転生したら彼女と再会した
せにな
彼女との最後の1週間
俺には前世、可愛い彼女がいた。俺が転生するきっかけとなった彼女との、最後の1週間のほんの一部をお話しよう。
俺には可愛い彼女がいる。それはもう可愛い彼女だ。
そんな彼女と俺は今、ひとつのベッドの上で目を見つめあっている。
別にこれから、如何わしいことをする訳では無い。
ただ、突然彼女にこんなことを言われたのだ。「私の最後のわがまま聞いてくれる?」と。
彼女がそんなことを言ってから何分経っただろうか。
もう晩御飯も食べ終えて、お風呂も入ってそろそろ寝ようと思っていた時間帯の事だった。
「最後のわがまま」という言葉に最初は驚きやした。いや、今も驚いてる。胸を触らなくてもわかるぐらい心臓の音を感じる。それほど「最後」という言葉に焦っているのかもしれない。
ただ、その気持ちに反して俺の脳内は別の言葉が埋まっている。
──眠たい……。
最後だから言いにくいのかもしれない。
それとも冗談のつもりで言ったけど思った以上に真剣に聞いてくれてるから戸惑ってるだけかもしれない。
このままだと朝日がこんにちはしかねないので俺から声をかけることにする。
「あの、彩羽?大丈夫?」
「うん、大丈夫。翔が私のわがままを受け入れてくれるか不安だっただけ」
そんな重いことを俺に要求しようとしてるのか?
最愛の彼女のわがままならなんでも聞くつもりだぞ?
「私、自殺しようと思うの」
「そか、おやすみ」
俺の反応が気に食わなかったのか、肩を掴んできてブンブンと揺らす。
「私が死ぬって言ってるのよ!?なんかもっとリアクションないの!?」
「だってそれ、わがままじゃないし」
「たしかにこれじゃないけど!一応私の彼氏でしょ!?止めたりしないの!?」
あぁ……。深夜1時というのになんていう声量なんだ……。俺じゃなきゃ怒ってるよ……。
まぁ確かに俺は彩羽の彼氏だ。もちろん死なれるのは嫌だ。
だけどそれを決めるのは俺じゃない、彼女自身だ。
それに、彼女が自殺するというのなら俺も死ぬしな。
「自殺のことはわがままを聞き終えたらゆっくり話そう。多分、自殺のこととわがままは関係するんだろうけど」
「その通り!よくわかったね」
ほんとに元気なやつだ。
と、思ったら。彩羽は元気をなくし、俺に身を寄せてきた。
「どうした?そのわがままはそんなに言いづらいのか」
「かなり言いずらいかも。ちゃんと聞いてくれる?」
「任せろ。なんでも聞いてやるよ」
彩羽は一瞬ニコッと笑って真剣な顔に戻る。
「私の最後のわがままって言うのはね、私と一緒に心中して欲しいの」
心中か。確か意味は、『男女が互いの愛情が変わらないことを示すためにいっしょに自殺すること』だったかな。
「結婚話かと思ったけど違ったかー」
「私も翔と結婚しようと思ってたけど。出来ないのよね。今の状況的にも、これからのことを考えても。」
「それは本当にごめん。俺が小さい頃からもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったんだけどな……」
「でも、そのおかげで私と出会うことが出来たじゃない!ポジティブ思考、ポジティブ思考!」
「ホントいつもありがとな」
彩羽の頭に手を乗せて優しく撫でる。彩羽は気持ちよさそうに頬を緩めた。
「それにしても心中かぁ。よくそんな言葉でてきたな」
「心中って、愛情が変わらないことを示すために自殺するでしょう?なら結婚ができない私たちにピッタリだと思ったの」
もしかしたら、心中にはほかにも意味はあるが俺たちにあっている意味は今、彩羽が言ったやつだろうな。
