第132話 奴隷、主を失う

「たとえそうであっても、許すわけにはいかない。錬金人形を創り、世界を変えようとしているお前を」


 今の話から、正体を晒すことができなかったのは、世界の法ともいうべきものに抵触したのだろう。

 こいつは俺と違い、時間を越え、世界を壊そうとしている。


「私に説教を垂れるとは、お前はいったい何様なのだ? 私はお前よりも長くこの世界に生き、新しい魔法を生み出し、リリウムを生き返らせるという目的も達成したんだがな」


「魂がない人形に、何の価値もないことがわからないのか。どうせこの世界に絶望し、錬金人形に逃げただけだろう」


 アルスはイルスの顔を酷く歪ませる。

 俺の言葉がヒドく気に触ったらしい。

 アルスは右手を上げてセレティアを捕まえているイルスに合図を出すと、猿ぐつわを外させた。


「セレティアよ、今の会話を聞いて理解できたかな?」


「……意味がわからないのだけど。あなたはイルス王ではないの?」


「君たちと食事をしたイルスは、私で間違いない。ただし、中身は並行世界のアルス・ディットランドだが。そして、そこの君の従者であるウォルス・サイ、彼も同じアルス・ディットランドだ」


 セレティアが目を見開き、俺をまじろぎもせず見つめる。


「何も聞かされていなかっただろう? 私なら決して話さない。彼は君を、ずっと騙していたんだよ。死者蘇生魔法を創造すべく、ウォルス・サイという人物に転生し、私のことを討つために君を利用していたんだ。君はそれに何を思うんだい」


 アルスの狙いがわからない。

 だが、やろうとしていることだけは、明確にわかっている。

 こいつは自分の境遇まで、俺を引きずり下ろすつもりなのだろう。


「…………ウォルス……今の話は、本当なの……」


 セレティアの震える声が、風にかき消されながらも、何とか届く。

 その様子を、アルスは楽しげに見つめてくる。


「ああ、本当だ。俺はアルス・ディットランドであった時の記憶を有している」


「どうして言ってくれなかったの……答えて、ウォルス」


 セレティアが、初めて俺の過去について質問した。

 弱々しい声ながら、強い意思が込められているのが、血契呪を通して伝わってくる。

 今までで一番強い命令だと言ってもいい。


「……俺はウォルス・サイとして存在している。アルスとして生きていくつもりがない以上、伝える必要はないと判断した、それだけのことだ。俺はセレティアを守るために、今を生きている。目の前のアルスを倒すのは、俺のケジメにすぎない」


「はははははッ! この期に及んで詭弁を通すか。お前は手元にフィーエルを置いているではないか。それはアルスとして生きている証拠に他ならない。それで納得させられると思っているのか?」


 俺とセレティアの関係が破綻した、そう確信してのアルスの発言。

 当然のことながら、俺もその覚悟をして口にした。

 だが、セレティアは呆れたようなため息を吐くと、普段の表情へと戻ってゆく。


「だったら問題ないわね。あなたはウォルス・サイで、それ以外の何者でもないわ」


 この答えに驚いたのは俺だけではない。

 俺以上に驚き、怒りをあらわにしていたのがアルスだった。

 アルスは右手をセレティアのほうへ突き出し、イルスがそれに応じセレティアの腕を捻じり上げる。


「くぅっ……!」


 苦悶に満ちた顔のセレティアを、アルスは冷めた目で見つめる。

 セレティアの予想外の反応に、心底つまらないと言いたげな表情だ


「それで私が納得するとでも思ったのかね? 強がりもそこまでだ」


「……誰も強がってなんてないわよ。ウォルスはわたしのなの。本心しか話せないように強く命令したんだから、あれがウォルスの本心なの。同じアルスでも、あなたとは違うようね」


 俺が血契呪に縛られている、という情報を手にしていなかったのだろう。

 セレティアの言葉で、アルスが一瞬驚いた表情を見せる。


「――――それでも、フィーエルを連れているのはどう説明する。言い逃れできまい」


「それは違いますっ!」


 フィーエルの泣き声にも似た、力強くもある声が中庭を包む。


「ウォルスさんは……ウォルスさんとして生きるために、私に過去の思い出は胸に仕舞うようにおっしゃられました。私もアルスさまとして接することはありません」


「キミまで、そんなことを言うのか……やはり、私が愛した、あのフィーエルとは別人のようだ」


 アルスが纏う空気が突然変わる。

「それでは、本題に入ろう」と口にしたアルスは聞いたこともない詠唱を始めると、イルスの魔力が膨れ上がってゆく。


「何をするつもりだ」


 俺の問いに、アルスが下卑た笑みを浮かべる。


「お前は、私が錬金人形に逃げたと言ったが、それならお前は当然、死者蘇生魔法を完成させたんだろう? 私は転生後、四十七年、魂の研究を続けていてな、死んでからしばらく肉体から離れない魂を、強制的に分離させる魔法を生み出したんだよ。実験で一々待つのは時間の無駄だからな」


 死者蘇生魔法の実験で、死後数時間、もしくは数日経った魔物の死骸を使用していたのはこのためだ。

 死後直後の肉体で、生き返る可能性が残っているものは、生き返るかどうかに関わらず回復魔法を受け付ける。それを蘇生魔法として進化させようと試みる奴もいる。

 だが、それは魂が肉体から分離しきっていない状態にしか使えない、謂わば不完全な魔法でしかない。

 俺が目指す死者蘇生魔法に組み込んでいる魔法は時間回帰系でも、回復魔法のものとは異なり、完全に魂が宿っていないものにしか反応しないからだ。


「俺よりも、自分の研究のほうが進んでいると言いたいのか」


「いやいや、完成していないもの、できそこないに何の意味があるというんだ。お前が護衛奴隷だと聞いて、私の滅魂魔法を活かし、お前の無能さも証明できる絶好の機会だと判断したまでのことだ」


 アルスが指を鳴らすと同時に、イルスがセレティアの背後へ周り、後ろ手に縛っていた縄をほどいた。

 セレティアは不安な表情を浮かべながらも、アルスと、異常に魔力が増大してゆくイルスが何もしないのを確認すると、こちらへ向かって走り出した。


 何もしないわけがない。

 しかし、奴のしようとしていることがわからない。

 セレティアをまず確保し、すぐさまフィーエルのところまで下がるのが最善手。

 そう考え、動き出した瞬間、アルスの眼球がギョロリと動いた。


「私を侮辱した落とし前をつける時間だ。さあ、見せてみろ、お前の十七年間が全て無駄だったということをッ」


 手を伸ばせば、セレティアの指に触れられる。

 あと一歩踏み出せば、セレティアを抱きしめられる。

 奴らが何をしようと、もう目の前まで迫っているセレティアに手出しできる距離ではない。


「ウォル……ス!…………」


 しかし、手を伸ばしたセレティアの胸の中心を、血に濡れた刃が貫いた。

 それは背後にいたイルスの右手。

 鋭く伸びた腕は銀色の、ただ鋭利な刃物となって、セレティアの心臓を串刺しにしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る