第36話 女魔法師の挨拶
控室の奥のドアが開き係員がカリョを呼びに来た。始まるようだ。
俺はカリョを左腕に乗せたまま控室を出る。闘技広場入場口前で係員が両手のひらをこちらに向けたので立ち止まって闘技広場を見る。
闘技広場の反対側の入場口にゴーレムと人影が見えるが国内最強チャンプだろう。どんな奴だろうか? ちょっとは面白くなればいいけど。
「ゴーレムと入場してください。後ろから鉄柵を入れますので選手紹介が終わったら鉄柵に入ってください」
係員がカリョにそう言いながら闘技広場を指差す。その言葉に従い入場すると客席からどよめきが起きた。
ジルデッグのときと同だ。奇妙な模様の服を着たゴーレムは顔に白い包帯を巻いているように見える。そして腕にドレスの美女が乗り観客に手を振る。ここの客もそんなのは見たことが無かっただろう。
正面には国内最強チャンプが入ってきた。ゴーレムは黒の全身鎧。右手の甲から腕、肩を回って左手の甲まで赤く太いラインが入っていて、ジルデッグのチャンプと同じ様に両手に細めで長い斧を持っている。
隣にいる魔法師の男は短髪で精悍な顔をしていてなかなかごつい体つきだ。魔法師なのに剣を使っての戦闘もできそうに見える。シジリオって名前だっけ? 女にモテそうだ。
「白の門に現れた挑戦者をご紹介しますー!」
選手紹介だ。俺から見て右側の観客席前のステージにアナウンサーが立っているが、アナウンサーが向いているのは反対側の客席中央に見える王族席やVIP席だ。
中央の大きな個室の両端には剣と盾と猛獣らしき四足の動物を絡み合わせた旗が立っている。王族が居るという意味だろう。
ここのアナウンサーの声もよく響くが、拡声器の無い世界のアナウンサーには声量が必要なのは当然か。
「東の更に東、遠くの国からやってきた異国の王者。数日前にはジルデッグの王者を撃破しているので油断は禁物。女魔法師のカリョ! そして森のゴーレムだー!」
紹介されるなりここでもブーイングが上がった。だがそんなに大きくはない。魔法師が美女だからブーイングも遠慮気味なのかも。
「皆様! 皆様! お静かに! 魔法師カリョから皆様にご挨拶があるそうですのでお聞きください」
アナウンサーのその言葉にブーイングは小さくなるが、ヤジらしき声は会場のところどころから聞こえてくる。
「カリョ、大丈夫? 出来る?」
『大丈夫。始めて』
カリョの声に不安は緊張は感じられない。大丈夫だ。
俺はカリョとの打ち合わせ通り、左腕に腰を乗せたカリョの足元に右の手のひらを持っていき乗り移ってもらう。カリョは裸足だ。大きい重神兵の手のひらと言っても人の三倍ほどの大きさしかない。裸足でしっかり踏みしめてもらわないと危険だからだ。
カリョが右の手のひらにしゃがんで乗り、安定したら今度は左の手のひらを右の手のひらにピッタリくっつけてカリョが乗れる場所を広くする。
広くはなったがそれでも大きめの座布団くらいのスペースでしかない。地上から三メートル位の高さにある重神兵の手のひらの上だがカリョは全然怖そうにしていない。それくらいの高さは平気なのかそれとも”挨拶”のことで頭がいっぱいなのか。
俺/重神兵は両手のひらの上にカリョを載せたまま王族席に向かい、神にでも献上するかようにやや持ち上げる形で腕を伸ばす。
腕が伸び切り動きが止まるとその手のひらの上でカリョがゆっくりと立ち上がった。
ヤジが止み、場内の誰もが動きを止めてカリョに注視する。
カリョは場内を軽く見渡してから正面を向き、そして歌い始めた。
『あなたは やさしく 微笑む 静かに やさしく 私を 抱きしめる
あなたの 腕の中で 考える 本当に 本当に 私を 愛している……』