「もしかして、私と心中するの嫌だった?確かに一緒に死んでくれって言ってるし、嫌よね……。」
誰もそんなこと言ってないのに思い込みが激しいやつだなぁ。
まぁさすがに「心中しましょう」と言われたらさすがに迷う…………ことは無いな。
俺は心中という言葉を聞いた時からどうするかは決めている。
「全然いいぞ?心中しましょうや」
「そんな軽く決めていいの?私が言うのもなんだけど、死ぬの怖くないの?」
「彩羽が死んだら俺も死ぬ予定だったし、別に怖くないかな」
そもそも昔、1回死のうとしてたのを彩羽が止めたんだ。
まぁそのおかげで毎日が楽しいし彩羽のおかげで幸せになれた。
そんな彩羽が俺と心中しようだなんて嬉しいに決まってる。
こんな俺と永遠の愛を誓ってくれているのだから嬉しいに決まってるじゃないか。
そのことを伝えると、彩羽の目に水が溜まってくる。
我慢ができなかったのか、泣くのを見られたくなかったのか分からないが俺の胸に飛び込んできた。
「翔ありがとぉ……!あの時私、翔を止めて良かったと思ってるよぉ……!私も幸せだよぉ……!」
彩羽の顔は体に押し付けてて見えないが、声は震えてるので泣くのを我慢しながら話してるのだろう。
さっきも言った通り、もちろん今も幸せだ。決してこれは嘘では無い。
だけどもっと幸せになれたよな、彩羽。
その後も俺の胸から離れようとしない彩羽を慰めるのだった。
◇
次の日の朝、というか昼前時に目が覚めた。
あれから彩羽を慰めるのに3時間ぐらいかかってしまった。
泣く方もよく、3時間も泣けれたな……。
そして俺が寝たのは4時30分ぐらいだ。
さすがの彩羽も泣くのに疲れていてまだ起きてはいない。
これで起きていたら彩羽の体力と回復力を尊敬するよ……。
彩羽を起こさないようにベッドから出てキッチンへ行き、コーヒー用のお湯を沸かす。
さすがに昼とはいえ、寝起きなので油っこいものは食べたくない。
そう思いながら冷蔵庫を開く。
人生で何度目になるか分からないが、無機物と1分以上、目を合わせる。
冷蔵庫がピーピーと怒るまでボーっとにらめっこをしていた。
まぁ、うん。昨日の残りのご飯でお茶漬けにしよう。お茶漬けも美味しいしな。
俺は茶碗をとって炊飯器を開ける。
「翔……おはよぉ……」
「おはよ、彩羽」
寝起きの彩羽は、まだ目が半開きで少しゆらゆらしてた。
ちょうどそのタイミングでお湯がわけたので茶碗にご飯を移し、お茶漬けの元をかけてお湯をかける。
「はい、お茶漬け。熱いから気をつけて食べてね」
「翔はもう朝ごはん食べたの?」
「俺もお茶漬け食べたよ。」
「ふーん。ちょっとこっち来て?」
「はいよ」
俺は言われるがまま、彩羽の隣の席に座った。
なせか彩羽は無言でスプーンにお茶漬けを乗せて俺の口元に持ってきた。
「はい、あーん」
「俺は食べたから全部食べていいぞ?」
「私が気づいてないと思ったの?もう少しでお別れだから言うけど、翔の優しさは全部気づいてるからね?」
そう口にしながら彩羽は、にへっと笑う。
無言で差し出されたお茶漬けを口に入れて、そっぽを向く。
「……ありがとう」
「どういたしまして~」
その後も彩羽はニヤニヤしながらお茶漬けを食べさせてきたのだった。
「なぁ彩羽、昨日の話の続きをしようと思うんだが、大丈夫か?」
昼飯も終わり、キッチンから2人分のコーヒーを持って彩羽がくつろいでるソファーに移動する。
「全然大丈夫だよー」
俺からコーヒーを受け取りながら呑気に言う。
