08話

「聡子達は?」

「もう寝るみたい、盛り上がり過ぎて疲れたんだって」


 なら無視なんかしなくていいよねって話になるから謝ったりはしなかった。


「なんだそりゃ……で、あんたは?」

「心配だから私もここで寝ようと思って」


 一人だけなのは微妙だから彼女といたい、別にお喋りができなくても一緒にいられればそれで十分だから許してほしい。


「……あんたは地味に体力があるね、あれだけ歩いて帰りは私を背負っていたのに」

「歩くことは好きなんだ。でも、今日頑張れたのは結局上持さんがいてくれたからだよ、そうじゃなかったらもっと遅くなっていたかもね」


 暗闇が怖いとかそんな乙女属性もなかったからそれでもよかった、その場合は保香の態度がもっと酷いことになっていただろうけど楽しめたはずだ。

 でも、結局は負けてこの時間にお家にいるわけで、彼女がいようといなかろうと変わっていなかったと思う。


「これだけじゃ寒いから入ってよ」

「やめておくよ、体調が治ったときに邪魔にならないようにね」

「いいから早く、このままだと治らないよ」


 本調子じゃないから寂しく感じるだけ、だから横にちゃんと敷いてそこに寝転ぶ。

 電気も消して気になるだろうから反対を向いて目を閉じるとよく分からないことをしてくる彼女がいた。


「最初は恥ずかしくて気になったけどいつの間にか寝ちゃっていたんだ、あんたの姉力がすごかったのかもね」

「私の姉力なんて大したことがないよ、それにたまたま私だっただけでしょ?」

「聡子と違って安定感があったよ」

「すぐに誰かと比べたりしない、なんで島角さんにだけ素直になれないの」


 彼女の方を向くとまだ消したばかりだというのに顔がしっかり見えた、いつものように呆れたような顔でも調子が悪くて弱った感じの顔にも見えない。

 だけど早く寝てもらわないといけないから保香にも効果がある頭を撫でるという行為をしてからはっとする、この前はこうやって拒絶されたというのに学習能力がない人間だった。

