第44話 奴隷、誤魔化す

 こうしてネイヤと二人きりになったのは、これが初めてかもしれない。

 強さを追求するために、こんな面倒なことにも進んで手を貸してくれる、その原動力はどこにあるのか、ふと、そんなことを考えながら、俺も本を手にした。


 ルモティア王国の内戦について、セレティアの話では十年以上前ということはわかっていたが、詳しく調べてみた結果、始まりは今から十六年前、一部の貴族の小さな反乱によって起きていたことがわかった。ガスターが千騎将として名を挙げるようになったのが、それから二年後。不死身のガスターと呼ばれるようになったのは、それから更に二年後だ。


 俺がアルスとして死んで一年後には、穏やかな国だったルモティア王国で反乱が起き、その四年後にはガスターが不死身と呼ばれだしたことになる。


 今のアルスがやったことと考えれば、少なくとも、生き返って五年以内には錬金人形を完成させていたことになる。

 アルスだけの力じゃ到底無理な話で、これでアルス単独でやったことでないのは確定したことになる。


 では、誰かがアルスを生き返らせたうえで、手伝わせたのか?

 だとすれば、アルスはどうやって生き返ったのか、という謎が残る。

 転生魔法の失敗で生き返る、なんて答えを鵜呑みにすることはできない。

 それに、人格が変わること、フィーエルの命を狙うこととも繋がらない。

 邪教にしても、錬金人形をここまで広げることに、何らかの目的があるはずなのだ。


「ウォルス様、ここに気になる記述があるのですが」


「……ああ、何か見つかったのか?」


「二十年前に、錬金人形と同じような、一定の条件で廃人になる症状の者が出たという話が、ここに載っているんです」


「……二十年前? それは間違いないのか!?」と俺は動揺を抑えながら言った。


「間違いないです。ただし、その症状の者はある日突然姿を消したとだけ。その後、錬金人形と思われるような記述は一切見当たりません」


 二十年前、それは俺がまだ生きていた時代で、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。これは、俺が考えていたことの全てを覆す内容だ。


 なぜなら、アルスの力を借りずに、転生魔法の記憶分離に酷似した魔法を使って、錬金人形を作ったことになるからだ。それは、俺並の魔力、魔法力を持った奴が存在したことに限りなく等しい。


 だがこれだけは言える。

 当時、俺より優れた魔法師は存在しなかった。

 現に今も、そんな名は聞くことはなく、稀代の天才魔法師はアルス・ディットランドで通っている。


「……錬金魔法を生み出したという、エルフにも会わなきゃいけないか」


 エルフがこんなことをするとは、到底考えられないが、ヒントだけでもあるに違いない。問題があるとすれば、エルフが基本、人間嫌いだということだけだ。


「エルフですか。フィーエルは普通ですが、エルフは気難しいと聞きますね」


 確かにエルフは気難しい。

 俺もアルスとして関わって、相当苦労させられた。

 だが、苦労するのは最初だけで、認めさせればこれ以上信用できる奴らもいない。


「エルフがいる神樹の森は、海を渡る必要があるし、まずは、ムラージに教えてもらった地域に行くのが優先だが。教会の力が弱くなっている、という部分が気になる」


 今回調べた結果、新たなことがわかり、いくつかの選択肢は消すことができたが、新たな謎も増えた。

 ――――今のところ、わかっているのは……。


 俺がアルスとして死んだ十七年前より古い時期に、錬金人形、邪教が発生したということ。


 錬金人形には、アルスの協力なしで、転生魔法に酷似する魔法が使われている蓋然性が高いということ。


 そして、これが重要なのだが、アルスが生きている理由は、成りすましでない以上、転生魔法の失敗以外に、今のところ見当がつかないということ。


 最後に、邪教とアルスの関係だが、錬金人形発生時期のズレのせいで、繋がりそのものが不明としか言えない状況だ。


 これらから考えられるのは、俺が死ぬ以前に、転生魔法を応用したレベルの錬金魔法を使える者が存在した。そして、アルスは転生魔法失敗で生き返ったか、その錬金魔法師、もしくは他の誰かの手によって生き返らされたかだ。

 生き返らせる理由も、メリットすら、何も浮かばない。


 自分でも、かなり無茶な推測だというのはわかる。

 得た情報から、無理やり繋ぎ合わせた結果でしかなく、それゆえ、不可解な部分が多く、何か見落としがあるような気がして釈然としない。


「でも、おかしいですよね」とネイヤが俺の思考を読み取ったかのように、突然口にする。


「何がだ?」


「ウォルス様が受けている依頼についてです。ウォルス様はカーリッツ王国で活動していたということは、依頼の指示にカーリッツ王国があったのだと思うのですが」


「確かに、依頼主は教会で、カーリッツ王国で不審な動きがあるから、カーリッツ王国を指定されたわけだ。だが、ゴブリンゾンビはいたが、錬金人形なんて話はなかったからな。何より、ダラスの動きを見ても、国主導で邪教を囲う以外に、邪教が広まる要素がない」