内容はそんな呑気な事じゃないんだけどなぁ……。
まぁ楽しく話せるに越したことはないか。
「じゃあ会議を始めます。よろしくお願いします」
「はい!よろしくお願いします」
深々と頭を下げて会議を始める。
よろしくお願いしますに特に深い意味は無いが、ついつい言ってしまう。わかってくれる人はいるはず。
「まず初めに、いつ自殺するか話し合おうか。いつがいいとかある?」
「はい!」と彩羽が大きな声で右手をあげる。
「はい、彩羽ちゃん。」
「長くもなく短くもない、1週間後がいいかな。翔は?」
「俺も一週間後でいいと思う。それじゃあ自殺日は決定でいいか?」
「うん!」
「じゃあ次は、その1週間何するかについて話そうか」
「はい!私、遊園地行きたい!」
その後の議題もなんの反論もなくスムーズに進み、最後の議題へと入った。
「最後に1番大事な、どんな死に方をするかについて話し合おうか。何か案はある?」
「……それは翔が決めていいよ。私が死ぬのを提案したんだから死に方は決めて欲しいな」
さすがに負い目を感じてるのか。
別に負い目を感じる必要は無いんだが、俺も逆の立場だったら感じてしまうから何も言えない。
ここは素直に提案しとこうか。
「じゃあ飛び降り自殺にするか。俺が元々しようとしてたことだしな」
「それならあんまり苦しまずに死ねる?」
「苦しまずに死ぬ方法って老死か安楽死ぐらいだろ」
「安楽死って日本にないの?」
「ないですね。頑張りましょう」
彩羽は俯いたまま左腕をさすっている。
死に方の話が始まった時からずっと左腕をさすっている。
この仕草は彩羽が嘘をついたり不安を感じている時にでるものだ。
この不安は取り除いた方がいいな。
死ぬか死なないかはハッキリしとくべきだ。言わずとも死んだら生き返れない。後悔があるのに自殺するのはもったいないし、彩羽自身もいやだろう。
もちろん俺も彩羽に後悔を残して死んで欲しくない。
「やっぱり死ぬのは不安か?」
「……いやー、別にー?楽しみなぐらいだよー」
「……そっか」
彩羽と目は合うが、その目は少し泳いでいる。
なんで嘘をつくんだよ。前みたいに素直に言えばいいだろ。
「死に方については飛び降り自殺で決定でいい?」
「うん……」
「……了解」
そしてこの時は、必ず気まづくなる。
もしかしたら彩羽は気づいて欲しいのかもしれない。
俺が指摘したらこの気まづさもなかったのかもしれない。
でも俺と彩羽は付き合う前に『不安なことがあったら絶対に言う』というルールを作っている。
だから俺が不安がっていると気づいても彩羽が認めない限り何も口出しができない。
「……会議はこれで終わりかな。ありがとうございました」
「ありがとうございました……」
お互い最初ほどの元気は無い。だけど彩羽は頑張って笑っているが違和感がある笑顔だ。
俺も笑顔を作るが彩羽と同じかもしれないな。
その日は彩羽は寝室に、俺はリビングで一日中過ごした。
夕食の時や寝る時は一緒にいたが、案の定一言も話さなかった。
◇
「おはよ、彩羽」
「おはよぉ翔~」
「今日は随分と起きるの早いな」
「だって初めて遊園地だよ!?楽しみに決まってるじゃん!」
「なら今日は精一杯遊ぶか!」
「うん!」
俺はもう気にしてないよ、という意味を込めて元気よく振る舞う。
彩羽も気にしてないのか俺よりも元気だ。
……いや、あの癖がまた出てる。やっぱり不安なんだな。
「まずは元気を作るために朝ごはんを食べよう。何食べる?」
「残念だけど、うちには選べるほどの食材はないよ?」
「あ、そっか。ならお茶漬けでいい?」
「いいよ~」
