第17話 戦いの跡

「ギャレット、いまので最後か?」

「最後です」


 それを聞いて「ふー」と息をつく。同時に緊張の糸が切れたのがわかった。


 カートのターンテーブルを回転させ振り返って戦いのあとを見る。


 しらむ空。何事もなかったように草をむ馬たち。そして地に横たわる数多くの死体。


 シュールな光景だ。


 見ているうちにこの光景はどこかで見た絵画のような気がしてきた。が、そんな絵があるはずがないと俺の中で何かが否定する。


 俺が殺して作った現実の光景。


 地球で経験した戦闘は殆どが対重神兵か対戦車戦だ。


 何度となく敵を撃破してきたが、大量の死体を見ることは無かった。


 余りにも一方的な大量殺人。神が許しても俺は俺自身を許すのだろうか?


 そう思ったら眩暈めまいがしてきた。そして急に疲れが押し寄せてきた。


 帰って眠りたい……


「ギャレット、オートで帰投きとう

「リョ」



***



 圧倒的な謎の力を見せたカイヤのゴーレムが振り返える。そしてそのまま動かなくなったが、それもわずかな時間のことで再び台車が滑るように動き出した。それを見ていたクラオはカイヤが村の入り口に向かっていることに気づいた。


「おい! お前たち、カイヤ様を迎えに行くぞ!」


 慌ててカイヤを迎えに行こうとするクラオは無意識のうちにカイヤに敬称をつけていることに気づいていなかった。


 二人の兵士を連れて急いで物見櫓を降りるクラオ。


 物見櫓を降り村の入り口に向かうと村長ほか二十人ほどの若くない男たちがピッチフォークを持って集まっている。皆戦う気だったのだ。


 その男たちの一団が左右に分かれると真ん中からカイヤのゴーレムが杖を持ったまま台車に乗って表れた。


 ゴーレムは静止したままピクリともせず下の台車が運んでいる。


 クラオはその台車を注視すると複数の車輪がベルトを巻き付け回転して動いていると理解し、これもまたゴーレムなのかと底知れぬカイヤの力に驚愕した。


 カイヤのゴーレムがクラオの前を通り過ぎると後ろにはぞろぞろと男たちが続いていく。クラオと二人の兵も無言で続いた。


 カイヤのトラックの後面が見えてくるとその前にはガロウの二人の娘が立っていた。カイヤを待っていたのだろう。


 トラックの手前で台車が止まるとその上でゴーレムがゆっくりひざまずく。そして背中の蓋が開き中からカイヤの上半身が出てきた。

 それはまるでさなぎから羽化した蝶のように。


「「「「「「カイヤ様」」」」」」


 男たちがカイヤを呼ぶ。


 しかしカイヤから返事は無くただ黙ってゴーレムから降りると少しだけ村人を振り返った。


 その顔は白く生気が失せたように見える。


 姉妹が語り掛けても反応なくカイヤは無言でトラックに付いている小さな板に乗りドアまで上がると中に消えて行った。




***



 ん……? ここは……?


「カイヤ、エルクロナロ、カイヤ」


 視界いっぱいにいまにも泣きそうな顔のカリョが映る。


 俺は寝てたのか……


 カリョから視線を外し周りを見ると処置室のベッドだと分かった。


 思い出した。賊を殲滅したあとここに戻って精神安定剤を飲んでベッドに入ったんだった。


 上体を起こし枕元に置いていたヘッドセットを手に取りかぶる。


『カイヤ大丈夫なの? 怖い顔して寝てしまったけど、顔色がよくないよ』

「大丈夫。ちょっと慣れないことをしたので精神が参っちゃったみたい」


 眉尻を下げ眉間みけんに皺を寄せるカリョの表情からは本当に心配してくれているのが分かる。


「カリョ…… 俺、いっぱい人を殺したよ…… 神様に怒られるかな……?」


 神に怒られるはずが無いのは知っている。命の危機には全力で抵抗するよう言われているから。だが賊とは言え人の命。神でもない俺がそんなに簡単に大量に奪ってしまっていいだろうか?