日本のアイドルのバラード曲。
ギャレットがアイドルの曲から声だけを削ってカラオケにしたやつだ。ヘッドセットのマイクが拾ったカリョの声をミキシングして重神兵の口に当たる場所にある外部スピーカーから出している。
歌詞は恋愛もの。ここに来る前に翻訳したばかりの歌詞だ。
歌い始めは静かに低い声だったが、徐々に声が高くなる。綺麗な声をしているとは思ったがこんなに
客席を見ると皆食い入るように見ていた。なぜここで歌なのかという疑問よりもカリョの美声、そしてどこで奏でられている分からない不思議な曲に聞き入っているようだ。挨拶だと聞いていたアナウンサーもボーゼンとしたまま動きを止めている。
カリョは王族席の方に向かって歌っているが、正確にはその隣のVIP席のさらに隣の関係者席にいるマーツェに向かっている。
マーツェにはTC(タブレットコンピュータ)で撮影してもらっているが、その映像は重神兵を経由して俺の視界上部に映し出される。
ズーム映像なので正面から誰よりも大きく鮮明にカリョの歌う姿を俺は見ている。
上半身だけの振り付けはアイドルと同じだが感情豊かに表現する。歌詞に合わせて自分を抱いてうなだれたり、右手を伸ばして遠くの
歌っているカリョはものすごく魅力的。
歌声、表情、しぐさ、それらすべてが合わさるとオーラすら見えてくるようだ。
『あなたの傷は 私が癒す あなたが 旅立つなら 私も行くわ どこまでも一緒に~』
サビに入るとオリジナルのアイドルより遥かに伸びのあるハイトーンボイスが場内に響き渡り、両手を広げすべてを受け入れるかのような仕草は羽根を伸ばした天使の様。
聞いている俺は鳥肌が立つ感覚があった。が、重神兵の体は当然鳥肌は立たない。生身の体に鳥肌が立っているかもしれないが確認はできない。
そして静かに歌い終わるとカリョはお祈りのときと同じように胸の前で両手を握り、跪いて頭を下げる。終わりのポーズだ。
場内が静寂に包まれた。
客席を見渡すと見事なほど皆カリョを見たまま動かない。
そしてところどころから拍手しながら立ち上がる客が見えて、それがあっという間に会場全体に広がると大歓声が会場全体に鳴り響いた。
「サイコー!」「ブラボー!」「カリョちゃーん!」「もう一曲たのむ~!」「女神様!」「アンタの勝ちだよ~!」
観客席最前列の前まで多くの人が出てきて手を降ったり大きく拍手をしたり。そして笑顔で歓声を上げる。それらの全てが俺の手のひらの上で跪くカリョに集まっている。
カリョは頭を下げて跪いたままの状態でこの歓声を聞いて歓喜に酔いしれているんだろうか。
アイドルのように歌いたいと言い出したカリョ。俺はカリョが喜ぶならと協力したわけだ。
でもカリョの魅力が大勢に知られるのは俺的には嬉しくないのが正直な気持ちだ。
このあとカリョにファンが押し寄せることにならなければいいのだけれど。
「皆様! 皆様! ご静粛に! ご静粛に!!」
大歓声の中にアナウンサーの声が交じる。そして鐘も何度となく打ち鳴らされてやっと会場は静かになった。
大声を出続けて少し疲れが見えるアナウンサーは息を整えるとチャンプの選手紹介を始めた。そのタイミングで俺はカリョを地面に下ろす。
チャンプは知られているだけあって簡単な選手紹介で終わると、カリョとチャンプのシジリオはそれぞれのゴーレムの後ろに用意された鉄柵に入っていった。
そして次は賭けの時間。客席はどっちに賭けるかで盛り上がっているのかかなりざわついている。そのざわつきが小さくなったと思ったら鐘が鳴り大歓声が沸き起こった。試合開始だ。
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