第142話 奴隷、暗闇へ突き進む

 誰にも干渉されない部屋ということで、セレティアの部屋に集められたフィーエルとアイネス、それにネイヤたちの七人。

 まだなぜ集めたのか伝えていないため、全員不思議そうな顔だったり、不安そうな顔でセレティアの部屋を見回している。


「私たちが集められた理由はなんでしょうか」


 フィーエルの質問に、落ち着きのなかったネイヤたちが耳を傾ける。

 自分の表情はわからないが、セレティアの眉間にはシワが寄り、空気がピリピリとしていることから予想はつく。


「何から言えばいいのかしら……」


 セレティアは難しい顔で周りを見回す。

 一連の出来事が具体的に何を目的としているのか、魔法なのかもわからないため、どこから話せばいいのか困るのだろう。


「話したところで、どのみち無駄になるかもしれないんだ、そのまま話せばいい」


「そうね……まずはそのまま聞いてもらって、皆の判断を仰ぎましょう」


 セレティアは、カーリッツ王国であったことをゆっくり話してゆく。

 最初は、よくわからない顔をしていたフィーエルたちの表情が、時間が経つにつれ険しくなり、フレアの話になったところで、決定的に変わる。

 顔から血の気がなくなっただけでなく、自分の身に起きたことのように焦りはじめた。


「わけがわかりません! そんな魔法なんて聞いたことがないですし……」


 フィーエルは肩に乗っているアイネスへと顔を向けるも、アイネスも顔を横に振るだけだ。


「アタシも初めて耳にするわね……それは本当の話なの?」


 精霊であるアイネスだけは、あまり信用している様子もなく、懐疑的な目をセレティアと俺へと向けてくる。


「本当のことだ。これが魔法なのか、それ以外の何かなのか判別がつかない。フィーエルやアイネスに心当たりでもあればと思ったんだが――――とりあえず、属性無効魔法で結界でも張っておくしかないか」


 属性無効魔法が効かない魔法であろうと、それがかけられる前なら効く可能性は残されている。


「それはいいんだけど、もうこの国でも、その症状が出てる者がいるってのがね」とアイネスは渋い表情を作り、「そんな大規模な魔法がかけられた形跡なんてないのよね」と続けて口にした。


「そうです。魔法なら、属性無効魔法で解けるはずです」


 フィーエルがアイネスに続き、俺に意見をぶつけてくる。

 その目は、必死に何かを訴える熱いものだ。


「属性無効魔法は効かなかった、というか正直なところ、魔法がかけられているような気配もない」


「ウォルスさんの無属性魔法が効かないなんてことは……」


 俯くフィーエルの頭を、アイネスがポンポンと軽く撫でる。

 暗く、絡みつくような湿った重い空気が、しばらく部屋を満たす。

 その空気をかき消したのは、魔法が使えないネイヤだった。


「今回の件は、私どもにはどうしようもありません」とネイヤはベネトナシュたちに目をやる。「防ぐ手立てがない以上、記憶からウォルス様が消えた場合、ご迷惑をおかけするものと思います。その時は、ウォルス様の剣で、私の剣を砕き、心を折っていただきたく存じます」


「どういうことだ」


 ベネトナシュたちも、目を見開いてネイヤを見つめる。


「最悪の場合、その症状が私どもにも出るということなら、ウォルス様のことを忘れてしまえば、ウォルス様の言葉を信じず、相手にすらしなくなるかもしれません。誤って剣を向ける恐れさえあります。ですが、たとえ記憶がなくなってしまっても、私は本物の剣、ウォルス様の剣には応えてみせると、己の剣に誓います」


 ネイヤは腰に二本ある剣の一つを外し、テーブルへ置く。


「これを、ウォルス様に預かっていていただきたいのです」


「――――わかった」


 既に覚悟はしているのだろう。

 険しい表情のネイヤは頭を下げると、ベネトナシュたちを連れ早々に部屋を出てゆく。

 あんなことを言っても、このまま、ただ時間が過ぎるのを待つとは思えない。

 ネイヤたちはネイヤたちで、できるだけのことをやってくれるはずだ。


「フィーエル、アタシたちも部屋に戻るわよ。リゲルたちにも教えておかないといけないでしょ」


「そうですね……対策も思いつきませんし、兄さんなら何か思いつくかもしれないですし」


「まあ、それはないだろうけどね」とアイネスは笑いながらフィーエルの背中をバンバン叩く。


 しかし、アイネスの言葉は通じず、フィーエルの表情は優れない。

 すると、アイネスもすぐに真顔に戻ってしまった。


「何かあれば、すぐにアンタのとこに行くから」


「ああ、フィーエルを頼む」


 ウインクで返したアイネスがフィーエルを連れて出てゆくと、セレティアの前に俺だけが取り残される形となった。

 対策が取れないことがわかった以上、最悪の事態になった場合の対処を考えておかなければならない。その時は、この国に俺の居場所は既にないはずだ……。


「フレアまでこんなことになるなんて、どこまで広がるのかしらね」


 椅子に腰掛けているセレティアは落ち着いた様子で、カップに入っていた飲み物を飲み干した。


「それはわからないが、広がる速度は異常に早い。このまま止まらないとなれば、全員が俺のことを忘れ、ここでの俺の立場はなくなるだろう。そうなった場合は――――」


「簡単なことよ、ここを出ていきなさい。ウォルスなら、この原因を調べ上げて解決できるでしょ」


 確かに、ここにいてもセレティアを護衛することもできず、逆に所属も何も不明な状態なら、ただの侵入者として見られるかもしれない。

 血契呪のことが知られれば、投獄、そのまま処刑もありうる。


「それでも、わたしは忘れるつもりはないけどね」


「精霊であるアイネスならまだしも、どこからそんなに自信が湧いてくるんだ」


 セレティアは顎に指を当てて暫く悩んだあと、「勘かしら」とケロッと言ってみせる。


「勘……か」と呆れる俺を見て、セレティアがクスクスと笑い出す。


「今日は帰ってきてからドタバタして疲れたわ、続きは明日にしましょう。急いだところで、どのタイミングで訪れるのかもわからないんだし」


「そうだな、俺は俺でやれることをやってみる」


「ええ、それがいいわ」


 こうやって話すことができるのは、あとどれくらいなのか、明日か、それとも十日後か、と一抹の不安を覚えながらセレティアの部屋をあとにした。

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