可愛い教え子JKたちが毎日うちの教会の懺悔室を訪ねてくるんだけど、懺悔の内容がオレへの“愛の告白”にしか思えない……なあ、シスター? そんな冷たい目でオレを見ないでくれ

レーヌミノル

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第1話


「懺悔します。私はあなたに恋をしてしまいました。この想いを、神様はお赦しになるでしょうか?」


「……はい?」


「初めてあった日から、ずっとこの想いを引きずっていました。神父様にいただいたあのお言葉、今でも忘れていません」


 顔も名前も分からない女の子に告白されたことは、あるだろうか? 一枚の薄い壁の向こうにその女の子はいて、真ん中に設置された小窓から声だけが聞こえてくる。こんな経験は滅多にないと思う。


「私の想いを受け入れてくれるのなら『赦す』と。断るつもりなら『赦されない』とおっしゃってください」


 ちなみに私、来栖義弥くるすよしやは経験した。とある町の小さな教会で神父をしている私は、懺悔室でうっかり居眠りをしている最中、名も知らぬ少女から愛の告白を受けたのだ。クリスマスミサを終えた夜のことだった。


「どちら様ですか……?」


「少々訳ありでして。名前や顔を明かすことはできません」


「は、はぁ……」


「どうかご理解ください」


「あの一つ質問してもよろしいですか?」


「ええ、神父様」


「私のどこに惹かれたのですか?」


「……そ、それは教えられません」


 2年たった今も、その相手が誰なのかは分かってない。


 神父である私は女性と交際することができない。禁じられているのだ。それを、相手も理解していたのだろう。


 顔と名前を明かさなかったのは、後ろめたいという気持ちが彼女にあったからだと私は考えている。


「……もし赦してくださるのなら、私は自らの全てを明かします。懺悔室の外で待っていますから」


「……」


「私のことを本気で受け入れるつもりがあるのなら、神父様も出てきてください。そして、もう一つだけ私のワガママを聞いてほしいのです」


 断られることは、彼女も承知の上だったはずだ。相手が神父だと知っていて、振られると分かっていて、それでも私に告白をした。生半可な覚悟ではできないことだ。そして、告白を受ける側もそれ相応の態度で臨むべきだった。


「私のことを抱きしめてください」


 彼女が残したその言葉を今でも鮮明に記憶している。今にも泣き出しそうな彼女の声が3年経った今も私の心を苦しめる。


「すみません。返す言葉が見つからなくて……」


 結局、私という大馬鹿者は人生初の告白に浮足立つあまり、どっちつかずの曖昧な返事しかできなかった。この返答を、彼女がどう思ったかは知る由もない。気がついたときには姿を消していた。彼女のことを探そうとは、当時の私は思わなかった。


「私は彼女のことを……」


 混沌とした頭の中をようやく整理し終えたとき、私は気づいた。神父でありながら彼女の……他者の想いを踏みにじるような言動を取ってしまった、と。私はなんて愚かな人間なのだろう、と。


「最低だ」


 この晩の過ちをひどく後悔した私は、十字架を背負って生きていくことに決めた。再会した彼女に謝罪の言葉を伸べ、『貴女の気持ちには応えられない』と告げるその瞬間まで、私の罪は赦されない。


     *****


「ありがとうございます神父サマ」


「あ、ああ……」


 少女の声によって、私の意識が現実世界に引き戻された。早朝の炊き出しを行っている最中、私は2年前の晩のことを思い返していた。


「どうしたんすか?」


「い、いえ、べつに。ご心配には及びませんよ」


 溢れる脂汗を拭い平静を装ったが、少女には見抜かれていたらしい。「顔色ちょっと悪いっすよ?」と付け加えて、少女は私の額に手を当てた。肩まで伸びたストレートの赤髪と、起伏の少ない華奢な身体が素朴な印象を受ける。


「もうちょっとしゃがんでください……」

 

