第26話 森のゴーレム

 俺たちが闘技場に入った観客用の入り口とは違う場所で人気ひとけの少ない大きな通路に出た。VIP席の真下のようで、湾曲した通路の壁は内側が闘技広場とを隔て、外側は闘技場の外壁のようだ。


 エルゲニは何やら作業をしていた男を呼び止め、事情を説明して俺たちを引き継ぐと降りてきた階段を戻っていった。


「ではご説明いたしますね。

 まず、ゴーレム用の出入り口は私の後ろに見えるあの大きな入り口です。そこから入ってください。ゴーレムを持ってきたら控室に案内します。

 次にゴーレムバトルのルールですが、勝敗は降参するか両手か片足が使えなくなったら負けです。修復が難しくなるほどのダメージを受ける前に降参したほうがいいですね。

 あと魔核を破壊するような頭部への攻撃は禁止、相手の魔法師への攻撃も禁止です。

 知っていると思いますが魔法師は鉄柵のソファーに座ってもらってそこから魔核に移ってもらいます。

 ルールはそんなところです。チャンプ戦は最後の試合なのでまだ時間はあるのですが状況が変わるかもしれないのですぐにゴーレムを持ってきてください」


「わかった。すぐにゴーレムを持ってくるよ」


 通訳したカリョの言葉を聞くと係員はうなずいてさっきまでしていた作業に戻っていった。


「マーツェは客席に戻って。俺とカリョは重神兵を取りに行くから」

『わかった。上で応援してるよ。負けないよね?』

「負けるわけないだろ」


 マーツェは自信たっぷりに答えた俺の言葉にうなずき、振り返って階段を上がって行った。


 そのあと、俺とカリョは重神兵を取りにトラックに戻った。重神兵を移動するだけならギャレットでもできるが、重神兵の中に俺が入るところを見られたくないしカリョが操作しているようにも見せなくてはならない。


 俺は重神兵に乗るとひざまずいてL字に曲げた左腕にカリョを座らせる。今日着せたばかりの迷彩服は新品だったのでカリョのドレスを汚すことはない。立ち上がると武器は右手にテコ棒を持った。

 テコ棒は直径七センチ、長さ三メートル五十センチ、両端はくさび形になっていてこれもCNT(カーボンナノチューブ)製で岩や倒木などトラックの走行の障害物になるものを重神兵がテコの原理で動かすために積んでいたものだ。


 カリョを左腕に乗せて闘技場に向かいゴーレム用の出入り口から闘技場に入るとさっきの係員がやってきた。


 係員は近づく俺/重神兵と左腕に乗るカリョを見て驚いた顔をしている。俺は屈んでカリョを腕から降ろすと係員が口を開いた。


「あなたがゴーレム使いの魔法師だったのですか?」

『そうです』

「そうですか、そんなに若いのに……」


 エルゲニからカリョが魔法師だと聞いていなかったのか。係員はどこか関心しているような表情を見せるとカリョから視線を俺/重神兵に移し珍しそうにつま先から頭の先まで見回した。


「服の下に鎧を着ているんですか?」


 迷彩服の袖から見える重神兵の装甲に気付いたようだ。


『ピカピカの鎧を汚したくないんです』


 俺が重神兵の中で答えてカリョに言ってもらう手はずになっている。


 その答えに係員が口を閉じたまま軽くうなずくが何か納得していないような表情に見える。いずれ汚れる鎧を服を着せて保護するってのは無理があるか。


『武器はこの棒ですが大丈夫ですか?』


 カリョが重神兵の持つテコ棒を指さした。


「大丈夫ですけど…… 斧じゃないのですか?」

『何か問題でも?』

「いえ、この棒で戦う姿が想像できなくて。どうやったら勝てるのかと」

『突くしかないですね』


 係員も思っているのだろうがテコ棒で叩いても大したダメージは与えらないだろう。やはり鎧の隙間を狙って突くしかない。


「そうですか……」


 係員は納得いっていないようだが武器についてはそれ以上何も言ってこなかった。


「ではゴーレムの登録名は何でしょうか?」

『登録名とは?』

「お客に紹介するのにゴーレムの名前が必要なんですよ」


 リングネームってやつか?