笑い合いながら平然と会話をする。
でも彩羽は癖が出ている。そのせいでこれが演技だということがバレバレだ。
これに限らず、ずっと演技をしてることは知ってる。
なんでこんな騙し合いみたいな恋愛をしてるんだか……。
それから俺たちは遊園地に行き、小学生顔負けの満面の笑みではしゃぐ彩羽。
そして俺はそんな彩羽にあっち行こ、こっち行こと引っ張られる。
うん、やっぱりこっちの方が彩羽らしい。
自分に素直なところが彩羽のいいところだ。
はしゃぎすぎて昔の彩羽に戻っているのかもしれない。容赦なく俺を引っ張り回すくせに俺に合わせてくれる。
そんな彩羽が好きなのになんでいつも自分の気持ちを殺そうとするんだよ。
そんな複雑な感情を胸に彩羽に引っ張られる。
「次あっち行こー!その次あっちね!」
「はいはい、そんな急がなくても時間はたっぷりありますよー」
「どんどん人が並んじゃうから急がないとほかのやつが乗れなくなっちゃう!」
「それは大変だ。急ごう急ごう」
と、彩羽の手を引っ張っる。
「おー!翔もその気になったか!」
そんな俺に負けじと彩羽が前に出る。
「それじゃあ改めて、遊園地デート楽しもー!」
「おー」
彩羽は繋いでない手をめいいっぱい上げる、俺はさすがに周りの目線が痛いので小さく上げた。
これが彩羽の演技なのかどうかは分からない。
だけど、彩羽が少し素を出していたことはわかった。
それから残りの6日間はとにかくデートをした。
水族館や動物園、カラオケに行ったり映画を見たりとありとあらゆるデートスポットに行った。
その間も彩羽は完全に素を出すことはなかった。
そして決行日の前日の夜、「明日は早起きしたいから早めに寝よー」という彩羽の提案からいつもよりも早めに風呂に入って寝る準備をする。
ベッドに入ってから4時間が経過して現在午前1時、一向に彩羽が寝る気配がない。
それから2時、3時とどんどん時間が進んでいくが彩羽が寝息をたてることはない。
自分から早く寝ようと言ったくせに全く寝ない事に少しイラだちを覚え話しかけることに。
「寝ないのか?色んなところ歩き回ったから疲れたろ」
「それはあなたもでしょ。なんで寝ないの?」
「別に理由は無いが」
「あっそ」
眠たいけど寝れない、それが今俺たちがなっている現象だろうな。
そのせいでお互いイラだっているのだろう。いや、それだけが原因ではないのかもしれないが。
でもこの会話は昔に戻ったみたいで少し居心地がいい。
結局この夜、俺と彩羽は一睡も出来なかった。
雀の鳴き声に反応して体を起こす。
時計の針は5時30分を指している。夏と秋の変わり目で外は薄暗い。
俺が体を起こしたのに反応して数秒遅れて彩羽も体を起こす。
「おはよ彩羽」
「おはよう翔」
目も合わせずに朝の挨拶を済ませる。
いつもみたいに笑顔で接しようと思ったが今日は無理だ。
なんというか、我慢の限界だ。
朝飯を食べて気持ちを整えようとベッドから降り、キッチンへと向かおうとするが、彩羽がそれを止めてこんなことを言ってきた。
「炊飯器に余ってるご飯、私のだから食べないでね」
なんだこいつ。
あまり感情を出さない俺だが、コイツと話してるとなぜか素の自分が出てしまう。
俺は彩羽を睨みつけて言い返す。
「残念だけどそれは無理だ。あれを炊いたのは俺だ、だから食う権利は俺にある」
俺が言い返したことが気に食わなかったのか彩羽も睨みつけてくる。
それを鼻で笑い振り返ってキッチンへと向かおうと振り返ったが。
「私が食べたいって言ってるの聞こえないの?」
彩羽はベッドから降りて俺の服を引っ張る。