 背伸びをする姿が可愛いらしいなと、心の隅で思う。「うーん……」彼女の制服の袖からふわっと柔軟剤の匂いがした。


「よかったぁ。熱はないみたいっすねー」


「私を思いやるそのお気持ち、とても嬉しく思います。しかし、誤解されるのでやめていただきたい。これでも私は神父なので、あまり女性と接触するのはちょっと……」


「誤解ってなんすか?」


 やっぱりちょっと変ですよ今日の神父サマ、と柔らかな笑みを浮かべる少女は、水谷春満みずたにはるま。独り暮らしをしている女子高生で、バイトをいくつも掛け持ちし、生活費を切り詰めながら学校に通っている。


 ただの紙袋を通学鞄として利用しているぐらいお金に困っているようで、こうして毎日、教会の炊き出しに来るのだ。 


「病気になったらハルに言うっすよー。看病してあげますからね。付きっきりでー」


「そのお気持ちだけで十分です」


 他所様の家庭事情に口を挟む気はないが、こんなにか弱い少女をたった一人放り出す両親の気がしれない。


「……心配なのは貴女のほうですよ」


 私を心配させたくないのか、ただ単に信用されていないのか、何があったのか春満は語らない。だから私も干渉しないことにしている。しかし、路上生活者に混じって炊き出しの列に並ぶ春満を見ていると、やるせない気持ちになってしまう。なんとかしてやれないものだろうか。


「それより、温かいうちに早く召し上がったほうがよろしいかと。せっかくのカレーが冷えてしまいます」


「あっ、それもそうっすね。いただきまーす」


「どうぞ召し上がれ。おかわりもありますから心配しなくていいですよ」


 春満はその小さな口にカレーライスをかき込んだ。よほどお腹が空いていたらしく、パクパクと勢いよく食べ進める。「しあわせっすー」食べ始めから一分も経たないうちに彼女は一人前を完食した。


「ホント美味しいっす神父サマのカレー。このレベルならお店に出せますよー。……それで、神父サマがよかったらなんすけどー」


「?」


「料理、ハルの家に来て作ってくれません?」


「いきなりですね……」


「今なんとなく思ったことを口に出したっす。こういうの、通い妻って言うんすよね? あーでも、神父サマは男の人だから通い夫……?」


「誤解を招くような言い方はよしなさい」


「……ハルは本気っすよ?」


 もじもじしながら、春満が言う。


 力になりたいのは山々だが、女の子の住居に上がり込むのは神父としていかがなものだろうか。そう考えると、やはり私は彼女の頼みを断るしかなかった。

  

「でしたら、私が代わりに教えます。クルス神父は“多忙”の身ですので」


 氷のように冷たい声とともに、私と春満の間に割って入ってきたのは、教会のシスターである入須真理亜いりすまりあ。私の義理の妹であり、現在高校2年生。春満と同じ学校に通っておりクラスメイトだ。


「……神父サマ、来週の日曜日空いてるー?」


「私と出掛ける予定があるので駄目です」


「妹だからってそんなのズルいっすー」


「妹だから許されるのです」


「お兄ちゃんに甘えすぎるのはよくないと思うなぁー?」


「他人にとやかく言われたくありませんね。妹が兄と親しくするのは普通のことです。兄妹同士、愛し合うのはいたって普通のことなのです」


「そーいうの、きんしんそーかんって言うんすよね? 神サマの教えに背くことじゃないんすか? よくわかんないけど……」

    

 だから? 何か問題でも? と、真理亜は親譲りの銀髪をかきあげる。春満を見つめる青い双眸は、鷹の目のように鋭い。


 気圧された春満が「なんかごめんなさいっす」と音を上げた。……何だったんだこの間は。二人とも、仲が良いのか悪いのかよく分からない。


「シスターマリア。私はこれから用事があるので後は任せます。それと、常連の方々にお伝えください。次回から、朝の炊き出しの時間を一時間早めると」


「……承知しました。そういえば、今日が初出勤でしたね。職場はどこなのですか?」


「近いうちに分かりますよ」


「?」

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