婚約者は私の事が好きではないようです

青猫

婚約者は私の事が好きではないようです

「つまらないものですが、どうぞ受け取ってください」


「まぁ!本当によろしいんですか!?」




……本当に私は運が悪い。


なんで、いつもこんな場面に出くわしてしまうのだろう?




アンラは渦巻く嫉妬を抑えながらため息をつく。




プレゼントをあげているのはアンラの婚約者、フォート。


プレゼントをもらっているのは先日誕生日を迎えた令嬢である。


フォートは、先日の誕生日パーティに用事があって参加できず、今プレゼントを渡している。


それは貴族のマナーとしては適切だと思う。




「わぁ、素晴らしい宝石ですわ!ありがとうございます!」


「こちらこそ、パーティに参加できず、申し訳ございません。用事が重なったものでして……」




問題はその中身だ。


フォートが贈った宝石。聞いたところによると、彼女が一番好きな宝石らしい。


しかも、彼女が持っていないような最大級のサイズ。


プレゼントとしては最高の品物だ。


私は偶然を装って二人の元へ向かう。




「ごきげんよう、フォート、ハンナ」


「!……やぁ、アンラ。君に会いたかったんだ」




そう言ってフォートは懐からもう一つ箱を取り出す。




「はい。用事で少し遠出をしてね。これがお土産だよ」




私は箱を受け取って、中身を見てみる。


そこにはなんと、私が先日の誕生日パーティで着けていったものと同じスカーフが。




「よろこんでくれるかな?」




私はまたか……という気持ちを押しやり、後ろで嘲笑う令嬢を無視して笑顔で答える。




「……ありがとうございます」




私の婚約者は、私の事を考えていない。






アンラは、自身の屋敷の部屋でまたもやもやしていた。


彼女とフォートの年齢が10歳の時に婚約して早6年。


彼女は、フォートと何度もデートを重ね、プレゼントをもらった。


しかし、ほとんどが彼女の趣味や感性に合わないものばかりなのだ。




婚約して何回目かのデート。


フォートは「観劇をしよう」と提案してきた。


アンラは快く承諾した。


アンラにとっては初めてのフォートとの観劇。


ぜひとも素晴らしい劇が見たいと思っていたのだ。


そんな中、彼と見た劇は「ロミオールとジュリエ」。


がっつりと悲恋の物語であった。


脚本も役者の腕も非常に良かった。


……しかし、出会って数回目で悲恋物はどうかと思う。




またある時はちょっとした記念日に送られたプレゼント。


先日、フォートは素晴らしく整ったドレスを送ってきてくれていたので、きっとそれに合わせるためのアクセサリーを送ったのだろう、プレゼントには、「先日贈ったドレスとともに今度のパーティでお使いください」という手紙が付いていた。


アンラはわくわくして箱を開ける。


そこには、ドレスとは全く合うはずもないゴテゴテとした貴金属のネックレスが。


アンラは目が点になった。


——これをつけて今度のパーティに出るの!?


婚約者に貰ったものだから、つけて出ないわけにはいかない。


仕方なく付けてパーティに出ると、周りから笑われてしまった。






アンラも最初は「フォートも私の事をきっと考えてくれている」と考えていた。


だからこんなプレゼントでも気持ちはこもっている!


