第2話 誓い


――深い闇の中。


 頭の中を多くの情報が巡る。


 そのせいで激しい痛みが止むことはなく、依然として目を開けることすらできない。


 そもそも生きているのか死んでいるのかもわからない。ともすれば、これが死というものなのかもな。


 僕は地獄に墜ちたんだろうか。


 皆を守れずに、妻を我が子を守れずに、ただ焼かれていく里を眺めていた僕は、最も罪深き者だ。


 守護を務める者としての責務を......せめて、「逃げろ」と叫んでいれば、皆殺しにはされなかったのに。


 ......いや違う。そうじゃない。


 どうして殺される必要があった?僕の家族を殺した理由は?


 だから、ゲームだって。あいつら言ってたじゃん、遊びなのさ。


 特別理由なんてない。もしかしたら僕らスライム族が魔王様に匹敵する巨悪であったならまだこの気持ちの落とし所があったのかもしれない。


 でも、ちがう。そうじゃない。


 人に危害を加える事もなく、ただ平和に隠れ暮らしていただけの僕ら。


 それなのに、一方的に、残虐に、非情に......皆を殺した!






 絶対に......許さない。






 ――ゆっくりと目を開ける。


 何時間そうしていたのかもわからない。一瞬だった気がするし、何百年もの間苦しんでいた気もする。


 辺りを見渡すと真っ黒に焼け焦げた家屋。仲間たちの遺体はいつの間にか消えていた。


(いや、違う。 多分......)


 水溜りに映る自分の姿をみてみる。


 本来、空のように青い体のスライム。しかし、そこに映っていたのは、ドス黒く禍々しい色合いのスライムであった。


 ――そうか。この体......この黒い色は皆の。


 里に居たスライムは約百匹。その全ての黒く焼かれた遺体が僕の体と一体化し、肉体を復活させた。


(......ああ、わかってるよ皆。 必ず僕が......いや、俺が......俺達で、だ)


 全身から迸る憎悪の魔力。怒りと痛みの記憶で頭がおかしくなりそうだ。


 けれど、それに相反し全能感が巡る。


(この力を使えば......)


 目を瞑ると、脳内に文字が浮かぶ。


【スキル:みんなのうらみ】


 人間に殺された魔物の遺体を吸収し、その魔力を受け継ぐ。


 受け継いだ魔力は《死怨の魔力》となり破壊、侵食の性質を持つ。


 ......人間に殺された魔物の遺体、か。


 もしかしてこれって。


 ふと思い出す記憶。約数百年前、人間と竜の戦争があった。その時に殺された竜は三十体にもおよび、亡骸は白骨と化して放置されている。


(......竜の骨は強固で加工が困難。 そのため加工屋すらも持って行かずに放置されたまま)


 《アンドルム火山》にあるあの竜の亡骸を吸収すれば......もしかすると更に魔力が強化されるかもしれない。


 あれは聖戦だといわれ神格化されていたけど、噂によれば一方的な人の裏切りによる惨殺だったという。


 それが真実なら、憎しみの念はとてつもなく強大なものになるだろう。


「......行ってみるか」




 ――二日かけ辿り着いたその場所は、予想以上に酷い有様だった。


 竜の白骨、その目にいくつも突き刺さる風化した剣。


(......話によれば人間の兵士は竜に毒入りの酒を飲ませ、動けなくなったところで攻撃を始めた。 竜の強靭な鱗とその魔力はどんな武器の攻撃も無効化したという。 だからこそ、動けなくなったところで目を突き刺し脳を貫いた......)


 憤りを感じ、無意識に魔力が溢れ出した。


「勇者だけじゃない。 これが人間なんだ......」


 ――ボウッ


「!!」



 漆黒の丸い体が魔力を立ち昇らせていると、それに反応するように白骨化している竜の遺骨が黒く輝き始めた。


「これって......【みんなのうらみ】にとりこめるって事か?」


 けれど、ここに来て問題に気がついた。炎を弾き、砲撃に耐える強靭な竜。それは体を作る骨も同様だ。


 そんな竜の骨をどう取り込めばいいのだろう。仲間の遺体は焼かれもはや液状だったため同化できた......でも、この硬い骨は。


(......うーん。 どうしよう......とりあえずやるだけやってみようか。 せっかく遥々来たんだし)


 竜の骨に覆いかぶさるよう、体を伸ばし這わせた。




 すると――




 ズズズ......ドロッ、バシャッ!!




「!?」


 骨があっという間に溶けた。まるで水のように爆ぜ、自身の体の一部となった。


「こ、これって......あ!」



 頭の中で先ほどの説明を再確認。


(そうか。 《死怨の魔力》......破壊と侵食の性質になった魔力によって骨が溶けたのか。 いや、どんだけ強力な魔力なんだよ。 竜の骨だぞ......砲撃が直撃しても砕けない程の硬さなのに)


 でも、これで......


 ゾゾゾゾ!!!


 途方も無い程の、まるで竜の猛々しい咆哮のような魔力流が空へと伸びる。


 殺気をはらむ途轍もない大きな力。触れていた地面が割れ、空気が歪みだす。


「がっ、は......ぐぅっ、あっ、が」


 また、始まった!?あの時の苦しみが......うぐっ、ああっ!!あああーーー!!!



 ――いっそ死にたくなるほどの絶望的な苦痛。しかし、内包される憎しみ、悲しみ、後悔、復讐者としての自我が辛うじて生に繋ぎ止めていた。


「......まだ、だ。 全てを、力を取り込むんだ......あいつら、人間共を殺すために......」



 ひとつ



 またひとつ



 力を取り込むたびに苦しみの渦に飲まれ、果のない地獄を彷徨う。


 その先にある、憎き敵を討つために。



 ひとつ



 ふたつ



 みっつ



 やがて三十ある竜の遺骸を全て取り込んだ。



(......まだ、だ。 あいつらは強い......あいつらが手も足も出ないくらいの力が必要だ......。 そうさ、ただでは殺さない......簡単には。 苦しませ絶望を与え生まれたことを後悔させる。 それには......)




 まだ




 足りない。








 ――それから俺は旅をし、あらゆる魔獣や魔族の遺骸を喰らった。


 魔王直属の騎士の墓を漁り、伝説の魔獣の灰を舐めた。


 やがて旅の果に魔王の肉体の一部を取り込み、消された魔族の里の生き残りに命をいただいた。


 勇者共を必ず駆逐してやると誓い、その想いと共に体へ取り込む。






 ――はっ



(......)



 あれから常に悪夢を見るようになった。取り込んだ魔物達は数万をこえ、もはや自分の体が自分のものじゃないような錯覚に陥る。


 血の臭いと腐臭を反芻しながら、それでも俺を突き動かすのは奴らへの憎しみ。


(......必ず、殺してやる)


 俺の家族を......仲間を......焼いた罪。


 必ず償わせてやる。








 〜三年後〜





 目つきの悪いスライムが王都の付近で目撃されるようになった。その全身は黒く、情報によればまるで死神のように禍々しい魔力を纏っていたという。

 しかし、勇者の拠点である王都ではその目撃情報も重要視はされなかった。

 なぜなら、勇者達は最強。彼らはどんな強大な力を持った魔物も簡単に殺せてしまう。その黒いスライムもいずれは狩られるだろうと、そう思われていた。




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