第14話 やらかし②

 半ば無理やりリリアを店から引き剥がす。


「わわっ! どうしたんですかマリウス様?」


「あまり他の奴とべらべら話すな。俺とお前は一応お忍びで来てるんだぞ」


「あ……そうでしたね。すみません」


「わかればいい。それよりほら、串焼きだ。火傷しないように気を付けろよ」


「ありがとうございますマリウス様。いただきます……」


 もぐもぐもぐ。

 何の躊躇もなくリリアは一口。

 よく噛み締めてから笑みを浮かべた。


「なんだか不思議な味がします。味付けが濃いのでしょうか?」


「もぐもぐ……そうだな。調味料を多く使った荒い味付けだな。満足感優先なんだろう」


「なるほど。これはこれで美味しいですね。一本で十分ですが」


「同感。水が欲しくなる」


「でもマリウス様は三本買ってませんでしたっけ? 大丈夫ですか?」


「ああこれか。あと一本は俺のじゃないよ。向こうでこっちを睨んでるお嬢様のだ」


「セシリアの?」


「一緒なのにのけ者にするのは嫌だろ? あとは餌付けだな。賄賂賄賂」


「賄賂……ふふ。マリウス様は悪人ですね」


「まあな。俺は極悪人なんだ。秘密にしてくれよ?」


「わかりました。婚約者として私も悪女になりましょう」


 リリアが悪女って……。

 お前、れっきとしたゲームのメインヒロインなんだぞ。

 悪役どころか主役だ。


「おいセシリア」


「な、何よ」


「お前も食べるだろ串焼き。こういう経験もいいものだぞ」


「串焼き? わざわざ私の分まで買ってきてくれたの……?」


「ああ。一応、一緒にいるしな」


 そう言って俺は残り一本の串焼きを渡す。

 毒味がなんだと回りはうるさいが、焼いた物だし平気だよ多分。

 仮に毒があってもリリアがいるから平気だ。


 俺から串焼きを受け取ったセシリアは、串焼きと俺を交互に見たあと一口食べた。


「……意外と美味しいわね」


「だよな。味は濃いけど」


「私は嫌いじゃないわ。疲れた時にはもっと美味しく食べれそう」


「疲れたとき……か。そういう見方もあるんだな」


「私はむしろ疲れた時はさっぱりしたものが食べたいですけどね」


「人それぞれだな。どちらかと言うと俺はセシリア派だ。ガッツリしたものを食べたくなる」


「へぇ……意外ね。リリアと同じだと思ってた」


「言ったろ、人それぞれだって。まあ気分にもよるだろうが」


「確かにね。もぐもぐ……ごくん。ごちそうさま。串焼きありがとう。お金出すわよ」


 そう言ってセシリアが懐からお金を取り出そうとする。

 俺は手を前に出して止めた。


「それくらい奢られろ。たいした額じゃない」


「嫌よ。あなたに貸しを作りたくない」


「別に貸しとは思ってないから安心しろ」


「ダメ」


「いらん」


「「…………」」


 バチバチバチ。

 俺とセシリアの間で不毛なやり取りが発生する。

 先に折れたのは俺の方だった。


「わかったよ。なら、今度何か奢ってくれ」


「……は? それって……っ!?」


 俺の言葉をどう解釈したのか、セシリアの顔が真っ赤になる。

 俺が首を捻ると、彼女は勢いよく踵を返して後ろを向いた。


「ば、バカ! リリアがいるのになに言ってるのよ! いいからさっさとお金を——」


 キレながら懐から硬貨を取り出すセシリア。

 動揺してまたしても勢いよく振り返った彼女は、しかし今度は地面に躓き体勢を崩す。


「おっと」


 それを俺が前へ出て支えた。

 ちょうど彼女の顔が俺の胸元にすっぽり埋まる形になる。


「————」


「おい平気かセシリア。落ち着かないと危ないぞ。怪我なんてしたら俺が怒られる」


 俺の胸元に顔を埋めるセシリア。

 話しかけているのに反応がない。

 そう思っていたら突然、小刻みに震えだした。

 そして、


「…………ッ!?」


 声にならない叫びを上げて、彼女はバッと俺から離れる。

 先ほどより更に顔を赤くさせて、


「い、いや————————!!」


 絶叫。

 次いで、一目散に彼女は彼方へと消えていった。


「な、なんだ? バグッたのか……?」


 どこかへ消えたセシリア。

 俺は困惑しながら彼方を見つめる。


「あらあら……これは実に、面白いことになりましたね」


「リリアはなにか知ってるのか?」


「いえ。私にもサッパリわかりません。どうしたんでしょうね、セシリアったら」


 そう言いながらも彼女は満面の笑みを浮かべていた。


 この顔は絶対に知ってる奴の顔だ。

 しかし言えないということは……女同士のなにかだろう。

 異性のあれやこれやに興味がない俺は、一瞬にしてセシリアの奇行を頭の片隅に追いやった。


 食べ終えた串焼きをゴミ箱へ放り捨て、リリアとのデートを再開する。

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