第114話 奴隷、地位を得る

 ドンドンドンッ、と扉を激しく叩く音が、部屋と頭に響く。

 ルヴェンとの仕合から十日、普通の部屋に移らせてもらった俺は、奴隷ではありえないくらいゆったりした時間を与えられていた。

 カーリッツ王国に動きがあったとの知らせもなく、日中は護衛の仕事をこなしながら、毎晩死者蘇生魔法について、夜遅くまで研究する時間が取れるほどだ。


 唯一の不満と言えば、このユーラシア王国から出る時間が取れないこと。

 アイネスとの約束もあるため、アルスの動きを知りたいのだが、それができないもどかしさだけが募ってゆく。


「ウォルス、いつまで寝ているの。今日は戦士長を決めるって言っておいたでしょう」


 ルヴェンが俺に敗れてから、王宮内はルヴェンをこのまま続投させるか、それとも新しい戦士長を立てるかで揉めていた。

 セレティアにルヴェンが裏で何をしていたか報告すると、ルヴェンはすぐさま部隊長まで降格してしまったのだ。

 仕方なく俺は、セレティアにガルドを推すよう話をしたのだが、魔法師団長がハイエルフのリゲル、副団長がガルドであり、王国戦士長までエルフにやらせるのは問題がある、ということで却下されたばかりだ。


 部屋の扉を開けると、そこには久しぶりに冒険者ではない、ドレス姿のセレティアがいた。

 初めて会った時より大人っぽく、普段の冒険者姿より似合っている。

 だが、その表情は華やかな服に似つかわしくない、険しいもので満ちているように見える。


「……だから、どうしてその話に、俺が出る必要があるんだ? 俺はセレティアの護衛でしかなく、王宮内じゃ会議にまで護衛はいらないはずだ。ネイヤは真っ先に拒否していたし、俺が戦士長の話に参加する理由が見当たらない」


「いいから来なさい。ほら、さっさと用意して」


 セレティアから発破をかけられ、仕方なく用意を始める。

 その間、セレティアは部屋を出ていくこともなく、後ろを向いたまま話を続けた。


「もう一度聞くけど、ウォルスは、が戦士長になってもかまわないのよね?」


「俺はガルドを推したからな。素のあいつでも、ルヴェンよりは強い。そのガルドがダメだって言うんだから、誰になろうと知ったことじゃない。第一、俺はこの国の騎士を知らないしな」


「そう、なら問題ないわね」


 問題ない……?

 俺の発言のどこを取って問題がないと判断したのかわからない。

 セレティアは一人安堵した様子で、俺に早く着替え終わるように声をかける。


 せっつかれる形で用意を済ませ、セレティアに連れてこられたのは、俺の予想とは違う、見覚えがある扉の前だった。

 それは、俺が初めて一人でここへやってきた時、そして、帰還した時に通された謁見の間の扉だ。

 セレティアは俺のことなど気にせず、扉の両脇に立つ衛兵に合図をし、その扉をくぐった。

 以前とは違う、重苦しい空気で満たされている謁見の間。

 玉座に座る王と、その両脇には、フレア、それに大臣と思しき人物が何人も並んでいる。


 ――――どこからどう見ても、今から戦士長を誰にするか話し合う雰囲気ではない。


「お父さま、連れてまいりました」


 セレティアはそれだけ言うと俺から離れ、王の横へと並びこちらに顔を向ける。

 この状況がまだ理解できないが、とりあえず膝をつき、頭を下げた。


「ウォルス・サイよ、面をあげよ」


「はっ」


 頭を上げると、やけに嬉しそうな王の顔が視界に入る。


「ここで膝をついているということは、決心がついた、ということで相違ないな」


「は?」


 決心? 何の話をしているんだ?

 周りの大臣からは納得がいかない、といった空気がヒシヒシと伝わってくる。

 そんな中、横に立つセレティアに目をやると笑顔を返された。

 さらに王は追い打ちをかけるように、俺の返事を待つことなく手を叩く。


「すみませんが、これはいったい――――」


 王が答えなくとも、衛兵が持ってきた剣で、容易にその答えが理解できた。

 立派な装飾が施された剣を手にした王は立ち上がり、俺の前までやってくる。

 それはユーレシア王国の紋章が付いた、前戦士長、ルヴェンが持っていたものと同じものだ。


「ウォルス・サイ、そなたにこれを授ける」


 王はそう言って戦士長の証である剣を抜き、俺の肩へ置いてきた。


「今日からそなたが、このユーレシア王国軍の戦士長として兵を率い、国を守る礎となるのだ」


 俺の返事など聞くまでもないと、大臣たちが無機質な拍手を送る。

 ここで断ることは容易だ。

 ただ一言、お断りします、と口にするだけでいい。

 だがそれを口にして、タダで済むことはないだろう。

 恥をかかせたとばかりに、王が処刑命令でも出そうものなら、俺は抵抗すらできない。


「――――拝命仕ります。身命を賭して、その任、全うしたいと存じます」


 俺は考えることをやめ、心にもないことをペラペラと口にした。

 やはり、血契呪があるかぎり、従順にしていたほうが利口だ。

 しかし、このまま流されるつもりはない。


「ですが陛下、私はまだ、セレティア様のクラウン制度において成果を上げておりません。戦士長の責務は、セレティア様が偉業を成したあと、ということでよろしいでしょうか」


 俺の提案に、時が止まったかと思えるほどの、静かな時間が流れる。

 王は少し間を置き、周りの大臣たちの顔色を窺い、キョロキョロとしだした。

 当然ながら、俺を快く思っていない大臣たちは、俺の申し出を盛大な拍手でもって歓迎してきた。

 最初の反応からしても、俺を推薦したのは大臣の中にいないため、予想できた反応だ。

 俺を推薦したのは間違いなくセレティア、それに賛同したのは妹のフレアといったところだろう。


「うむ、その心意気、余も嬉しく思う。戦士長の責務はそなたの言うとおり、クラウン制度で偉業を成したあとでよい、としようではないか。――――しかし、この剣は受け取ってもらわなくては困る。これからはただの護衛奴隷ではなく、戦士長としてセレティアのクラウン制度に帯同するがよい」


「――――はっ」


 もう少し時間を稼げるかと思ったが、とりあえずいらぬ仕事を任されることは回避できたか、と俺は結果に妥協しつつ、そのずしりと重みのある剣を受け取った。

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