「だから言ったろ、俺が炊いたんだから俺が食う。異論は認めん。あと服伸びるから引っ張るな」
振り返ってその手を振りほどく、とその瞬間に頬に痛みが走った。
その元凶は言わずとも彩羽だ。
「痛いんだけど」
「あっそ。離して欲しいなら食べないって約束しなさい」
「へぇ、そんなことしひゃうんだ。ふーん」
俺の右手は目の前の女にめがけて伸びる、そして頬をつまんで引っ張る。
「いひゃいんだけど」
「そのひぇを離してくれたらやめひぇやるよ」
「ぜっひゃいにに嫌。翔が認めるまでぜっひゃいにやめない」
「あっそ。かっひぇにしとけ」
「言われずともかっひぇにしましゅよ」
久しぶりに喧嘩したな、それもこんな小さいことで。
いつもなら譲り合うところなんだけど、俺もコイツも我慢の限界なんだろう。
昨日まで作っていた笑顔が消えている。
その代わりに怒った顔が出てきてる。これは作り物の表情なんかでは無い、素の表情だ。
「さっきの痛かったんだけど、謝ってくれる?」
「お前が先にやってきたんだろ、謝れ」
あのままじゃ埒が明かないのでジャンケンで決めることにした。
結果は3勝2敗で俺の勝ちだ。
そして俺の前にはご飯があり、その奥に彩羽がこっちを羨ましそうに見ながら座っている。
あれから30分ほど頬をつまみあっていたからお互いのの頬が真っ赤だ。
手加減ぐらいして欲しいものだ。
「じゃあそろそろ頂こうかな。彩羽と変なことして疲れたし味わって食おうか」
「さっさと食べなさいよ。ホント性格悪い」
「ならお言葉に甘えて、いただきまーす」
手を合わせると同時にチラッと彩羽の方を見てみると、すごい睨んでいる。
犬でもあんなに睨めないぞ。
「ったく、しょうがないやつだな。ほら半分やるよ」
「別に欲しくない。さっさと食べて」
「うそつけ、ずっと見てんの知ってんだぞ」
「別に見てない。けど、どうしてもって言うのなら食べる」
「お前にツンデレは似合わないぞ。はよ食え」
「うっさい、ばか」
「はいはい」
わかりやすいやつだな、ほんと。
昔もこんな感じで言い合いしてたくせに、彩羽をよく甘やかしてたな。
なんで気を使うようになったんだろうな。
まぁあの一件のせいか。
その後も家の中ではずっと喧嘩をしていた。
そろそろ時間もいい頃合だな。
「そろそろどけ、屋上行くぞ」
「もうそんな時間なのね。せっかく翔を癒してあげてたのに残念」
「はいはい、ありがとーございます」
「ウザッ」
俺に抱きついていた彩羽は少し寂しそうに離れる。
俺たちは喧嘩はするが一応はカップルだ。
素に戻っている今は、昔みたいに彩羽が好きな時に抱きついてくることもある。
玄関で靴を履いて自分たちが住んでいるマンションの屋上を目指す。
このマンションは14階建てで俺たちが住んでるのは10階だ。
エレベーターで行けば屋上なんてすぐだが、俺と彩羽は無言で階段へと足を運ぶ。
「ねぇ、翔」
「なんだ?」
階段を上っている途中、半歩後ろを歩いている彩羽から声をかけられる。
「なんで演技なんてしてたの?」
「え?バレてんの?」
これから自殺する人とは思えない程の間抜けな声を出してしまう。
「バレないと思ってたの?ずっと首の後ろを触っていたからすぐわかったよ?」
「まじか……」
俺も彩羽と同じでそんな癖があったんだな……。
「てかそれを言うなら彩羽だって演技してただろ。癖が出てるからバレバレだったぞ」
「えっ?うっそ」
「ほんとだ、なんで演技なんてしてたんだよ」
「それはあなたもでしょ、なんでしてたのよ」
コイツ……まさか自覚ないのか?