 ただ? やはり調子が悪いのが影響したのか大人しい、だから手を引っ込めたりはしないで続けていると寝息を立て始めたため少ししてからやめて寝た。


「いっ――んー!」

「静かにして、楓が起きちゃうでしょ」


 はぁ、夜があんな感じだったからこそこの朝の迎え方になったのは最悪のことだと言える。

 それでも彼女の言う通り、上持さんを起こしてしまったら可哀想だから静かにお布団から出た、ついでにお部屋からも出た。


「保香が好きな人間に対してなにしてんのよ」

「一緒のお部屋で寝ることを選んだのは私だけどああしてきたのは上持さんなんだ」

「じゃああんたに変えたってこと?」

「それは違うでしょ。よし、いまから一緒にご飯を作ろうよ」

「まあいいけど」


 おじさんもそろそろ下りてくるだろうから先に食べてもらうのもいいかなと考えていた自分、だけどすぐに「あの人なら向こうに帰ったわよ」と言われて固まった。

 知らない間にそういうことになっていたらしい、こればかりは少しやらかしてしまったんじゃないかという気持ちになった。

 お世話になっておきながら、これからもお世話になり続けるというのに大してお礼も言えずに、できずに離れることになるなんてあれだ。


「おはよう聡子ちゃん、上持さんはまだ寝ているのかな?」

「おはよ、そうね」


 珍しい、いや本当に妹がこんなに早くに起きてくるのはレアだ。

 まだクリスマス気分が抜けていないのかな、盛り上がり過ぎて通常の状態にまで戻すのが大変そうだった。


「で、なにをしているの?」

「見て分からない? こい……あんたの姉とご飯を作っているのよ」

「ふーん、保代さんは血の繋がった妹よりも友達の方が大切なんだね」

「保香がいるからこそだよ、保香がいてお友達の島角さんや上持さんがいてくれる、だから楽しいんだよ」

「あんた誰にでも言っていそうよね……」


 そりゃ相手のことが大切なら言うよ。


「あ、楓もう大丈夫なの――あ、ありゃ?」

「……起こしてから移動してよ」


 甘えたいのだとしても無視をするのはやめてあげてほしい、こちらはどうせ無視をすることなんかはできないから後回しでよかった。

 あとこれは結構大変なことになりそうだ、仮にまだ弱ったままなのだとしても二人がいるところで続けるのはやはり違う。


「島角さんがいきなりつねってきてね、痛くて痛くてその場にじっとしておくことができなかったから仕方がないんだ」

「はぁ、起きたときに誰もいなくて心臓に悪かったよ」


 気持ちは……分からないなぁ、基本的には一人だから私にとってはそれが普通だ。


「え、もしかして楓ちゃんってお姉ちゃんのことが、あっ、保代さんのことが好きなの!? もしそうだったらかなり嬉しいんだけど!」

「なんで急に名前呼びに変えたの?」


 いやそこじゃない、上持さんが好きな相手である保香がこんな反応をするのは不味いだろう。


「だって上持さんって呼び続けるのは寂しいでしょ? それよりどうなの!?」

「まあ、落ち着ける相手ではあるけど……」

「きゃー! 昨日は二人がいなくてちょっと物足りなかったけどこの情報だけで最高の気分になったよ!」


 でも、誰が悪いというわけじゃないから引っかかったこちらとしては前に進めないわけだ、唯一期待ができる島角さんも「落ち着きなさい」とただ止めているだけだったから駄目だった。


「つか保香、物足りないって言われた側としては気になるんだけど?」

「あはは、ごめんごめん」

「ま、楓がいなかったという点では確かにちょっと微妙だったけどさ」

「お姉ち――保代さんは?」

「知らない、やっぱり双子のくせに似てないし」


 やっぱり似ていないって最初からそうだと言っているのに勝手に考え方を変えていたのはそっちだろう。


「で、あんたどうすんの?」

「上持さん次第だから」

「こう言っているけど?」

「それよりご飯が食べたい、お腹空いた」

「あっ、そういえば楓ちゃんだけご飯を食べられてないじゃんっ」


 そうか、なら作っていたことがいい方に繋がったことになる。

 おじさんは残念ながらいないけど彼女達がいてくれるからありがたい、この人数ならまず余ったりはしない。


「ごちそうさま。さてと、私はちょっと暇な保香と出かけてくるかなー」

「あ、私も暇な聡子ちゃんとお出かけしてくるよ」

「上持さんは私がお家まで送るから安心して遊んできてよ、行くときは気を付けて」

「お姉ちゃんもね」「あんたもね」


 ちょっといまは余計なことで時間を使っている場合じゃないから洗い物をすぐに終わらせた、じっと見ていると圧にしかならないからとりあえず出られるように着替えてきた形になる。

 今日はやたらとゆっくり食べたい日のようでそれでもまだ終わっていなかったからソファに座って天井を見ていた。


「それって私を送るためにしているの?」

「うん、だってお家の方が落ち着けるでしょ?」

「別に変わらないよ、あの二人が出て行って静かになったからここでいい」

「そうなんだ」

「うん」


 調子がまだ悪いなら寝る、そうじゃないなら私のお部屋にということにした。

 正直どちらでもやることは変わらないけど決めてほしい、私が選ぶのは違う。


「ここに転んで」

「え、私が? 別にいいけど」


 先程起きたばかりと言っても過言ではないのに寝転ぶことになった。

 あ、昨夜みたいに入ってくるのかと構えていてもそうする彼女は存在せず、横に座ってこちらの頭に手を置いてきただけだった。


「昨日はありがと、お疲れ様」

「うん、そっちもね」

「実際、あんたと私が付き合ったらどうなると思う?」

「いまと変わらないと思う」

「なるほどね、確かにそうかも」


 保香なら大丈夫派の島角さんがどう選択するのかが気になる、いやまあ、仮の話で決まったわけじゃないからまずその前に確定させろという話だけど。

 保香に対してそれらしいことを言っておきながら中途半端なことはしないようにと言いたいところだけど私としてはそうなっても問題ないどころか嬉しいから説得力が出ないのが問題だ。


「あんたでいいよ、聡子だってなにかを言ってくることはないでしょ」

「そっか」

「だから楓でいいよ」

「分かった」


 関係が変わったということで誘ってみたら言うことを聞いてくれた。

 ちょっとテンションがいつもより上がっていて昨日の彼女みたいにしてみるとそれにも文句を言ってこなかったから満足できるまで続けて。


「よし、そろそろ楓ちゃんがしたいことをしてよ」

「すぅ……すぅ……」

「なにも言っていなかったのはただ寝ていたからか」


 許可をしてくれていたわけじゃないと分かってちょっと不安になったものの、なにかを言われたわけじゃないからセーフということにしておいたのだった。

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