第158話 奴隷、精霊を嵌める
「冒険者登録は初めてでしょうか? 説明が必要でしたら係員の者を呼びますので、そこから始めていただければ――――」
「いや、今日は登録しにきただけだ。二人分頼む」
「かしこまりました。それではこの申込書にご記入ください」
ムーンヴァリー王国の冒険者ギルドで、下位冒険者になるための手続きを始める。
怪しまれず、手っ取り早くピスタリア王国に入るには、上位冒険者になるのが効率がいい。
俺の申込書はあっさり受理されたが、案の定、セレティアの申込書を見た受付が名前に食いついた。
「あなたセレティアって言うんだ。 あのセレティア殿下と同じなんて素敵ね」
「そ、そう?」
「その様子じゃ、知らないとみえるわね。あのセオリニング王国の若き国王、ヴィクトル・ヴリッジバーグ陛下と
満更でもなさそうな表情で、セレティアは申込書を受付へと渡す。
チラチラ俺のほうを見てくるが、何を求めているのか理解できない……。
初めての経験で、興奮を抑えられないのだろうか。
「冒険者の説明はいらないんだが、上位冒険者になるにはどうすればいいんだ? それも飛び級でだ」
冒険者の力量によって、どのレベルの冒険者か判断はできるが、何をすれば昇級できるのか、冒険者ギルド内の詳しい規定までは知らない。
王族がそこまで知る必要はなかっただけ、といえばそれまでだが。
俺の質問に、受付は呆気に取られた様子だったが、すぐにクスクスと笑い出した。
「英雄の話をしたからって、そんなに張り切らなくてもいいわよ」
「冗談ではなく、知識として持っておきたいんだよ」
「そういう初心者の人結構いるのよ」と受付はため息を吐きながらも、一枚の紙を取り出すと目の前に広げてみせた。
各クラスの冒険者は十級から一級に細分化されており、基本はギルドの依頼をこなした件数、及びそれで得た報酬金額によって昇級していく。
特に下位から上位への飛び級は厳しく、上位冒険者に勝負で勝てるだけの実力と、それを認める貴族以上の者の承認が必要とある。
つまり、一般の冒険者には、全く縁のない規定というわけだ。
「こういうことだから、多少腕に自信があるからって、一発逆転を狙うのは無謀そのものですよ。大人しく、地道に、着実に階級を上げていくのが賢い選択です」
「確かに難しそうだ」
「ウォルス……」
「そんな心配そうな顔をするな。一応手は思いついてはいる」
簡単ではなく、確実性にも欠けるが、おそらく食いつてくる奴はいる。
あとは…………。
◆ ◇ ◆
建物を見上げるセレティアは首をかしげ、その視線をゆっくりと俺へと向けてきた。
今晩やってきたのは、冒険者や荒くれ者達が
「ウォルス、何の風の吹き回しかしら? 急にこんな店に連れてくるなんて……まさか」
セレティアは顔を少し赤くし、俯いたかと思えば、肩をフルフルと震わせ始めた。
まあ連れてきたはいいが、金はセレティア払いだし、お高い店に同意を得ず連れてきて怒っているのかもしれない。
格好も格好だしな……。
「すまないな。だが、こういう店じゃないとできない話もあるんだ」
「わ、わかったわよ。早く入りましょ」
店の扉を開け、堅苦しい雰囲気の男に人数を伝えると、すぐさま個室へと案内される。
薄暗く落ち着いた部屋には、装飾が施された重厚なテーブルと椅子が置かれ、その品質と空間は酒場とは比ぶべくもないのは一目瞭然だ。
椅子に腰を下ろしたセレティアは落ち着かない様子で、「何を頼もうかしら」と妙にテンションが高い。
「悪いが、この店でおすすものものを全て持ってきてくれ」
「……かしこまりました」
「え? ちょっとウォルス!」
部屋から男が出ていくと、セレティアからジト目を向けられる。
「言いたいことはわかるが、それは料理が運ばれてきてからにしよう。そちらのほうが話が早い」
「わかったわよ」
いつになくツンケンしている態度のセレティアの前に、次々に豪華な料理が並べられてゆく。
ひと目で肉料理、魚料理とわかるものから、果ては見たこともない珍しい料理まで様々だ。
どう考えても二人でも食べられない量に、セレティアがそわそわしていく様子が実に面白い。
「以上でございます」
「ありがとう。もう下がっていい」
「かしこまりました」
男が出ていくなり、セレティアがテーブルに肘を突き、恨めしそうに俺を睨む。
「こんな量どうするのよ。雰囲気も何もないわよ」
「もう気づいてるんだろ? 出てきていいぞ」
俺が声をかけるのを待っていたかのように、セレティアの胸からアイネスが飛び出してきた。
豪華な料理を前に目を輝かせ、手には、水属性魔法によって作られたナイフとフォークが握られている。
「こんな豪勢な料理、いつ以来かしら。食べていいのよね!?」
そう尋ねてくるアイネスのフォークには、既に肉の塊が刺さり、肉汁が滴っている。
「食べていいが、協力してもらいたいことがある」
「ふふふっ、やっとアタシの偉大さがわかったのね。いいわよ、食べたあとで聞いてあげる」
「
アイネス肉を頬張りながら、「次は何にしようかしら」とテンションを上げる。
その後ろでは、セレティアがその姿を呆然と見つめるだけだ。
「こういうことだったのね……」
「これ以外何があるんだ? 早くしないと、アイネスが全部食べてしまうぞ。精霊の胃は無尽蔵だからな」
「わかったわよ!」
忙しなく食べる二人を見つめながら、今後の計画のことを考えていると、自分の口元が自然と緩むのがわかった。
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