私の事をきっと考えてくれているはず!と。




しかしそんな心の中の言い訳も叩き潰されてしまった。


フォートは他の人へのプレゼント等は完璧にこなすのだ。


それはまるで砂漠で水を差しだすかのよう。


誕生日の令息・令嬢には彼ら彼女らが求めている最高のプレゼントを提供し、


自らが主宰するパーティでは見事な采配で来客全員を満足させる。




成績優秀、スポーツ万能。そして、ここまで上手に人の心を汲んでくれる人はいないという事で評判だ。


そして、アンラがフォートからそのような扱いを受けていない事は周知の事実。


フォートは偶に皆のいる場所でアンラにそういったプレゼントをする事があるからだ。


そんなアンラは世間から「フォートに嫌われている婚約者」として名を馳せている。




「はぁ……」




アンラはスカーフを見てため息をつく。


先ほども一部始終を見られていたので、これもいずれ周囲に広がるだろう。




……嫌になる。




アンラは自室のカレンダーをじっと見て考える。


そこには、ちょうど二年後となったアンラとフォートの結婚予定日が書いてあった。






翌日。


アンラはフォートを呼び出した。


フォートは珍しい出来事に驚きながらも約束通り参上した。




「なんだい、アンラ。僕を呼び出すなんて珍し」


「私との婚約を解消してほしいの」




アンラがそうフォートに告げるとフォートは黙りこくってしまった。


静寂がその場を支配する。


しかしそんな静寂も長くは持たなかった。




「……理由を聞かせてもらえるかな?」




フォートは静かに、だけれども力強い言葉でアンラに尋ねた。




「……フォートは私の事、好きではないのでしょう?」




フォートはそう言われて黙りこくってしまった。


その沈黙を是と受け取ってアンラは話を続ける。




「だから、もう関係を終わりにして……」


「……すまないが、それはできない」




その話を遮るようにしてフォートが首を横に振って話す。




「どうして!?」


「僕が君を好いているから」




そう言われてアンラの心はドキッとする。


しかしすぐに今までの仕打ちを思い出して落ち着きを取り戻す。




「……嘘でしょう?」


「本当だ」




なぜ、彼はこんなにも私にすがるのだろう?


実家のお金が目当てなのだろうか?


しかし、私は嫁に入る令嬢。当然家のお金はほとんど使えるはずもない。


なら、貴族としての体裁かしら。


婚約破棄になった令息なんて外聞が悪いに決まっているもの。


アンラはそう結論付け、悲しくなってきた。




「なら、条件があります」




——それならば、こっちだって考えがある。




「私があなたと出会った初めての場所で、最初のプロポーズと全く同じシチュエーションで告白してきてください。明日、私はその場所で待っています」




フォートが貴族としての体裁のみを大事にしているような人だったら絶対に分かるはずの無いような無理難題。


アンラはフォートとの決別を胸にそう言い放った。


——でも、もし、本当に私の事を愛していたとしたら……。


アンラはそう考えて、しかし、ありえないと首を横に振る。


フォートの表情を見ると苦虫を噛み潰したような表情だ。


やはり覚えていないのだろう。




アンラは目から雫の一滴も零さない様、フォートにその表情が見えない様に、


「それでは、明日、待っています!」と言って立ち去った。


フォートは何かを考え込むようにその場に残っていた。






その夜。アンラは初めてフォートと出会ったときの事を思い返していた。


フォートと初めて出会ったのは婚約の時ではない。


もっと昔アンラが小さい頃に会った事があるのだ。




『ねぇ、君、だいじょうぶ?』




迷子になって日が暮れる中どうしようもなくなって泣いていたアンラにそっと声をかけてくれた男の子がいた。アンラが顔をあげると男の子はにっこりとほほ笑んだ。


そして、アンラの手を掴むと、『ついてきて!』と言って歩き出そうとする。




『どこへ行くの?』




不思議に思ったアンラがそう尋ねると男の子は、




『う~ん、こっちの方に何かある気がする!』




と言ってアンラの手を引っ張る。アンラは男の子についていった。


するとその先には……。




『お母さん!』




アンラのお母さんがそこにはいた。


アンラは男の子に振り返る。




『すごいね!ありがとう!』




男の子は笑みを浮かべていた。




『じゃあね!ばいばい!』




アンラが去り際手を振ると男の子も同じように振り返してくれた。






——私にとって、大切なフォートとの思い出。


まさかあの時出会った男の子と婚約するなんて思ってもみなかったけど。


その時のプロポーズも素敵だった。




「僕はあなただけを愛しています。僕と一生を共にしませんか?」




そう言って右ひざを突き、バラ九本の花束を手渡してくれた。


愛を告げる言葉と共に手渡されたその花の花言葉は、「永遠に変わらない心」




——それなのに、なんで……。




アンラはため息をついた。


明日、もし来てくれるのなら……。




アンラはそんな想いを振り捨てるように眠りについた。






次の日。アンラは朝から噴水の前で待っていた。


しかし彼は来ない。




——帰ろうかな……。


そんな思いも頭をよぎる。


しかし約束をしたのは私だ。


今日一日はここで待って居よう。




そうして待っているうちに、太陽は天高く上る。


しかし彼は来ない。




アンラは軽食で腹を少し満たした後すぐに噴水の前に戻る。




だんだん日が傾いてくる。


しかし彼は現れる事は無かった。


このままだと夜になる。


流石に夜に来る事はありえないだろうとアンラは考えた。




結局彼が来る事は無かった。


きっとこれが答えなのだろう。


彼が私にだけ素晴らしい贈り物をしてくれない理由には全く思い当たる節はない。


しかし私が彼に嫌われている事だけは、それだけは決定事項だ。


アンラはそんな事を考えて涙をこぼしてしまう。




「なんで、なんで……?」




アンラは涙を拭きとろうと手を顔に近づける。すると。




「アンラ。目を傷めるから、これを使って」




横からハンカチが出てくる。


アンラはハンカチの出てきた方向を向く。


そこには、9本のバラの花束を抱えたフォートがいた。




「……いまさら何?」




アンラは冷たくフォートを突き放す。


——もう、こんな遅い時間に、いったい何をしようと……?


