06話
「わっ」
「あ、ごめん。それでさ――」
ふらふら歩いていたあの子にも原因があるけどぶつかっておきながら拾いもせずに歩いて行ってしまった。
背が高くて格好よさげでもああいう点で大減点だと偉そうに評価して近づく。
「な、なにを」
ついでに同じクラスの子だったからノートを半分ぐらい拾ってそのまま職員室まで運んでしまうことにした。
「失礼しました」
早くあのお気に入りの場所で休みたいという気持ちから特に話しかけたりはせずに離れる、が、こういうときになにかが起きるのはお決まりのことのようだ。
「なんであの二人がいるんだ……」
上持さんと島角さんの二人がいて諦めた、だからあまり休まらない教室で休むことになった。
まあ? 移動をしなくていいという点ではいい場所だ、賑やかな場所が嫌いというわけじゃないからここでもそんなに変わらない。
だけどなんかそわそわするんだ、これも一人だからなのかな。
「お姉ちゃんが珍しく教室にいる」
「保香、あの二人ならいつもの場所にいるよ」
「え、それってお姉ちゃんのことを待っているんじゃないの?」
「ま、まあ、仮にそうでも約束をしていたわけじゃないからセーフだよ」
一方的にやっただけとはいえ他の子のために動けたわけでもあるから二人が文句を言ってくることはないだろう。
それに単純に静かな場所で島角さんが上持さんと過ごしたかった可能性もある、あそこにいるからってなんでも私絡みのことだと判断するのは危険だ。
「次の時間は一緒に行こうね」
「教室で過ごせばよくない?」
「えー、お姉ちゃんがそれを言うのー?」
私でも変わるときはあるということだ、いつだってあそこで過ごすわけじゃない。
更に言えば明日からテストになるからゆっくり読書もしていられないんだ、いまはかなり不安定な状態なのもあった。
真っすぐにお家に帰ると保香と沢山喋ってしまうから放課後になったらある程度の時間まではここでお勉強をすると決めていた。
だから決めていた通りに教室で過ごして、放課後になったら机の上に必要な物を広げた形となる。
「あ、いた」
暗くなり始めた頃に上持さんが近づいてきた、一応確認をしてみても周りには誰もいなかったから私に用があるみたいだ。
少しだけでも集中していたことで不安定な状態からは脱することができたからペンを置いて意識を向けると「戻れたようでよかったよ」と言ってきた。
「ちょっと私もやっていこうかな」
「もう暗くなるから帰ってやった方がいいよ、危ないでしょ?」
「いや、まだ残る気満々のあんたに言われたくないから、危ないという点ではあんたも一緒でしょ」
過去に付き合っていて、喋り方もかなり似ていて、だけど関係を戻すつもりはないうえに保香のことが好きなんだよね。
別に悪いことじゃない、誰かを好きになれるというのはいいことだ、だけど気になってしまうというものだ。
「私は違うよ」
「いいからやろ」
そういうのもあってお勉強をやりつつちらちらと見ていると「なに?」と聞いてきてくれたからそのまま吐いておいた、本人がいない場所でなら迷惑もかけないから大丈夫だろう。
「それはそれこれはこれというやつだよ、友達だから一緒にいるの」
「でも、保香が好きなら保香を積極的に誘えばいいんじゃないかなって」
必要以上に悪く考えてしまっているだけだ、もじもじしながらでもいいから一緒にやりたいと目の前で言えば応えてくれる。
勇気が出ないということならそこだけは協力したい、お世話になったから返していきたかった。
「あのね、そうやって動けるならこうなっていないよ、今日だって誘いたかったのに聡子が連れて行っちゃうからさ……」
「よし、じゃあ行こうっ、私とじゃなくて本当に過ごしたい子といてほしいんだっ」
「は……?」
片づけさせたら彼女の腕を掴んで歩き出した。
途中で連絡をしてみると島角さんのお家でやっているみたいだったから少し微妙な感じだったものの、あそこなら一度上がらせてもらったことがあるからそこまで問題とはならない。
彼女としても島角さんのお家なら何度も上がった場所だろうからそわそわすることはないだろう。
「「お、お邪魔します」」
なにより好都合だったのはリビングでやってくれていたことだった、これで私は端の方で適当にしているだけでいい。
お部屋だとまた変わってきてしまうからね、目のやり場にも困るからありがたいことだ。
「おかえりー」
「あんたなに楓と行動してんのよ?」