『ううん、神様に怒られるはずないよ。村を、私たちを守ってくれたもの。誰も死ななかったよ。みんな感謝しているよ』


 眉尻を下げたまま微笑むカリョは俺の手を取り握りしめてきた。


 そうだ、らねばられるんだった。カリョに思い出させてもらって気が楽になっていくのを感じる。


『バルマさんのほか村のみんなも心配しているよ。元気なら顔を見せてあげて』

「ああ、大丈夫だ。行くよ」


 そう言うとカリョは安心した顔を見せた。


『ギャレット、マーツェとの通話をお願い』

「リョ」

『マーツェ、聞こえる? カイヤが起きた。大丈夫みたい。外に出るって』


 ヘッドセットで離れた人と通話ができるっていつの間にギャレットに聞いたんだ?


 そんなことを思いながらベッドを出て立とうとしたら不覚にもふらついてしまった。


 カリョが慌てて俺を支えようとするのを手で制す。


「大丈夫だよ」


 通路に出て搭乗口に向かう。


「タイム」

「午後一時十二分」


 だいぶ寝ていたようだ。薬の影響もあるのか頭がちょっとボーっとする。


 自動ドアを開け外を見るとそこには大勢の村人が集まっていた。

 視界の下に広がる人、人、人。


 何で?


 ひざまずいて搭乗口の俺を見上げている。子供から老人まで、赤ん坊を抱いた女性もいる。村人のほとんどかも。


「「「「「「カイヤ様!」」」」」」


 村人が一斉に俺を呼んだ。


 え? どうした?


「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」


 ひざまずいた状態で深々と頭を下げる村人たち。


 なになに? 何が起きている?


「カリョ、どうしたのこれ?」


 俺は首を回して後ろのカリョに聞いた。


『村を救ってくれた神の国の兵士様にみんながどうしてもお礼を言いたいって…… 本当にありがとう』


 カリョは微笑み、僅かに濡れ輝く瞳で俺を見ていた。


「あ…… あぁ」


 なんて答えていいのかわからない。いやしかし、俺は神様じゃないんだから大げさだよ。もしかして俺が起きるまでみんなここで待ってたのか? なんだかへんな汗が出てきた。


 俺は慌ててリフトで降り、村人の前に屈んで目線を下げる。


「みなさん、顔を上げて立ってください」


 すぐにカリョも降りて通訳してくれる。


 村人が顔を上げるがみんなひざまずいたまま胸元で両手を握っている。姉妹が食事の時にするお祈りの時の様にだ。その中には隊長や部下の兵にゴーレム兄弟の顔も見えた。


『みんな立って立って! カイヤが困ってるよ!』


 何処にいたのか気がつかなかったがいつの間にか俺の右に現れたマーツェが気を効かせてくれた。


「神の国の兵士カイヤ様、本当にありがとうございました。いくら感謝しても感謝しきれません。カイヤ様がいなかったら今頃村は全滅していました」


 正面のバルマが立ち上がりそう言いながら近づいてくると他の村人も立ち上がり俺を囲んだ。


 多くは笑顔なのに目に涙を浮かべカイヤ様、カイヤ様と、お礼の言葉らしき声が聞える。さすがにギャレットの同時通訳も追いつかないようだ。


 しかしこれだけ多くの人に礼を言われるとこっちが恐縮してしまうし、カイヤ様と呼ぶのも止めて欲しい。


「取りあえずはカイヤ様と呼ぶのは止めてもらえませんか? カイヤでいいです」

「いえいえダメです。神の御使みつかい様を呼び捨てになどできません」


 神の御使い様ですか…… バルマの頑なな態度は譲ってくれそうもなさそうだ。


「それと礼はもういいです。俺はカリョに村を守ると約束しただけなんで」


 隣にいるカリョに視線を移すとカリョはややうつむいてチラッと俺を見てから恥ずかしそうに通訳した。


「うんうんうん、カリョは本当に良き人を連れてきたな」


 カリョを見てしみじみと言うバルマ。その言葉にほっぺを手で押さえモジモジするカリョ。そのしぐさも可愛いよ。


 そのあと、バルマや村人から何かお礼がしたいと言われたが本当に何もしてくれなくていいと言って帰ってもらった。ただ一人、話があると言った隊長クラオを残して。

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