しかしアンラはふと気づく。


——初めて出会ったときはこれ位の時間ではなかったか?


アンラはもしかして、と胸を鳴らす。


フォートはなにかしらの覚悟を決めたようで真っすぐにつげる。




「君に、プロポーズをしに来たんだ」 




場には沈黙が流れる。


フォートは右ひざをアンラの前に突く。




「僕はあなただけを愛しています。僕と一生を共にしませんか?」




9本のバラの花束と共に愛の言葉を告げるフォート。


アンラの右目から涙が一筋零れ落ちた。




「なんで、覚えているの……?」


「僕が君との思い出を忘れるわけがない。それに、このプロポーズは僕にとって最初で、最大の後悔なんだから……」


「……後悔?」




やはり私は後悔するほどフォートに嫌われているのだろうか。


アンラは再び涙を流してしまう。


でも私との思い出の場所を覚えていてくれた。


フォートの本意はどっち?


アンラの頭が混乱する。




「僕にちょっとだけ付き合ってもらえないかな?」




……無言。


馬車の中は水を打ったように静かだった。


久しぶりのお出かけ。


最近は自分を嫌っていると思っていたフォートと一緒に過ごすのが苦痛で何かと理由をつけて断っていた。


しかしあの期待させてくれるような発言。


アンラは少しの期待と不安をごちゃまぜにしながら馬車が目的地に着くのを待っていた。


しばらくの間が経過する。




「ここでいい。止まって」




唐突にその時間は終わりをつげた。


フォートは止まった馬車から降りて私に手を差し出す。


私はその手を取って馬車から降りる。


……ここは……。


アンラたちは都の中でもトップクラスの品ぞろえを誇る著名な商店の前にいた。


二人が馬車から降りると商店の店主が店から出てきた。




「これはこれは坊ちゃん。毎度御贔屓に……」


「あぁ。今日もよろしく頼む」


「本日は品物を?」


「いや。今日はここからでいい」


「……承知しました」




店主はフォートの話を聞いて店の奥に下がりどうやら在庫が書かれたらしい紙を持って登場した。


いったい何をするんだろうとアンラは疑問符で満ちる。


そんなアンラの方をフォートは向いてアンラに優しく告げる。




「今から、買い物をしようと思ってね」


「買い物?」


「そう。今度あちこちでお茶会があるらしくてその贈り物を準備しようと思ってね」


「……それは今すべき事なんですか?」




アンラはぎゅっと自分の拳を握る。


せっかくのデートなのに他人へのプレゼントを買うのに付き合わされるなんて。


やっぱり私の事なんて……


そんなアンラの気も知らずにフォートは続ける。




「実際に君に見てもらった方が早いんだ。お願い」




そう言ってフォートは店主に向き直る。


そこからアンラは予想だにしない光景に目を疑ってしまった。




「上から三番目、上から十五番目、上から三十二番目、下から二十三番目……」




フォートは品物を一切見る事なく、ただ数字のみを言って商品を購入しているのだ。




「ちょっと!?何をしているの?」




そんな決め方じゃ、贈り物をする相手方を怒らせてしまう!


アンラはフォートの突然のふるまいに戸惑い、開いた口が塞がらない。




「いいんだよ、いつもこれですませているし」


「え?」




アンラは耳を疑うような発言を聞いた。




「いつもこれで贈り物を決めているの?」




フォートはうなずく。




「あぁ。僕、祝福を持っているんだ」




——祝福。


神からの恩恵。持っている人は神のごとき力をふるう事ができる。


その種類は多様で、過去に剣神と言われた英雄もこの力を持っていたらしい。


持っていれば王宮からも召し抱えられる可能性がある能力。




——そんな力をフォートが?