保香もある意味島角さんもいつも通りだ、勝手に安心できる要素を増やしてくれるのはありがたい。
「ま、まあまあ、それより一緒にやりたいみたいだから参加させてあげて」
「あんたは?」
「勉強と言いたいところだけど私はご飯でも作ろうかな、この点だけは保香よりもできるんだ」
おじさんのために手伝ってと言っても「私が作るよりもお姉ちゃんが作ってくれた方が嬉しいよ」などと言って躱してくるからきっとそうだ。
私が唯一役に立てることだから遠慮をしているということもないはず、仮にそうでも実際に動いているのは私だから結果的には変わらない。
「本当に……?」
「本当だよ、だからなにを使っていいのか教えてくれないかな?」
「まあいいわ。ほら楓は保香の隣に座って」
「……別にこっちでいいんだけど」
「細かいことはどうでもいいから早く」
ははは……って、島角さんのためにも動きたいな。
ただ、こうして彼女のために動いてしまっているわけだから中途半端になりそうで怖かった。
「テストが終わったばかりなのに悪いな、ただみんな付き合ってくれなくてさ」
「大丈夫ですよ」
「でも、もうこれで終わりだから安心してくれ、ありがとな」
「はい、失礼します」
ふぅ、意識しなくても勝手に時間をつぶせたのはよかった。
頼まれた内容も簡単なものだったし、頼んだことを先生が後悔するような結果ではなかったと思う。
「よ」
「あれ、まだ残っていたんだ?」
島角さんが一人、今回も保香と上持さんが行動していて無理だったのかな。
私ならいつでも付き合うから言いたいことがあるなら言ってほしい、だけど仲良くないから期待できないというのが現実だ。
「うんまあ暇だから、楓も付き合いが悪くてさー」
「ちょっと待ってて、いま荷物を持ってくるから」
通せんぼをするように私の前に立って「これ、なんだと思う?」と聞いてきた。
「あ、それ私のだったんだ、ありがとう」
「ちょっと付き合ってよ、お腹減ったからファミレスにでも行かない?」
「いいよ、行こう」
でも、結局これって本当にいたい子とはいられないからなんだよね。
この前の上持さんも同じ、そういうもどかしい時間をつぶすためには私が役に立てるみたいだけど正直微妙だ、向こうが勝手にやっているだけで実際は役に立てているわけではないからだ。
「いらっしゃいませー」
案内された席に座って目の前の彼女に意識を向けたら目が合った。
「あんた、物足りないって感じ?」
「物足りないというかちょっと寂しくはあるよ」
「え? 急になんの話……?」
「ほら、一緒にいたい子といられないから仕方がなく私のところに来ているようなものでしょ? 保香と違ってお友達としては求めてもらえないんだなってさ」
求めてもらいたいなら努力をしろという話で、私もそれをちゃんと分かっている。
だからこうして利用されたときしかこういうことを言わない、保香が呆れて距離を作っていないのは私が抑えられているからだ。
でも、ずっとこうしてできるわけじゃない、何回も積み重なれば大爆発をするか一気にゼロになって私が消えるかの二択だ。
「ああ、まあ私の場合はそうね。楓といられないから、保香といられないから知っているあんたのところに行っているわけだし」
「だから寂しい」
「でもさ、寂しいとか言っているけど結局あそこに一人でいるでしょ? あんたはもうそういう場所にいないのよ」
あれだけ来てくれていたのにいざ実際に教室に戻ってみたら近づいてくることはなくなった、一人椅子に張り付いて授業が始まったら意識を切り替えるだけの生活になってしまっている。
学生という点では間違いなくそれでいい、だけど……。
「あの場所にいるのにそういう場所にいないって面白いことを言うね」
「えっと、こう……階段みたいな段差があって上の方にいるって言いたいのよ」
「逆だよ、島角さん達が上の方にいてずっと手が届かないんだ」
「違う、あんたは手を伸ばしていないだけだよ、あ、まあ上の方にいるってのはその通りだけどね」
彼女は注文を済ませてジュースを注ぎに行った、私もって頼んだけど動く気にならなくてここでも張り付いていた。
利用されるのは嫌だなんだと考えておきながら結局誘われればこうして付いて行ってしまう自分に呆れる。
これが私なんだと開き直って生きることもできない、変えることもできないからずっと足を止めたままだ。
たまにだけ誰かが来てくれる人生というのはありがたいようでそうじゃなくて、逆に悪い影響を与えていく。
「はい、つか自分で行きなさいよ」