「おまえがいきなり演技を始めるからだろ」
「はい!?私のせいって言うの!?」
「いや、実際そうだし」
彩羽が演技を始めだしたのは俺が自殺しようとした次の日からだ。
この時から騙し合うような恋愛が始まった。
10階から14階まで上るのにそこまで時間はかからず、屋上に繋がる扉の前で言い合いを続ける。
「あなたが先に始めたんでしょ?自殺しようとした次の日から」
「確かにその日から彩羽に対して優しくしたさ。でもそれは俺の自殺を止めた時に君が泣いたからだ」
「なによそれ、私が泣いたから演技をしたわけ?」
「その時は演技なんてしてない。あの時、彩羽が泣いたのを見てこれ以上不安にさせたくなかったから優しくした、それだけだ」
「うそよ!だってあの時だって首の後ろを触ってたじゃない!それを見て私も気を遣わせちゃダメだと思って演技を始めたのよ!?」
もしかしたら触ってたのかもしれない。でもそれは、嘘とか不安とかじゃなくて。
「それは、謝りたかったんだよ」
「え?どういうこと?」
「俺は昔から謝るのが苦手だったのは知ってるだろ?」
「う、うん」
「だから緊張してたんだよ。あんなに泣かせたのに許してもらえるのか、とか思っちゃってさ」
「それを私が演技していると勘違いしたってこと……?」
「……そうなるな」
彩羽の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
ついに我慢できなくなくなったのか後ろを向いてしまった。
「わ、私を殺してぇ」
「今から自殺するんだから気にすんなよ……。それに俺が緊張したのが原因だし」
「そ、そうよ!謝ってよ!」
「誠に申し訳ございませんでした」
「私も勝手に勘違いしちゃってごめんね」
「これからは気をつけろよー」
「あんたこそ緊張しないでよねー」
「これから」という自然と出た言葉。
今から死ぬというのにおかしな話だ。
「俺たちにこれからはないか」
「そうだねぇ」
扉を開けて屋上へと足を踏み入れる。
「ついにこの時が来ましたけど、心中したいって言うのは演技で言ったわけじゃないよな?」
「当たり前でしょ、翔と心中したいって言うのは本心だよ」
「そっか、なら良かったよ。いつも不安そうだったから嫌なのかと思った」
「私が不安を感じてたのはそんなことじゃないよ」
「なら何に対しての不安なんだ?」
「翔ともう昔みたいに話せないのかなって不安になっただけ」
タタっと走ってパペットの上に彩羽が立つ。
「その事か……気づいてやなくてごめんな」
「全然いいのよ?今こうして昔みたいに話せてるし」
「それもそうだな」
俺もゆっくり歩きながら彩羽に近づいていく。
「なぁ、彩羽」
「なに?怖気付いちゃった?」
「ちげーよ」
「ならどうしたの?」
俺はひとつ、深呼吸をしてから言う。
「俺の最後のわがまま聞いてくれるか?」
彩羽があの時言った時のように真剣な表情ではなく、いたずらっぽく言う。
「俺のファーストキス貰ってくれるか?」
「翔のファーストキスぐらいとっくの昔に……貰ってる、はず……」
「残念ながらあげてない」
俺たちは中学二年から付き合い始めて今年で4年目だ。
……だと言うのにキスをしたことがない。
「それなら私のファーストキスもあげる」
「え?お前誰ともしたことないのか?」
「ないわよ、あなたが初めての彼氏だし」
こんなに可愛いのに俺が初の彼氏なのかよ。
それならあんな勘違いするのもまだ納得できる。
「だからほら、来なさい」
パペットのギリギリで大きく腕を広げている。
「そのままだとキスすると同時に落ちるけど」
「キスしながら落ちるのもロマンチックでいいじゃない」
まぁそれもそうか。
死ぬ時ぐらいロマンチックに死ぬのも悪くないな。
ゆっくりと彩羽に近づいていく。
「舌でも入れて私のファーストキスを味わいなさい」
「お言葉に甘えて味あわせてもらうよ」
彩羽に抱きつくと同時に足場が無くなった。
「んっ……」
お望み通りに舌を入れるし、入れられる。
マンションの下にいた爺さんやら若い女性やらが騒いでたが口に集中していて何を言っていたかは聞こえてない。
そして記憶が途絶えた。
覚めるはずもない目が開く。
ここ……どこだ……?
確か……彩羽と飛び降りて……。
ハッとして周りを見渡す。
俺の周りには知らない男の人と知らない女の人。
まさか死ねなかったのか、と思ったが違った。
「おめでとうございます!可愛い男の子が産まれましたよー!」
なぜか彼女と心中したら転生してしまった。
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