怜奈と帰ろう!

茅原達也



 伊吹怜奈。



 それが、俺の好きな人の名前だ。



 俺も彼女も同学年の十七才、家は近所、幼稚園時代からの知り合いで、まさしく『幼なじみ』というやつだ。



 怜奈は子供の時から、誰もがハッとするような『美人』だった。



 『美少女』という感じではない。背中の中程まである綺麗な黒髪に雪のように白い肌、スッと筆で書いたような切れ長の目、通った鼻筋の、いわゆる和風美人。大人になったら美人になるだろうという子供はちらほらいるが、怜奈は幼稚園児の時から既に、周囲から浮くほどに『美人』だった。



 となると、周囲は彼女を放ってはおかないに違いない。



 そう思うだろうが、怜奈は昔から人見知りが酷く、とても内向的な女の子だった。小学、中学、高校と怜奈の美貌に惹かれて声をかける人間は男女問わず多数いたが、その口数の少なさと、一人で読書の世界に没頭する『話しかけてくるなオーラ』に打ち払われて、一週間もしないうちに全員が綺麗に消え失せていた。



 試してみよう。こんな感じだ。



「なあ、怜奈」



 放課後の文芸部室、長机を向かい合わせた反対側に座っている怜奈に俺は話しかける。



「……何?」



 怜奈は手元で開いている文庫本から睨むように目を上げる。



「寒いな」


「……そうね」



 それだけ言って、再び本へ目を落とす。



 そう、これだ。



 やれやれ……幼なじみの俺じゃなきゃ、完全にウザがられてると思っちまうよな。まあ少しは思ってるのかもしれないけど、怜奈はそんな心の狭い奴じゃないんだ。



「寒いなら……ストーブ、そっちのほうに持っていってもいいよ」




 怜奈はボソリと付け加える。


 


 ほら、やっぱりそうだ。怜奈はあまり感情を顔に出さないから誤解されやすいけど、こういう凄く優しい奴なんだ。




 なあ、怜奈。お前もそろそろ大人なんだし、少しは愛想というのを身につけてみたらどうだ? そうすれば今の何倍も楽しく毎日を送れると思うし、何より今後そのままで世間を生きていくのは難しいと思うぞ?


 


 なんて胸の裡で語りかけてみるが――正直に言うと、これは俺の本心じゃないかもしれない。


 


 俺は正直な所、怜奈の内向的な性格を喜んでもいる。この性格のおかげで、バカみたいな連中の魔の手に侵されずに済んでいることは確かだからだ。我ながらひねくれた根性だとは思うが……。



「っていうか、本当に寒いな」


 


 冬がいよいよ迫ってきた。築年数約五十年、隙間風だらけの部室棟は、まるで廃墟みたいに冷え切っている。小さな電気ストーブは『ジィー』と音を立てて頑張っているが、熱源としてはあまりにこころもとない。




 しかし、その圧倒的な冷たさを前にしても諦めない健気な電気ストーブ君をボンヤリと眺めながら、俺は思う。


 


 俺も気づけば高校二年生。もう数ヶ月後には受験生で、こうしてノンビリしていられるのも今のうちだけだ。


 


 ――このままで……いんだろうか。


 


 怜奈は成績優秀だから、きっと俺では手の届かないような大学に進学するだろう。高校の時はどうにかなったが、今度は間違いなくついていけない。


 


 となると、こうして一緒にいられるのは今だけだ。訊くタイミングが解らなくて未だにメルアドも知らないし、高校を卒業してしまえば、たぶんもう会う機会なんて本当にない。


 


 なのに、俺は一体何をしている? 昔から……幼稚園の頃からずっと、怜奈の傍にいられればいいと思って、犬か何かみたいに怜奈の傍についてきたが、本当にこのままでいいのか? 怜奈のボディガードか何かみたいな存在のままで終わっていいのか?


 


 でも、怜奈は俺をどう思っているんだろう。ただの都合のいい存在? それとも、あるいは、ひょっとして……。




 ――訊いてみようか、怜奈の本心を。俺のことをどう思っているのかを……。


 


 そんな考えが、不意に頭の中で大きく膨れ上がる。


 


 夕暮れ時。部屋には二人きり。部室棟もしんとしてひと気がない。




 シチュエーションとしてはオールグリーン、絶好の機会だ。


 


 どうする? ここで勇気を出して告白をしてみようか?



 Which would you choose?


 Yes. / No.
















 Yes:②へ。


 


 No:③へ。

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