「お金、ここに置いておくね」
「は? あ、帰るってこと?」
「ちょっと用事を思い出して、それじゃあね」
期末テストが終わって冬休みが始まるまではずっと半日だ、だからどれだけ疲れていようとなんとかできる。
「待ちなさいよ」
「ちょっと遠くまで歩いてみるよ」
夜にわざわざ出ようとは思えないからこういう時間から動いておくんだ、お昼に終わったのも多分そうしろと言っているんだ。
というか、テストのためにずっと勉強机に向き合っていたから見たくないのもあった、ベッドに寝転びたい気分ではないからしょうがないんだ。
「はあ? 後悔するだけだからやめておきなさい」
「ううん、必要なことなんだよ」
「じゃあ一旦私の家に寄って、運動用の格好に着替えてからじゃないと辛そうだし」
「え……? あ、誘っているわけじゃないよ?」
変なことになりすぎて思わず足を止めてしまった。
彼女は好機と言いたげな顔でこちらの腕を掴み「駄目よ、あんた一人だけにすると今度こそ帰ってこなさそうだからね」と答えてくれたけど……。
「今度こそって……ああ」
「思い出した? 行くわよ」
過去の私が似たようなことをして帰りが遅くなったときに迎えに来たのが彼女だった、保香が泣いてうるさくて放置してきたんだと教えてくれた。
あのときは嫌だからとかそういうことじゃなくてただ歩きたくて歩いた結果がああなっただけ、でも、心配させんなって彼女から怒られたんだ。
「お待たせ」
「ねえ、なんであのことがあったのに敬語を使い続けていたの?」
「面倒くさかったから、だってあんた勘違いして踏み込もうとしてきそうじゃない」
「保香のために真剣に怒っている島角さんを見て保香のことが好きなんだなって思ったんだけど」
が、違うと、あくまで好きなのは上持さんらしい。
「は? なんで急にそんな話になるのよ、それにあのときはまだ楓と付き合っていたのよ?」
「えぇ、上持さんとお付き合いをしていたのにあんな時間まで保香といたの?」
真夜中ではないけど二十一時とかだったんだ、だというのに帰りもせずにそれってどうなのと言いたくなる。
連絡をしたのかどうかは分からないものの、少なくとも彼女だった上持さんからしたら微妙なことだろう。
「あんたねえ、誰のせいだと思ってんのよ!」
「そっか、上持さんが別れることを選んだのはそこからきているんだ」
「あんたも聞いたでしょ、単純に保香が好きになっただけよ」
「違うよ、いてほしいときにいてくれなくて寂しかったんだよ」
くそ、だけどそれは私のせいでもあるわけで私が動かなければならないことだ。
保香がその気になって動いていないのはいいことだと言えた、動いてもう小さなきっかけ一つで関係が変わりそうな状態だったら無理だったから助かる。
「なに分かった気になってんの――な、なによ?」
「やっぱりやめた、いまから上持さんのお家に行こう」
「はぁ……? あんた本当に保香の姉なの……?」
ぶつぶつ言っている彼女の腕を掴んで目的の場所へ、もちろん着いてからも先に帰ったりはしない。
求められていなくてもだ、これは私のためにも必要なことだった。
「はい――ん? なんか聡子に攻撃されているけどどうしたの?」
「仲直りして! なにが言いたいのかと言うと関係を戻して!」
「え?」
知ってもらわなければいけないからちゃんと全部説明する、ただ、言い終えたところで「はははっ」と笑われてしまった。
「別にその件は関係ないよ、そもそもあのときはまだ保香と過ごしていなかったし」
「あ、そっか、去年からなんだよね?」
そういえばそうだった、中学生の頃から一緒にいたわけじゃなかったんだ。
冷静じゃなかったな、そんなことまで頭の中から消えるなんてやばい。
「うん。でも、保香と聡子は中学のときから一緒にいた、だからあのときもなんとかしてあげたくて聡子は近くにいたんでしょ」
お勉強お勉強、ずっとそればかりで疲れて、受験のことを考えて不安になった。
歩いたのはそこからきている、とにかく教科書とかを完全に見なくて済む時間を作りたかった。
だけど学生でいる時点で本当のところでは逃げられないと気づいて引き返したからあの時間だった、すぐに気づいていなかったらそれこそ真夜中になっていたと思う。
「複雑だったってことじゃないの? 他の女の子を優先しててさ」
「ないない、だって聡子は学校でも違う女子といたんだから」
「じゃあ別れたのは……」
「私と聡子でそうしようと話し合って決まっただけ」
