Ⅴ 魔術師の種明かし

「──というのがまあ、アルベール・ド・ラパンがアラキ城で起こした大盗難事件のあらましだ……つまり、この僕がやってのけたね」 


 その夜、ふらりとやって来た我が友が酒の肴に語ってくれたのは、そんなよく知られた事件の裏話だった。


「それはまた大胆かつ不可思議な犯罪だ……しかし、君はどうやってそんなことを成し遂げたんだい? そんな人に見られることもなく、大量のお宝を中州の城から盗みだすだなんて……」


「なあに簡単なことさ。僕は盗賊であるとともに魔術師でもあるんだからね。魔導書の魔術を使えば、人の目を欺くことなど容易いものだ」


 いつもの如く、頭を捻りながら私が質問をすると、それにも彼は上機嫌に答えてくれる。


「まず初めに僕の行ったことは、一介の飲兵衛に身をやつして、衛兵が行きそうな場末の飲み屋であるウワサをわざと流すことだった……アラキ城襲撃のため、アルベール・ド・ラパンが近所に移りすんで準備を進めている…とね」


「わざとウワサを? 自分が不利になりそうなのになぜそんなことを?」


 私は小首を傾げながら、怪訝な顔で質問を重ねる。


「逆だよ。そうやって僕…いや、ロッシーニという架空の人物に注意を向けさせることで、城の方の警備を手薄にしたのさ。我が友ゼニアール君は、あれでなかなか手強いからね」


 だが、彼は愉快そうに首を横に振ると、上機嫌に先を続けた。


「後は簡単。予告した夜がやって来たら、僕はネズミに変身して、堂々と裏口から出てアラキ城へと向かった。魔導書『ゲーティア』にあるソロモン王の72柱の悪魔の内序列6番・盗賊の公爵ヴァレフォールの〝人を動物の姿に変える〟力を使ってね」


「ネズミに変身して!? ……まあ、それなら確かに気付かれないだろうけど……」


 なんとも不公平な反則技なのであるが、魔導書の魔術に精通した彼は、そんな『小アルベール』以外の魔導書も使うことができるのだ。


「ま、実際にはネズミに見えるってだけだけど、そうして橋を守る衛兵達の間を潜り抜け、中洲の城へ辿り着くと、施錠された城の門は『ソロモン王の鍵』にある〝水星の第五のペンタクル〟を使って一瞬の内に開けた。ちなみに財宝のある各部屋の鍵もね」


 これまた反則としか言いようがないが、魔導書の記述通りに彼が製作した、その「閉ざされた扉を開ける」力を宿す金属円盤も、彼愛用のマストな仕事道具である。


「で、無事に城への侵入を果たせたら、いよいよこいつのお出ましだ……」


 次にそう言うと彼は、傍らに置いてあったステッキを手に取り、その頭に被せてあった黒革のカバーを外す……すると、その下からはなんとも奇妙な代物が私の眼前に姿を現す。


 それは〝グー〟に握られた人間の手のような形をしており、その中指と薬指の間には蝋燭が一本、挟まって立っている……。


 いや、それは手のような・・・ではなく、実際に人の手なのだ……否、手だった・・・ものというのがより正確であろう。


 それは〝栄光の手〟と呼ばれる一種の燭台で、絞首刑になった罪人の手をカラカラに乾かして作られるものなのだが、それに灯した火を見た者は動くことができず、また眠っている家人はけして起きてくることがないと云われている……。


 その盗みに便利な効能ゆえに泥棒達垂涎の的なのであるが、その製作方法の載っているのがくだんの魔導書『小アルベール』なのだ。


 つまり、この〝栄光の手〟こそが彼のシンボル、〝アルベール・ド・ラパン〟という怪盗の代名詞と言っても過言ではなかろう。


「悪魔の召喚にはそれなりに時間がかかる。しかも今回は大掛かりに術をかける必要があったから、その間に騒がれては事なんでね。〝栄光の手〟で家人も衛兵も動けなくした僕は、地下室を借りて魔法円を描き、盗みが大好きな悪魔、72柱の内の序列44番・略奪候シャックスを呼び出した。シャックスの理解力と感覚を奪う力で、城内の者達を僕の奴隷にして仕事を手伝わせたのさ。加えて朝になったら記憶を失うようにも調整してね」


 なるほど。それで誰も侵入したアルベールのことを憶えていないというわけか。頭がぼうっとしているというのも、おそらくはその影響なのだろう……。


「しかし、どうやって大量の盗品を運んだんだい? 城内の者にしか術をかけていないのだろう? 橋を使っては、さすがに外の衛兵に気づかれると思うのだが……」


 大方の手口はわかってきたものの、まだ残っているその謎についても私は彼を問い質す。


「まさにそこが盲点だね。ただ一本の橋以外、あの中洲の城への道はないように思われがちだが、なあに、船を使えばいいだけの話さ。再びネズミの姿で橋を渡った僕は、あらかじめ用意しておいた船を城の裏側の崖下につけた。その船にロープを結えた財宝の山々を奴隷・・達の手で下ろしてもらったら、あとはそのまま船でさよならさ」


 その質問にも、さも当然のことのように答えたアルベールは、〝栄光の手〟にカバーをかけると、そのステッキを握りしめておもむろに立ちあがる。


「さて、仕事・・があるんでそろそろ失礼するよ。いやあ、今日も楽しいひとときだった。また時間ができたらお邪魔する」


 そして、そんな断りを笑顔で入れると、来た時と同じように突然、さっさと帰って行ってしまう。


 なんだか嵐のように来て、また嵐のように去って行ったが、まあ、これがいつもの彼である……いや、それもただ演じているだけの仮の姿なのかもしれないのだが……。


 しがない著述家である私ことモーリー・ブルンヴァンは、ひょんなことからかの有名な大怪盗アルベール・ド・ラパンと知り合いになり、なんでか知らないが気に入られたらしく、今日のように彼の冒険譚を時折聞かせてもらっている。


 そんなわけでまだまだ他にも、奇想天外な盗賊魔術師にまつわる物語をいろいろ知ってはいるのだが、それはまた、何か機会があった時にでもお話することとしよう……。


(Le Voleur de Grimoire 〜魔導書の盗賊〜 了)


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Le Voleur de Grimoire 〜魔導書の盗賊〜 平中なごん @HiranakaNagon

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