第41話 奴隷、殺戮を開始する
天幕の外へ出ると、兵士が慌ただしく走り回っている中、一部の部隊は、戦場に向かうのさえ拒否しているかのように、緩慢な動きを見せていた。
いくら士気が低いとはいえ、既に敗走しているような雰囲気に、俺は頭を抱えた。
これを見て、ブロアーネ将軍を討つだけでいいのか、という疑問が俺の中で湧き始める。俺が他国の援軍として討てば、レイン王国は一時撤退するだろうが、カサンドラ軍の士気の向上は、一時的なものに留まるのではないかと。
「ムラージ、カサンドラ軍兵士の服はあるか?」
俺の問いに戸惑いながらも、ある、と答えたムラージが服を取りに走ってゆく。
「――――それで、どうして服を脱いでいるのかしら?」
俺が鎧を外し、服を脱ぎ始めると、目を逸らすネイヤとフィーエルとは違い、セレティアだけは凝視するように、俺を睨みつけてきた。
「カサンドラ兵の士気を上げるために、カサンドラ兵に紛れるつもりだ。赤の他人の力で押し返しても、次からいないとわかれば、上がるものも上がらないだろ。それはレイン王国にも言えることで、俺の姿がなくなれば、また勢いづくかもしれない」
「それもそうね」とセレティアはズボンに手をかけた俺から目を逸らす。
そんな俺の前で、ムラージが持ってきた服を広げてみせた。
見るからに、一番等級が下の兵士のもののようだ。
「着心地は――――意外にいいようだな」
やはり、騎士風の服は見栄え重視で、動きづらかったのがよくわかる。
着ていたものに比べて防御はゼロに近いが、動く分にはプラスに働いている。
「フィーエルが、俺の服と剣を持っておいてくれ。ネイヤはセレティアの警護を」
「はい」と答えたフィーエルが、魔法で俺の服一式を浮かせ、ネイヤが感覚を研ぎ澄ませてゆく。
「それとネイヤ、俺はカサンドラ軍が完全に味方とも思ってはいない。おかしな動きをする者がいれば、容赦なく斬り捨てていい」
「承知しました」
このやりとりを聞いていたムラージが、顔を青くして首を横に振る。
そこに、話をつけてきたであろう騎士団長がやってきた。その表情はムラージとは対照的に、話が上手くいったと既に書かれてあるかのように、清々しいものだ。
「殿下からも、是非に、というお言葉をいただいた」
「交渉成立というわけね」とセレティアが言い、その口角を上げる。
セレティアは、あとは頼んだわよ、と一言だけ残し、騎士団長のあとを付いてゆき、俺の下には、なぜかムラージだけが残っていた。
「ムラージ、持ってきてもらって悪いが、この剣は返しておく。必要ないからな」
一般兵用の剣を腰から外し、ムラージに突き出すと、ムラージは意味がわからないといった顔をしたが、素直にその剣を受け取った。
「丸腰でどうするんだ? まさか、あの強さなのに、魔法まで使えるのか?」
「いや、肉体一つで十分ということだ」
しばらく動かしてなかった体を動かすには、丁度いい機会かもしれない、と俺は拳を鳴らし、野営地に乾いた音を響かせた。
◆ ◇ ◆
敵兵の数、およそ一万二〇〇〇。
対して、こちらの数は八〇〇〇弱。
レイン王国は今回の侵攻にかなり気合が入っているらしく、今までの兵に三割を上乗せしてきたらしい。
カイネリ平原の、南北に長く伸びた敵の部隊からは、遠く離れたここからでも、大地を踏み鳴らす地響きと、殺意が込められた掛け声が聞こえてくる。
それに比べ、周りにいるカサンドラ兵は乱れることなく、綺麗に隊列を組んではいるが、静かなもので、完全に気圧されている格好だ。
「心配になってくるな……」と俺は自然と口にしていた。
これは死人に対して、払拭できない恐怖心が植え付けられているのかもしれない、と俺は判断せざるをえなかった。
今回の戦いは、ブロアーネを倒すだけではなく、死人がただの器、人形だということを証明するしかない、と目的を少し変更することにした。
両軍の先頭がぶつかり合うと、激しい金属音と、魔法師による爆音が同時に戦場に鳴り響く。
俺はまず、両軍の力の差、レイン王国にどの程度の数の人形が混じっているのか、その二つを見極めるために先頭へと向かうことにした。すると、風に乗って、鉄のような、戦場特有の鼻孔を刺激する血のニオイが漂い始める。
「武器も持たないバカ発見だぜ、ぶっ殺せッ」
レイン王国の兵も散見するようになると、当然だが、俺を狙ってくる者も現れる。
相手をしないわけにもいかず、仕方なくそいつらの胴体に全力の正拳突きを当ててゆくと、上半身が一瞬で血の粉となって霧散、人としての形を失った下半身だけが、バタバタと倒れていった。
「雑魚は普通の人間か」
流石に誰も彼も人形、というわけではないようだ。
先陣を切っていたカサンドラ軍も、士気が低下しているとはいえ、正規兵である分、剣技の質も悪くなく、数で押しているレイン王国と五分の競り合いをしていることに、俺は少し安堵した。
「魔力で見ても……やはり区別はつかないか」
人形なら食事も睡眠も必要ないはずだが、ガスターが食事をしていたことからも、動力源は食べ物に含まれる魔力なのはほぼ間違いない。大気中の魔素を直接魔力に変換するのは、魔法師でも、特に魔法力に優れた者にしかできない高等技術なため、食事という形で直接取り込んでいるのだろう。
素手で敵兵を殺してゆくにつれ、それを見たカサンドラ兵の動きがよくなり、それとは逆に、敵兵であるレイン兵の警戒が強くなってゆく。これは計画どおり、と思ったのも束の間で、レイン兵が俺を集中的に狙うようになり、俺の仕事が飛躍的に増えていった。
「魔法師隊ッ、この化け物を集中的に攻撃しろッ」
誰かが叫ぶのと同時に、火属性の中規模壊滅魔法である火球と、同様の土属性の礫が大量に俺の頭上に降り注いだ。もう敵も味方も関係ない、友軍相撃なんて端から考慮していない面制圧。
――――これは、俺が最も嫌悪する戦術だ。
いや、もう戦術と呼べるものですらない。
これは単に、魔法師の魔法力に問題があるだけで、威力、精度をコントロールできていない結果なのだと思いたいくらいだ。
魔法を放ち、完全に油断している魔法師との距離を、連中が感知できない速度で一気に詰める。突然現れた俺に驚く魔法師の顔を見ながら、その腹に手刀を貫通させた。
温かい内臓を貫いている腕に、血が滴り落ちてゆく。
「あ゛、ああ゛っ……」
言葉にもならない声を発しながらも、まだ意識は残っているように見える。
俺はそんな魔法師の耳元に顔を寄せ、「お前の魔法は未熟すぎる。お前のような魔法師がいるから、魔法師嫌いになる奴が出てくるんだよ」と愚痴を吐いて、その腕を引き抜いた。
魔法師がその場に倒れ込むと、乾いた大地に赤い血溜まりが拡がってゆく。それはこの魔法師も人間だったという証。俺はそれを見届けると、その光景に怯え、固まって動けない他の魔法師の命を狩る作業に戻った。それを一方的な虐殺と見るか、それとも数の暴力に対する、正当な迎撃と見るかは人によって変わっただろう。
魔法師七〇人程の部隊を殲滅させ終わった時、俺の全身は血で真っ赤に染まっていた。
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