自分のために動いてばかりいるからこういうことになるんだ、そのせいで無駄に彼女に精神ダメージを与えてしまった。
後悔したところで遅い、私がいまからなにをしようとこの結果は変わらない。
「はあ~、誰かさんのせいで無駄に振られることになって最悪な気分だわ」
「ご、ごめん」
「人といないから極端なんでしょうね~」
荷物を持って上持家をあとにする。
私がやらかしたからなのか島角さんは付いてこなかった。
「本当は保香の姉じゃなくて妹なんじゃない? それかどこかから拾ってきたのかもね、だってそうでもないと似ていなさすぎでしょ」
「双子だから実際はどっちが姉でも妹でもおかしくないよ」
「双子ねえ」
「家ではまた違うんだよ、あいつは家の方がしっかりしているように見えるよ」
親が帰ってこない理由とあのおじさんがいる理由、たまにだけだけど考えていた。
まあ、保香がああして元気な状態だからあいつ自体に問題があるのかもしれないけどそれだけじゃないような気もしているんだ。
私自身が親の話をしないし保香もしない、だからずっと答えが分からないまま時間だけが経過していることになる。
でも、あいつを知るためには必要なことじゃないだろうか、なんにも影響を受けていないということはないはずなんだ。
「聡子、あい……保香達の親に会ったことある?」
「あるわよ? それこそ中学のときはあっちの家で遊ぶこともあったから。でも、あんまり明るい人達ではなかったわね」
「それって学校近くの場所でしょ?」
「え? 違うわよ、コンビニの近く……あ、ここら辺にもコンビニがあるから紛らわしいわね。ちょっと行こ、これから保香と仲を深めた際に必要になるはずだから教えてあげる」
どうやらその目的地に着いたみたいだけど「あ、あれ?」と変な反応を見せた。
「保香と遊んでいたくせに知らなかったの?」
「知らないよ、ほとんどはカラオケとか外で遊んでいたし……」
「付いてきて」
で、あの家まで行ってみると丁度保護者的存在のおじさんが帰ってきたところで挨拶をしてきた。
とりあえず挨拶を返したものの、初対面のときのことを思い出して冷や汗が出そうになる。
「え、だ、誰?」
「上がらせてもらってもいいですか?」
「ああ」
鍵を開け扉を開けると「おかえりおじさん」と保香が出てきた、が、すぐに私達に気づいてリビングに移動してしまう。
「友達じゃないのか?」と呟いていたおじさんには友達ですよと返して付いて行くと姉の方もリビングにいた。
「こ、ここに……住んでいるの?」
「保香――あ、うん、そうだよ」
「あっ、この人の家……なんでしょ?」
「払ってもらっているからおじさんの家で合っているけど、いまの家はここなんだ」
「は、え、あっちの家は……」
姉の方は気にした様子もなく「もうなかったでしょ?」と返していた、けど、隠していた保香的には気にせずは無理そうだ。
「そういうことか」
「保香は言っていなかったみたいだね。まあ、こうなっちゃったから言うけど両親はもういないんだよ。あのお家にも住めなくなった、そのままでいいって言ったんだけどここじゃ住ませられないっておじさんに言われてね。あっちの県に移動するのでもよかったんだけどわざわざ学校近くのお家を借りてくれたんだ」
じゃあこの人が戻る選択をしていたらいまみたいに一緒にいられなかったのか、本格的に仲良くしようと動くこともできなかったということか。
初対面のときといい本当にありがたい選択ばかりをしてくれている。
「いないって……」
「そのままの意味だね」
「じ、事故とか? あ、病気……」
「自分達で命を終わらせちゃうよりは事故の方がましだったのかもね」
「「えっ」」
驚いた私達や固まっている保香を放って「はは、まあそうなるよね」と一人なにか楽しいことでもあったんじゃないかって言いたくなるぐらいには雰囲気が違った。
「おじさんごめんね、帰ってきたところでこんな話をしてさ」
「別にいい」
「ご飯を作るからね、あ、二人も食べていく?」
というかさっきのことがなかったかのような姉の振る舞いに違和感を覚える、学校と家とじゃ違うと分かっていてもこれはおかしいと感じる。
そういうのもあってじっと見ていたら「大丈夫、遠慮しなくていいからね」と言ってこちらの頭を撫でてきた。
「あれっ、ごめん、触られたくなかったかな?」
私はその手を振り払っていた。
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