第4話 復讐者 (勇者視点)



「――ほら、燃えな!」


 ヒュンと小さな火球を黒魔道士が飛ばす。


 無詠唱で炎を飛ばすなんて芸当ができるのはこいつくらいのものだろう。魔力の練られた赤い炎。


 ボコォッ!!とスライムをかすめ地面へと直撃する。


「ぴぃぃ!?」


 驚くスライム。


「おいおい、外してんじゃねえよ黒魔道士」


「んん、あれ? おかしいな、ちゃんと狙ったのに」


「......?」



 確かにおかしい。黒魔道士が魔法を外したのを初めて見る気がする。


 .......あのスライムが避けた?


 いや、それはないか。おそらく奴には飛んできた炎の残影すら見えていなかったはずだ。


「よし、俺にもやらせろよ。 あの目つきが気に入らねえ」


 戦士はズンズンと黒いスライムへと近づいていき、そして。


 ――ドガッ!!


「ぶぎぃいっ!!!」


 スライムの顔面に脚を振り抜いた。ボヨンボヨンと俺の足元へ転がってきたスライム。


 踏みつけ止める。


「おっと。 ......それにしてもなぜこんなに黒いんだ。 汚らしい」


「ホントにねー。 めっちゃ睨んでくるし、あはっ。 ウケる」


 なんだろう。なぜか既視感がある。汚いスライムか......そういえば昔、スライムの隠れ里で泥まみれのスライムがいたな。あまりに汚らしくて斬ることも躊躇ったほどの奴が。


 ガンッ!と思い切り踏み潰す。


「ぶっ、ぎぃ」


「あはは、なにこれ鳴き声ウケるー! あたしにもやらせてよ!」


 ――ガンッ!ガンッ!ドガッ!


「がっ、ぎぃ、ぶっ......ぴぃ」


 しかし、さっきから......なんだ、この違和感は。


「おい、黒魔道士! 一人で遊んでんじゃねえよ! 俺にもやらせ......ろっ!!」


 戦士が魔力を込めた脚で踏みつけた。おそらくは殺す気で、潰すきで。


 ――グシャ!!!


 それはスライムの顔面を捉え、大地が割れるレベルの力が込められていた。


「ひゃはっ、.......あ?」


「「......え?」」


 戦士の動きが固まり、俺と黒魔道士も凝視する。


 ......な、なにが?え、なぜ?


「ぐおっ、あああっ!!? なんッッじゃ、こりゃあッ!? あ、あしっ......俺の脚がアああアッ!?」



 戦士の脚が真逆に折れ曲がっていた。



「――あ、ごめん。 加減間違えたわ......いやあ、スマン」



「ぐあっ、ああっ!? な、なんだコイツ!?」


「な!? 今の声......このスライムが!?」


「えっ......喋った!? 嘘!?」


 信じられないことが起きた。


 黒いスライムが、唐突に言葉を喋ったのだ。


「いやあ、待たせてごめんな。 やっと認識阻害、侵入不可、脱出不可の結界が張れたわ。 こんだけ重ねがけするとちょっと時間かかんだわ。 悪いね」


 流暢に人の言葉を操る黒いスライム。


 人語を理解し話せる魔族や魔獣はいる。だが、下級魔獣であるスライムにそんな知能があるわけはない。


 なぜ、こいつは人の言葉を......喋れている?


 いや、そもそも戦士の脚は......あれは何が起こったんだ。ダメージがそのまま返ってきた、そんなような折れ方だ。けれど、どうやって?


 あの黒いスライムがやったのか?そんなこと出来るのか?


 たかがスライムだぞ......しかも、魔力を殆ど持たない。


 意味がわからん......!!


(......この世の全ての凶兆を孕んでいるような、禍々しい色の体......奴は一体)


 その時、戦士が呻くのをやめ白魔道士へ指示を出した。


「うぐぐっ、ああっ......いってえな!! お、おいっ!! ヒールだヒール!! 早くヒールしろッ!!!」


 言葉に反応し、ヒールを飛ばす白魔道士。一瞬にして折れた脚が修復され、元に戻る。


「! おお、すげっ。 おたくらのヒーラーやっぱ優秀だな?」


 話しかけられた戦士は叫ぶようにスライムへ怒鳴る。


「気持ち悪い!! ゴミ糞雑魚モンスターのクセに人間様の言葉使ってんじゃねえ!!!」


 背負っていた斧を手に取りそのままスライムを両断。


 ――ドガァ!!


 真っ二つになる黒いスライム。


「ひひっ! バカが......あ?」


 しかし、両断されたスライムがいう。


「おお、すっげえ斬れ味だなぁ! つーか、お前それ大丈夫かよ? 腕、ねえけど」


「――は? あ、あああ......アアアアッッ!!?」


 ブシュウウウ!!!


 戦士の左腕が失くなっていた。まるで斬りとばされたかのように、腕が吹っ飛ぶのを俺と黒魔道士が見ていた。


「な、なんっ!? こ、これ.......ぎゃ、うぎゃあああっ、ああっ!!?」


 バタタタと血の雨が降り、辺りを鮮血に染める。


「急に斬りかかってくんなよ。 びっくりしたぁ」


 体を真っ二つにされたスライムがゆっくりと一つに、元の姿に戻り何事もなかったかのようにそこに居る。


(――スライムが合体するのは見たこともあるし、聞いたこともある......だ、だが、こいつのこれは......合体なんかじゃない......【自己再生】......!!)


【自己再生】能力は高位の魔族や魔獣しか持ち得ない!それこそ、伝説上の【龍神・黄金龍】や【魔神マルギローダ】など実在するかもわからないレベルの......!!


 現在、人類がその能力を持っていることを確認できているのは、【魔王】ただ一人だけのはず......!!


 そんな伝説級の能力を......こんな、最下級モンスターのスライムが.......!!?


「......ヒール」


 ぼそりと呪文を唱える白魔道士。


 戦士の腕がまるで再生したかのように復元した。


「いやあ、ホントにすげえよ。 おたくらのヒーラー......白魔道士には聖女の血が流れてるって噂はあながち間違えじゃねえのかもなぁ」


 なぜ、知っている!!?


 確かに聖女の血統ではあるが、その事を知っているのはごく限られた人間だけのはず!!


 い、いや、今はそんなことどうでもいい!!


「戦士! 黒魔道士! 全力でこいつを始末するぞ!! 容赦はいらない!!!」



 黒いスライムが嗤う。



「ははっ、スライムに本気とかウケるぜ。 でもまあ、言い訳しないように、せいぜい頑張ってね」


 ゆらりと、冥府の瘴気ともいえるような禍々しくも暗黒の魔力が奴の体から立ち上り始めた。


(こ、これは......この魔力量は、魔王クラス......いや、それ以上か......ッ!?)




「......お前は、一体.......なんなんだ?」




「えっ。 ただのスライムですけど......?」



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