第16話 わざとじゃないんです......

 セシリアが姿を晦ましたので、改めて俺とリリアはデートを楽しんだ。

 俺の方は連れ回されて疲れたが、隣を歩くリリアは太陽のごとく笑っていた。


 俺が何かを言えばいちいち喜び、自分の好奇心の赴くままに様々な露店を見て歩く。

 おかげですっかり陽は暮れて夕方になった。

 空がオレンジ色に染まる。

 俺の足はかつてない疲労に若干じゃっかん震えていた。


「マリウス様とのデート……ものすごく楽しかったです」


「そうか。そう言ってもらえると疲れた甲斐があるな」


「すみません。色んな所に連れ回して。足は平気ですか?」


「なんとか無事だよ。それより、リリアだって俺と同じくらい歩いただろ。そっちこそ平気なのか」


「はい。私はよく家族にも秘密で城を抜け出してますから!」


「誇るな。国王陛下たちに謝りなさい」


「メイドと同じことを言うんですね……酷いです」


 酷いのはお前だ。

 第三王女なんだぞ気を使え。メイドの。


「そう思うなら自分の行動を省みるんだな。あまり周りの人に心配をかけるのはよくないぞ」


「心配……ですか。確かにお父様は私が帰るとよく心配そうな顔をしますね。お母様たちも」


「当たり前だろ。みんなリリアのことが好きなんだから、何かあったんじゃないかと心配にもなる」


「……それは、マリウス様もですか?」


「ん?」


「マリウス様も、私を心配してくれますか?」


「俺が?」


 リリアの心配?

 なぜ……というのは藪蛇か。一応、こんな俺でも婚約者だしな。


 無理やり納まった空席だが、納まった以上は無碍にもできない。

 下手なことを言って不敬罪にもなりたくないし。

 俺は顔を背けて答えた。


「……当たり前だろ。婚約者だぞ」


「マリウス様……! ありがとうございます!」


 くっ!

 やっぱりヒロインなだけあって可愛い。

 だが俺は絆されない。


 こんな可愛いヒロインが婚約者だろうと、絶対に頑張らない!

 そう強く決心した。

 そこへ、ふらりとメイドが俺の背後に回る。


「いい雰囲気ですねマリウス様。ここは初デートの記念に何かプレゼントするのがよいかと」


「プレゼント?」


「はい。初デートは人生において重要なイベント。それを強く記憶させるためにも贈り物を。近くに貴族ご用達のアクセサリーショップがありますよ」


「……プレゼント、ね」


「ささ、お早く向かわれましょう。万が一にもリリア王女殿下が帰られたら問題です!」


 問題なのか……俺にはよくわからん。

 だがまあ、言われた通りにするか。彼女の機嫌をとっておけばいざって時に助けてくれるかもしれない。

 例えば、主人公に惚れて婚約解消したときとか。

 それに期待しよう。


「——なあリリア。ちょっといいか」


「はい、なんでしょう」


「帰る前に最後に寄って行きたい店があるんだが、付き合ってくれないか?」


「マリウス様が寄りたい店、ですか? 構いませんがどこですか」


「メイドによると近くに貴族ご用達のアクセサリーショップがあるらしい。そこへ行きたい」


「アクセサリー……宝石ですか?」


「ああ」


「何か欲しいものでも?」


「いや、おれ用じゃない。リリアにプレゼントしたいと思ってる」


「へ」


「?」


 俺の言葉に急にリリアが固まった。

 しばらくして、彼女の顔が真っ赤に染まる。


「ま、まま、マリウス様が……私にプレゼント!?」


「う、うん……いらなかったか?」


「いります! ものすごくいります欲しいです! 婚約指輪が欲しいです!」


 おい待て落ち着け第三王女。


「さすがに指輪は勘弁してくれ……子供のうちからそれは重い」


「——は!? すみません……嬉しくて我を忘れてました……冗談、ということにしておいてください……」


「りょ、了解。とにかく、店に行こうか」


「はい……」


 両者ともにいたたまれない気持ちになりながら俺とリリアはメイドが教えてくれた店へ向かう。


 指輪は無理だとして、彼女には何を買ってあげようか……。

 歩きながら俺は適当に考えてみた。




 ▼




 歩くこと十分。

 本当に近くにアクセサリーショップがあった。

 扉を開けて中に入ると、やたらキラキラとしたものがたくさんショーケースの中に並べられていた。


 この世界に転生して初めて見る光景だ。目がチカチカする……。


「わあ! 色んなアクセサリーがありますよ!」


「だ、だな……すごい光景だ」


「このネックレスなんてすごく綺麗……青い宝石は思わず見とれてしまいますね」


「似合ってるよ。けどネックレスはダメだ」


「え? ネックレスはダメなんですか?」


「リリアにはもう、最高の宝物が首にあるだろ。余計なものは買わん」


「あ……」


 俺がちらりと彼女の首元に視線を送る。

 そこには彼女と出会ったきっかけのロケットペンダントがぶら下がっていた。


 あれに勝てるネックレスなどこの世には存在しない。

 ゆえに俺は最初からネックレスは候補から除外していた。

 もちろん指輪もな。


「ありがとうございます。母のことを考えてくれて」


「人として当然の考えだよ。それよりさっさと選ぼう。長居すると帰るのが遅くなる」


「そうですね。でもこの中から選ぶとなると時間がかかると思いますよ?」


「確かに……何か、パッと見リリアに似合いそうな物は……お」


 見つけた。

 というより、妙に視線を惹く白と青のイヤリングがあった。

 どこかで見たことがあるような……。


「何かいいものはありましたか?」


「あれなんかどうだ。不思議と惹きつけられる」


「あれ……というと、イヤリングですか? 私、まだ耳に穴は……」


「ご安心くださいお客様! あちらのイヤリングは特殊な石、魔石を加工して作った一品です。わざわざ穴を開けずとも付けられますよ。その分、お高くはなってますが」

 唐突に背後に店員? か店長らしき男性が現れる。

 説明ありがとう。

「……よし、あれを買おう」


「い、いいんですか? 値段も聞かずに買って」


「平気だろ。一応、俺は公爵家の人間だ。財だけはある」


「そうでしょうけど……体を傷つけずに付けられるイヤリングなんて高そうですよ?」


「王族がなに平民みたいなこと言ってんだ。なんとなく気に入ったし、すごくリリアに似合いそうだろ? ——すみません、あれをください」


「畏まりました! ありがとうございます!」


 踊るようにアクセサリーを取りに行った店主。

 売れたのが相当嬉しいんだろう。

 支払い書は公爵家へ送ってもらうことにした。

 さすがに現金はあまり持ち歩いていない。父も王女へのプレゼントだとわかれば何の文句もいうまい。


 魔石でできたアクセサリーを受け取る。


「ほら、プレゼント」


「あ、ありがとう、ございます……」


 俺から袋を受け取るリリア。

 妙にしおらしい態度にちょっと反応に困る。


「付けてみるか?」


「そう、ですね。せっかくなので、付けてみます」


 そう言って彼女は袋の中からイヤリングを取り出した。

 袋をメイドに持たせ、姿見で確認しながらイヤリングを付ける。


「……キレイ」


 鏡に映ったイヤリングを見つめながら、リリアはぽつりと呟いた。


「それなら大人になっても付けられるし、むしろ成長するごとにどんどん似合うようになるだろう」


「はい。はい……! 本当に、ありがとうございます!」


 振り返った彼女は今日一番の笑顔を浮かべた。

 その時の顔に、この光景に、ふと俺は……またしても自分が失敗したことを悟る。





 これ……これも、主人公とのデートイベントだ!?

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