九鬼龍作の冒険 大儀山に木霊する電子バイオリンの音色
青 劉一郎 (あい ころいちろう)
第1話 一
「ラン、行くか!」
ワン!
龍作を見上げるコリー犬のラン。
ビビは龍作が肩にかけるショルダーバッグにもう飛び込んでいた。小さな顔を出し、キョロキョロと辺りを見回している。何かを・・・いや、誰かを探しているようにも見える。
ニャニャ・・・ニャ
昨日の夜は、同州温泉に泊まった。ペット同伴の旅館だったから、ビビもランも部屋では満足していて、騒いでいた。だが、こうして外に出ると、リールにつながれるのが嫌なのか、「フー・・・」とふいている。
「嫌なのか・・・仕方がないな。ビビ、出るか!」
今日はビビにリールを付けることにしていたのだが、頂上までは少し長い道程になる気配だったのだ。
大儀山の名前は知っていたのだが、龍作はこの山について詳しいことは知らなかった。ただ、数少ない女人禁制を守り続けている山だと聞いていた。
それ程強い硫黄の匂いがしない。ただ白い湯けむりが二三か所から吹きあがっている。
「お前たちも、いい気分だったに違いない。そうだろう、ラン」
ワン!
ランも、ここに来たのが嬉しいのか、踊り上がっている。
一人の男が、彼らの横を足早に通り過ぎて行った。大儀山の登山口の方に向かって行く。どうやら、その男も大儀山に登るようだった。
少しして、また別の男が同じように大儀山の登山口に向かって行くようだ。
「はて・・・?」
九鬼龍作は首をちょっと傾げた。
旅館を出た時、身体が小さいから十四五歳くらいの可愛い少年とすれ違った。一瞬、女の子・・・かな、と思うくらいのきれいな子に見えた。帽子を深く被っていて、髪は黒いが少し赤みかかっていた。
(男の子かな・・・)
今日は、この子と同じに行動することになりそうだ。
「ビビ・・・」
ニャー
ビビは大きく背伸びをし、飛び上がった。
さっそく、ビビがその少年に興味をしめし、その子の元へまっしぐらに近寄って行った。ランはいぬだが、リールを付けていない。よく訓練されていて、勝手に動き回ることはないからである。ランも、その子に興味を持ったようだ。
その子は背中にバイオリンのようなものを背負っていた。いや、・・・バイオリンのようなものではなく、バイオリンだった。ただ、大きなホールで見るバイオリンではなく、どうやら電子バイオリンのようだった。龍作は、以前おなしようなバイオリンを見たことがあった。
どうやら、龍作が想像したより、結構楽しい登山になりそうな予感があった。
登山口に立ち、先を行く男の人を見ている不思議な少年に、龍作は近寄って行った。彼にとって少しも不思議ではないのだけれども、今はそうしておくことにする。
「こんにちは!」
と、龍作は声をかけた。
その少年は一瞬びっくりして、話しかけて来た男を見上げた。
返事はない。こちらが言っている言葉が分からないのか、それとも答える気がないのか、龍作には分からなかった。それなら・・・と、
「それは・・・何?」
と、背中に背負っているものを指差した。
その子は一瞬ためらっているような素振りを見せたが、背中から外し、見せてくれた。
それは、やはり電子バイオリンのように見えた。いや、確かに電子バイオリンだったのだが、龍作は手まねで弾く真似をした。
その子はちょっと笑みを浮かべた後、電子バイオリンを弾いて見せてくれた。心の隙間から入り込み、食い込んで来て染み込んで来る哀しい音色がし、それでいて踊りたくなるようなリズムが流れて来た。
「エレクトリック・バイオリン・・・」
たどたどしい日本語で、少年は言った。どうやら日本人ではないようだった。
「そうか、やはり電子バイオリンか・・・」
その楽器が電子バイオリンには違いないんだろうけど、龍作にはそれ以上のことは分からなかった。ただ、ビビがその音色に素直に反応した。
ビビの小さな体はバイオリンのリズムにのり、微かに動きいている。
「こいつ・・・踊っているな」
龍作はこの子がいる限り、ビビは今日一日何処へも行かないような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます