婚約破棄されたごみ屑令嬢は無関心だったあなたに囚われます

もちづき 裕

第1話 夢と希望の物語

 灰かぶり姫という物語があるんです。

 お母様が亡くなった後に、再婚したお父様が新しいお母様と、二人のお姉様を連れて家に帰ってきたのが始まりで、お父様亡き後は、前の奥様との間に産まれた女の子がメイドと同じ扱いにされて、いじめられてしまうの。


 だけど、王子様がいじめられていた女の子と運命的な出会いをして、女の子の事が好きになった王子様がプロポーズをして、二人は結婚して幸せになるの。いじめていた継母と二人の娘はとても悔しい思いをする事になるんですって。

 下働きとして扱われていて、時には灰をかぶりながら掃除をしていた女の子が、王子様と結婚してお姫様になるおはなし。


「私にもいつかはこんな王子様が現れるのかしら?」


 刺繍糸を引っ張り上げながら私が問いかけると、メイドのコリンナが太めの眉をハの字に下げながら言いました。


「今、流行の灰かぶり姫ですよねえ。うちの王国の王子様たちは皆んな、三十歳を越えているし、皆様結婚をしているし、お子様たちも、八歳とか六歳とかだったと思いますから、お嬢様を見染めて結婚なんて事にはならないかと思うんですけど」


「夢も希望もない発言ありがとう!だけど、私は本物の王子様が私のことが好きになって迎えに来ないかな〜という話をしているのじゃなくて、比喩よ比喩!王子様みたいな人が私を見染めて好きになって、私をここから連れ出してくれないかな〜って思っただけでね?」


「王子様みたいな人に連れ出してもらうですか・・・」


 コリンナはハの字の眉毛を更に下へとさげながら言い出した。


「お嬢様の婚約者であるアティカス様は婿入りされる予定なので、お嬢様と結婚してこの伯爵家から連れ出すというのはちょっと・・・あちらも侯爵家とはいえ次男ですし、侯爵家としても伯爵家の入婿として次男を差し出すつもりでしょうし」


「夢がない・・コリンナ、夢がなさすぎるよ」


 アティカス様とは私の婚約者の事で、アビントン侯爵家の次男であり、現在は錬金術師の資格を取って王宮に出仕しているような方です。

 侯爵家はアティカス様のお兄様であるサイラス様が継ぐことが決まっている為、家を継がないアティカス様は、私と結婚して入婿となる予定でいるのです。


 私はオルコット伯爵家の長女で、父と母と妹のオリビアの四人家族という事になるのですが、私は妹と違ってみすぼらしい風貌をしている為に、父と母に嫌われ、妹からは常に蔑まれ、下に見られていました。


 灰かぶり姫のように、衣服も使い捨てのボロボロを渡されるわけでもなく、メイドと一緒に働かされる事もないのですが、醜い私が外に出て行っては我が伯爵家の恥になると言われ、滅多に離れ屋の外にも出してもらえないような状況です。


 笑い声が聞こえたので窓から外を眺めて見ると、妹のオリビアが、サイラス様とアティカス様と三人で、庭師が丹念につくりあげた美しい庭園を散歩している姿が見えました。


 侯爵家の御兄弟はたびたび伯爵家を訪れては、妹のオリビアと楽しいひと時を過ごすようです。

 妹のオリビアは太陽の光を溶かし込んだような金色の髪に、青灰色の瞳で、天使のような可愛らしい顔立ちをしているので、社交界ではオルコット家の天使と呼ばれているそうです。


 ちなみに、チャスナットブラウンの髪色に瞳は妹と同じ青灰色なのだけれど、顔の造作は平凡以下という、貴族としては残念な部類に生まれてしまった私は、オルコット家のごみ屑令嬢と呼ばれているそうです。


 灰かぶり姫のようにボロ雑巾のような衣服を着ているわけでもないのに『ごみ屑令嬢』認定なのが悲しいところです。

 まあ、美貌が全ての貴族社会ですから、仕方がない事なんだと思います。


「まあ、まあ、オリビア様ときたら、またお嬢様に見せびらかすつもりで、こんな庭の端の端の方まで散歩にやって来てるんですね。顔が天使のようだとか良く言われているみたいですけど、中身は小悪魔そのものじゃないですかね」


 私の隣に立ったコリンナが、呆れた様子で外を眺めながら言いました。


 オルコット伯爵家は歴史がある家という事もあって、王都にある屋敷もそれなりに広く、社交界で話題に上がるほどの凝った作りの庭園もあり、お茶会やガーデンパーティーをする事も多くて、人の出入りも多い方だとは思います。


 その伯爵邸の端の端にある、人嫌いだった曽祖母が老後に使っていたという小さな離れに私はコリンナの世話を受けながら一人で住んでいます。楽しそうに人を引き連れながら妹のオリビアが庭園を歩いているのを家の中から眺めるのだけが、他人との唯一の接触できる機会でもあるので、


「今は、ああいったドレスが流行しているのねぇ〜」


外界からの情報は妹が着ているドレスで判断をするしかないという悲しい状況に陥っているわけです。


「やっぱりオレンジや黄色の柑橘系の色が今は流行なのね〜、刺繍の差し色にオレンジと黄色をもっと入れていくようにしようかしら・・・」


 離れから出られない私は、コリンナが持ってきたハンカチに刺繍を入れて小遣い稼ぎをしているような状態なので、流行色の把握は死活問題でもあるわけです。


「婚約者のアティカス様がお嬢様に会いに来ないで、妹のオリビア様と一緒に居る事に疑問を持つ事もなく、ドレスの色とデザインにだけ注目されますか?」


「そんな事ないよ〜?今日もサイラス様はご尊顔が麗しいな〜と思うし、ご着用のペプラムジャケットはフレア部分の金糸の刺繍が見事じゃな〜い。それに比べてアティカス様はトラウザーズに純白のシャツのみなのね〜」

 衣装の装飾だけを考えると、アティカス様は何の参考にもならないわね〜


 そんなことを考えていると、

「侯爵家の兄弟格差も見事なものですね」

メイドのコリンナがため息混じりで言葉を漏らしたのだった。


 貴族であれば、見かけが重視されるっていうのは良くわかります。生まれる子供が美男、美女だったら、より格上の家に見染められる可能性も出てくるわけで、嫁にするなら美女を、婿にするなら美男を、みたいに考える家が多いのだと思います。


 だからこそ、見目よく生まれれば、親も力を入れて磨くのでしょうし、見目がそこそこ、または本当に大したことないって感じになると、私みたいに離れに隔離される事になったり、アティカス様のように、ジャケットすら着ないという事にもなるのでしょう。


「ああ・・そうか・・そうよね・・・」


 私は今、気が付いた真実を、メイドのコリンナに告げる事にしました。


「コリンナ、私思ったんだけど、ボロ雑巾のような衣装を身に纏っていた灰かぶり姫が王子様に見染められて、愛を告白される事になったのは、やっぱり、灰かぶり姫がものすごーーーーく美人だったからだと思うのよ」


 コリンナは何とも言えないような表情を浮かべながら私の方に顔を向けました。


「やっぱり人は見た目で判断されるものなのよ。たとえボロ雑巾を身に纏っていたとしても、見かけが凄――――――い美人だったら、男性は誰もが惚れてしまうものなのよ。だから、今流行の灰かぶり姫という物語は、美人じゃない小娘どもは下手な夢を見ずに諦めろという訓戒こみこみで世の中のお偉いさんが普及させているのだと思うの!あれはいつか王子様が迎えにくるかも!という夢を描く物語じゃなくて、どんな境遇であったとしても美人のみが得をする!世の中の真理を突いた物語だったのね!」


 私は思わず恥ずかしくなって自分の顔を両手で覆ってしまいました。


「は・・は・・恥ずかしい!私ごとき顔のレベルの女が!いつかは王子様に連れ出してもらいたいなーだなんて言ってしまって!身の程知らずにもほどがあるわ!恥ずかしすぎる〜!」


 王子様がいつか迎えに来ないかな!なんて事は、オリビアレベルの顔じゃないと言えないセリフなのよ!ああ!恥ずかしい!


「いやいや、お嬢様、そうじゃない、そうじゃないんですよ」


 身の程知らずの私を励まそうというのか、コリンナは自分の首を何度も横に振りながら言いました。


「灰かぶり姫というのは、今の不景気な世の中で、家事労働に酷使され続ける事になった令嬢たちに、灰かぶり姫のように健気に頑張って仕事をし続けていれば、いつかは素敵な王子様が迎えに来て、あなたもきっとしあわせになるんですよ〜という希望を与える為に作られた物語なんだそうですよ。夢見る令嬢を無賃で酷使したい側の思惑によって作られたお話だと私は聞いています」


「夢がない!コリンナ!夢がなさすぎるよ〜!」


 美人が得をするという話じゃなくて、そんな裏事情?聞きたくなかったわよ〜!結果的には王子様を夢見ていた私には酷すぎる内容だわ!


「まあ、まあ、お嬢様にはアティカス様という婚約者が居るんですから、別に王子様を待つ必要もないじゃないですか」

「え?婚約者?私に会いに来ずに、兄と一緒になって妹に侍っているような婚約者が何だっていうの?」

「ああ〜―」


 私に見せびらかすのは飽きた様子のオリビアが母屋の方へと戻っていく後ろ姿を窓から眺めていると、ちょっとだけアティカス様と目が合ったような気がしました。

 あくまで気がしただけなんですけどね。

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