 ネイヤはゆっくりと頷き、見ていた本を俺の方へと向け直した。

 

「この二十年前の錬金人形は、ルモティア王国の話なんです。ガスター千騎将もルモティア王国です。そして、レイン王国、今はカサンドラ王国です。他にも他国で錬金人形が出ているかもしれないですが、どうして依頼先がカーリッツ王国になったんでしょうか? 現状、邪教が活発なのはカーリッツ王国以外の国のように思います。ゴブリンゾンビは錬金人形ではなかったですし、性質が異なるように思うのです」


 俺は大仰に頷いてみせ、同時に背中に大量の汗を流した。

 とうとう、そこに気づいてしまったか、という思いが頭の中をぐるぐると回る。

 上位冒険者だったゆえに、依頼の傾向まで一々考える癖がついているのかもしれない。だが、そのネイヤの言葉で、俺の中に新たな引っ掛かりが生まれた。


 教会がなぜ、他の国ではなく、あえてカーリッツ王国に冒険者を差し向けたのか。

 そこで冒険者の消息が絶ったことと、レイン王国の女の襲撃は別物だと思っていたが、関係があったのかもしれないという疑惑が湧く。

 教会内部に協力者がいるのかもしれない。

 何かが少し進展しそうな気配がする。



「だから、私は気づいてしまったのです。邪教は二つ存在するのではないかと」



「…………は?」


「だって、そうではありませんか。錬金人形には人間社会に紛れ込むだけの姿と、上辺だけですが、知性に見えるものもあります。ですが、ゴブリンゾンビにはそれがなく、目的も違うように思います。あれは破壊と殺戮を目的としていて、魔法の完成度も違います」


「……そうだな。完成度は雲泥の差だな」


 どうにも、俺の魔法が酷評されている気がしないでもない。

 ただの失敗作と比べられるのは、耐え難い屈辱ではあるが、反論することができず、何とも歯がゆい思いが募ってゆく。


「ですから、教会は錬金人形を作り出す邪教には気づけなかったのではないかと。ゴブリンゾンビの危険性のほうが高く、動きとしてもわかりやすいですから、そちらに気づいて依頼を出したとすれば、今追っている邪教は、依頼のものとは別だと思うんです」


「――――そういう考え方もあるな。だが、錬金人形の邪教と別、とするのは早計だな」


「そうでしょうか……」


 自信があるのか、俺の言葉にも首を縦に振る気配を見せないネイヤに、俺は頭を高速回転させる。

 ネイヤをどうにかして納得させる説、それだけを考えるために。


「たとえばだ、ゴブリンゾンビで人々を襲い、錬金人形でそれを討伐する。そこで錬金人形の正体を明かせば、人々の錬金人形に対する見方が肯定的なものになるかもしれない。傍目には、魔法も違うため、同じ邪教の仕業には見えないだろう。その時には、錬金人形の数も相当な数に増えているに違いない。そうなると、教会の力だけでは抑えられない規模になり、人々の支持も、ある程度邪教にいくことが考えられる」


「……ありえますね」とあまりに真剣な顔で答えるネイヤを見て、ないだろ、と言葉にしそうになったが、普段どおりすました顔を向けておいた。


 それからも残った本を虱潰しらみつぶしに調べ上げたが、これといった情報もなく、窓からは夕陽の突き刺すような光が差し込み、一日が終わる時間になっていた。


「――そろそろ帰るか。手伝ってもらったのに時間を作れなかったし、悪かったな。後日、時間を作って鍛錬に付き合おう」


「本当ですか、ありがとうございます」


 普段とは少し違う、柔らかな笑みをこぼすネイヤ。

 女性らしい笑みもできるのだと、感心したところで、建物が大きく一度揺れ、何かが爆発する音が聞こえてきた。


「かなり遠いようですね」


「急いでセレティアの所に戻るぞ」


 王立大書物庫の大扉を開けると焦げ臭いニオイが微かに漂い、港とは逆の、山の麓から大きな黒煙が上がっていた。


「方角は、セレティアたちがいるほうか……少し離れているが、確認は必要だな」


 怪しい者なら、先に排除しておくのもいい。

 既にセレティアたちに何かあったのなら、フィーエルが食い止めているはずだ。


 剣士の顔つきに戻ったネイヤを連れ、かなりの速度で走り出すが、ネイヤも上位冒険者だけあって難なく付いてくる。

 黒煙は何かが燃えているわけではなく、魔法による一時的なもので、到着する頃には綺麗になくなっていた。


「……ここで何があったんだ」


 爆発があった周辺の木々はことごとくなぎ倒され、その中心地は地面が抉れ、大きな屋敷が入りそうなほどの大きな穴が空いていた。そこには鼻を突く焼け焦げたニオイが満たされているだけで、それ以外のものは何もなかった。

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