僕らの経験値100日分

園長

第1章 ゲームスタート

1-1 怪しい商店街

 気温は40度を超えているかもしれない。


 太陽のやけくそな光に熱されたアスファルトは鉄板のようになっていて、スニーカー越しに足の裏へと熱を伝えてきている。


 しかも道路のあちこちには昨夜の雨でできた水溜りがあって、すごい勢いで蒸発して辺りはサウナみたいだった。


 夏休みだというのに近くに見える公園には全く人気ひとけがない。

 そりゃそうだ、こんな灼熱地獄のような時間帯に外に出ようなんて正気の沙汰じゃない。


 僕だって、中学生になって初めての夏休みだというのに好きでこんなところを歩いているわけじゃなかった。


 ただ家の中が嫌だったから逃げ出してきて、気がつけばこんな場所にいたのだ。


 あぁ、クーラーの効いた部屋でゴロゴロしたい。ゴロゴロ転がりまくって冷たいフローリングの床と一体化してしまいたい。


 隣に見える白塗りのブロック塀は強い光のせいで影の輪郭がはっきりと浮かび上がり、まるでモノクロコピーみたいに見える。

 セミも鳴くのを止めていて、時間が止まってしまったような静けさが辺りを包んでいる。


 知っている場所のはずなのにどこか現実味がなかった。


 うっかり地上に出てきてしまったゾンビのようにふらふらとした足取りで歩いていると、電車の高架が見えてきた。

 向こう側の道にちょうど高架の影が重なっているのが見える。


 そうだ、このままあの道に沿って行けば日向に出ることなくエアコンの効いた駅前のコンビニにたどり着ける。


 そう思って高架の下を通り抜けようとした時、生ぬるい風が横からゆっくりと吹いてきた。


 おかしいな、確かここの高架下は駅までずっと建物で埋まっているはずじゃなかったっけ。

 風が吹いてきた方を見るとやっぱり金券ショップとさびれたラーメン屋が高架下の空間に並んでいた。


 でもよく見るとそれらの店の間には学校の廊下くらいの幅の薄暗い通路があって、そこから風が流れてきていた。


 入り口の上部には赤錆まみれの看板が掛かっていて【友町商店街】と独特な毛筆で書かれている。


 これが、商店街?


 中を覗いてみると洞窟みたいに薄暗い空間がずっと奥まで続いていた。左右にずらりとお店が並んでいるようだけど、見える限りで少なくとも8割ほどはシャッターが閉まっている。

 長めのお盆休みというわけではなく、もうずっと開いていないのではないかという気配があった。


 そういえば小学生の時に聞いたことがある。

 戦争の後、物が全然無い時代に物々交換が行われていた闇市って場所があって、この町の高架下の商店街はその名残なんだ。と先生が言っていたような気がする。


 怪しみながらも、とにかく僕は好奇心に引っ張られるようにしてその高架下の商店街に入ってみた。


 天井に設置された頼りない蛍光灯の明かりだけが、足元のくすんだレンガ造りの道を照らしている。なんだか地下世界みたいな雰囲気だった。


 しかしなんと、ところどころにシャッターが開いているお店があった。


 それはスニーカーがぎゅうぎゅうに並んだ靴屋さんだったり、店の奥にある蒸し器から湯気がもうもうと上がっている和菓子屋さんだったり、エアガンや迷彩服を売っているお店なんかだったりした。


 どのお店もどこか歴史を感じさせる内装だった。

 塗装の剥げた招き猫、いつの時代から動き続けているのかわからない日焼けした緑色の扇風機、中華料理店らしきお店にはあちこちが破れて判読不明のメニューらしきものが貼ってあったりした。


 まるでこの高架下だけ何十年も前から時が止まってしまっているみたいで、商店街そのものがタイムカプセルみたいだと思った。


 ゴゴゴゴゴゴォォーと工事のような音がして商店街の空間全体が揺れ、今まさに頭上を電車が通っていったのだということが分かった。


 開いている店内を1件ずつ覗きながら歩いていくと、古めかしいゲームやおもちゃが並んだお店が目に入ってきた。


 店頭に置かれたワゴンに雑多に入れられた様々な形のゲームソフトは1つとして例外なく色あせていて、一体どんなゲーム機で動かすのか見当すらつかない。

 くすんだショーケースには、これまた時代を感じさせるロボットや戦闘機なんかのプラモデルが並べてあった。


 入り口のガラス扉の向こうには丸くて小さな眼鏡をかけた禿げ頭のおじいさんがカウンターに座ってパイプタバコをふかしているのが見える。


 この商店街のお店はこんな人気ひとけのないところで果たして本当に売り上げが出るんだろうか。


 そう不思議に思っていると、来た道と反対の方向から軽い足音がコツコツと聞こえてきた。

 こんな場所に来る人がどんなのか気になって、僕は顔を上げた。


 しかし意外に、本当に意外なことにそこには知っている女の子がいた。

 同じクラスの咲花澪さくはなみおだった。


 なんでこんなところにいるんだ?

 予想外の出来事に僕は固まってしまう。


 彼女もこちらに気づくと立ち止まった。そして真っ白な服に飛んだカレーのシミを見るような顔をして「げ、しょうじゃん」と言った。

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