てた悪魔から……。
「どうしてこうなったああああああ!!」
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