『じゃあ……、森のゴーレムで』


 この場限りの名前なんてどうでもいい、森林迷彩服を着ているからそんなのでいいだろう。


「あと、お客に紹介するのに出身とか戦歴とかアピールするものとかがあったら教えてもらいたいのですが」

『……遥か遠く、東の果て、海の向こうのニホンと言う国からやってきた王者。国では最強だったがこの地での初めてのゴーレムバトルで力を示す、でどうでしょう?』

「え? 王者だったのですか?」


 怪訝そうにカリョを見る係員。


『私じゃなくてさっき一緒にいた友達がこのゴーレムで王者だったの』

「それでは王者と言えないんじゃ……」

『大丈夫。私も同じくらいこのゴーレムを使えるから』


 係員は眉間に皺を寄せてちょっと考えたが面倒になったのか、


「わかりました。その紹介で行きます」


 それだけ聞くと係員は壁に沿ってカーブを描く通路の奥を指さし、ゴーレムも入れる個室の控室があるので三番の部屋に入って待つようにと言うとどこかへ走っていった。


 控室で俺は重神兵に入ったままカリョと他愛ない話をしていたが三十分ほど待った頃だろうか控室のドアが叩かれ係員が呼びに来た。


 カリョを左腕に乗せ係員についていくと闘技広場入場口前に案内された。

 いよいよ試合、俺はちょっと緊張しているかな? でも賊を殲滅したときに比べれば全然穏やかな精神状態だ。今回は殺し合いじゃないもんな。ワクワクしているのかも。


 そのちょっとした緊張を楽しんでいたら合図の鐘が鳴った。


「選手紹介です。入場してください」


 入場口に立つ係員がそう言いながら中の闘技広場を指さす。


 俺がカリョを左腕に乗せたまま入場すると場内が震えるくらいのどよめきが四方から起きた。


 入場してきたゴーレムはギラギラした鎧ではなく、奇妙な柄の服を着ているし、顔には包帯が巻かれているように見える。

 選手としては見たことがないであろうで立ちだし、何よりも魔法師がドレスを着た若い美女でしかもゴーレムの腕に乗っての登場だ。やはり驚かずにはいられないだろう。


 正面を見ると試合相手のゴーレムと魔法師が見える。全身白い鎧、両手にそれぞれ細めで長い片刃の斧を持っている。二刀流だ。魔法師ドルマ。そしてそのチャンプゴーレム。楽しませてくれるのだろうか。


 ふと客席のあちらこちらで白い旗が振られたのが見え、それを合図に場内が静まり返った。


「ご来場の皆さま、本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます」


 VIP席の対面、一般席前の小さなステージに立つ黒服のアナウンサーは一般席を背にし、闘技広場を超えてVIP席まで届くような大きな声で話し始めた。


「本日の最終戦は飛び入り参加のチャンプ戦です」


 そう言うとアナウンサーは一呼吸おいて俺を指さした。


「ご紹介します、白の門からの登場は、遥か遠く東の果て、海の向こうのニホンと言う国からやってきた自称王者。国では最強だったがこの地での初めてのゴーレムバトルで力を示すー、その名も森のゴーレムだー!」


 アナウンサーが声を張り上げて俺を紹介すると客席からブーイングらしき低い声が上がった。


 おいおいおい、自称王者ってなんだよ? 王者だと証明できないからそう言うしかなかったのか? でもまぁ嘘だし自称なのは間違いないな。

 しかしいきなりブーイングをもらうとは、やっぱりアウェイか。でもすぐに歓声に変えてやるからよく見とけよ。


 次にアナウンサーは俺を指していた指を水平に移動させチャンプを指さした。


「黒の門からの登場は、ご存じ十二連勝中ジルデッグのチャンプゴーレム、ドルマルマ!」


 言い終わる前から大歓声が上がった。流石はチャンプだな。


 相手の紹介で十二連勝中ってのが聞こえたが今日でその連勝が途切れるんだ。元チャンプ、残念!


 選手紹介が終わったのでカリョを下ろすとカリョは係員に声を掛けられ俺の後ろに下がった。おそらく鉄柵のソファーに座るんだろう。俺自身は魔力によって遠隔操作されているゴーレムのフリをしているので無闇に動けず、振り返って見たりはできない。


「カリョ、ソファーに座ったら目をつぶって動かないようにして。目をつぶったあと十数えたら教えて」

『わかった…… ソファーに座った………… 十数えたよ』


 その声を聞いた瞬間からゴーレムの魔核に魂が移った演技をするため重神兵の俺は軽く飛び跳ね、テコ棒を振り回して見ているすべての人にアピールする。チャンプゴーレムも斧を振り回し始めたので魂が移ったのだろう。


 ウォーミングアップで体を動かしているが試合開始の合図が鳴らない。何で? 客席を見るとなんだか慌ただしい。そっか、賭けが行われるんだった。


 数分待っていると客席で赤旗が振られるのが見え、続いて鐘が鳴ると大歓声が沸き起こった。試合開始だ。


 観客席を見回すと客の視線を浴びているのがわかる。過去にこんなに注目されたことはなかったな。まぁ俺じゃなくて森のゴーレムが見られているんだけどね。


挿絵「重神兵の腕に乗るカリョ」

https://kakuyomu.jp/users/miyahahiroaki/news/16817330651400941002

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