思いもよらないフォートからの言葉に言葉を失う。


そんなアンラにフォートは言葉を続ける。




「僕の加護は『ご都合主義の祝福』。自分の選択・判断が直感のみによって行われるときにその結果が最善の結果となる祝福だよ」




そう言ってフォートは頭を下げた。




「ずっと黙っていてごめん」


「フォート、顔をあげて!」




私はフォートを止めようとするが、フォートは止まらない。




「いや。僕の勝手な都合で君を不幸にしたのは間違いない。君がずっと陰で僕に好かれていないと言われていたのは聞こえていたさ」




フォートは胸を押さえる。




「でも、僕はこんな祝福で何にも考えずに選んだものを君に贈るなんて嫌だった。


最初のプロポーズの時、君は喜んでくれた。うれしかったけど、同時に後悔もしたよ」




フォートはそこで言葉を切り、息を吸い込む。


アンラはただフォートの独白を聞いている。




「君を愛してるのに、こんな祝福で喜ばせようなんて、なんて僕は馬鹿なんだと。


君が好きだからこそ、君と向き合って君の事を考えて、君に贈る思いを紡ぎあげなきゃいけないのに、この祝福はほんの数瞬で答えを導き出してしまう。そんなのは嫌だった。だから何時間も何日も考えて……!」


「……もういい、顔をあげて」




アンラは冷静にフォートに声を掛ける。


フォートはそんなアンラに気づかず言葉を紡ぐ。




「いや、本当に……!」


「もういいから!」




——だって、それって




フォートはアンラを困らせているのだと気づいて恐る恐る顔をあげた。




——一番私の事を大切に思っていると理解してもいいのでしょ?




「アンラ……?」




顔を上げたフォートはアンラの顔を見る。


アンラの顔は真っ赤だった。


婚約者はずっと私の事が大好きだったのだ。


自分はずっと好かれてないと思って気持ちを抑えてきた。


でもこんなの、嬉しくないわけがない。




「あのスカーフも……?」




アンラがこの前のプレゼントのスカーフを話題に出すとフォートはぽつぽつと話し始める。




「……あぁ。あのスカーフは君の好きなデザイナーが作ったもので品質は最高。おまけに君の髪や瞳の色との相性もとてもいい。……君が喜んでくれると思って選んだんだが、どうだったかな……?」




しかし最後には自信がなくなってきたようで小さな声になってしまった。


アンラは少し吹き出すと笑顔で告げる。




「あれ、フォートが用事で出かけた後、すぐに貰いました」


「……え?」




途端に青ざめるフォート。




「ですので、スカーフが二つになってしまいました」




フォートは肩を落としうなだれる。




「そうか……ダメだったのか……」




そんなフォートにアンラは首を横に振る。




「ダメじゃありません。確かに貰った最初は若干落ち込みましたけど」




より一層落ち込むフォート。




「でもフォートが一生懸命に考えて、探してきてくれたんだと知って、嬉しかった」




アンラはにっこり笑って首を傾げる。


そして、アンラはフォートに近づき手を差し出す。




「だから、今度は二人で、私のプレゼントを探しに行きましょう?」




フォートは驚いたように顔をあげる。




「私の事を考えてプレゼントを選んでくれるのは嬉しい。だったら一緒にプレゼントを探しましょう?一人で決めちゃうのが一瞬だったら、その分二人の時間を増やしましょう?


それだったら、私の事を考えてないなんて言えないでしょ」




「アンラ……」




アンラとフォートは見つめあう。




「ねぇ、これは直感?それとも……」


「僕がしたいと思った」




その距離はだんだん縮まり、やがて影が重なった。




数分がまるで一瞬のように過ぎ去る。




「アンラ……大好きだよ!」


「フォート、私も!」




その瞬間、周りから歓声が聞こえてくる。


二人はぎょっとして辺りを見回す。


周囲には人だかりができている。




「お熱いねぇ~~!!」


「お幸せに!!」




ここが外であった事を思い出し二人は顔を真っ赤にする。




「これは、恥ずかしいわね……」


「……僕もそう思う」








その後。


アンラとフォートは二人で出かけて買い物をする事が多くなりその熱々さを周囲に振りまいた事で悪い噂なんてすぐに立ち消えてしまった。


フォートはその祝福を武器にして様々な事業を成功させた。


アンラはフォートの妻としてフォートに寄り添い夫と子供たちと一緒に幸せな家庭を築き上げていった。


二人はいつも一緒に買い物に出かけたりデートのプランを練ったりした。


子供たちが「どうしていつも二人は一緒なの?」と理由を尋ねると母親は「絶妙にずれたものを買ってくるから」と笑顔で答え、父親は「そんなぁ~」と笑っていたそうな。

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