Ⅲ 衛兵部長の捜査

 それから二日と経たず、街に放たれた密偵達によって、ある情報が捜査部にもたらされた。


 アラキ城襲撃の準備をするため、すでにアルベール・ド・ラパンと思しき人物が、その近隣に家を借りて潜伏しているというのだ。


「ウワサといえど……いや、他愛のないウワサだからこそ、そこに隠しきれぬ真実が含まれているやもしれぬ。その男を捜し出すのだ!」


 早々、ゼニアールは部下達とともにアラキ城周辺を密かに捜索し、そのウワサの特徴に該当する人物を一人見つけた。


 名前はロッシーニ・ボルトン。近所での聞き込みによれば、投資で財を成した資産家の息子で、都会の喧騒を避けるために静かなこの地に別荘を購入すると、悠々自適に暮らしているという高等遊民であるらしい。


「確かにヤツのようにも見えるな……」


 セイン川沿いに建つ、その個人まりとした白い土壁の家を見つけたゼニアール部長は、さっそく向かいのビストロから張り込みを始めると、出て来た男を遠目に眺めて品定めをする。


 口髭を綺麗に整えた痩せ型の青年で、黒いジュストコールに白のシャボ(※襟飾り)を身に着け、黒い羽根付き帽を被ると片眼鏡モノクルをかけるという、なんともキザな伊達男ぶりであるが、その恰好もよく聞くアルベールの姿の一つだ。


「引っ捕らえますか?」


 部下のジュディが、座った窓際の席で青年を睨みつけながらゼニアールに尋ねる。


「いや、まだヤツであるという確証はない。人違いでは赤っ恥もいいところだからな。もう少し監視して、周辺も洗ってみよう……」


 だが、はやる部下をそう諫めると、ゼニアールは慎重に捜査を進めることに決めた……。


 ところがである。それから数日、付きっきりで彼と彼の家の監視を続けたが、これがなかなか確たる決め手というものを見出すことができない。


 容姿もよく聞く彼のものだし、最近越して来たというのもウワサ通りであるが、毎日、付近の森を散歩したり、カフェでお茶を飲んだり、はたまたセイン川で釣りをしたり…… 特に不審な動きというものは見られなかったのだ。


 そこで、なんとかボロを出さないものか? と、直接、ゼニアールが接触してみたこともあった。


「──どうです? 釣れますかな?」


「ああ、こんにちは。いやあ、なかなかですねえ」


 散歩をしている地元住民を装い、いつものように釣りをしていたロッシーニにゼニアールは声をかける。


「あまり見ない顔ですが、観光の方ですかな?」


「いえ、最近この辺に越して来たんです。そちらも初めてお会いしますが、お家はこのお近くで?」


 カマをかけてみるゼニアールであるが、ロッシーニは笑顔でそう返すと、反対に勘ぐるかの如く訊き返してくる。


「え、ええ……近所と言ってもちょっと離れているんですがね……お邪魔をしても悪い。それでは、良い一日を」


「はい。あなたも良い一日を」


 なんら動揺する様子もなく、のんびり釣り糸を垂らしながら屈託のない笑顔を見せるロッシーニに、バツの悪くなったゼニアールは逃げ出すようにその場を後にした。


「まあ、いい。もしもヤツが本当にアルベールならば、犯行時に必ずや何か動きを見せるはずだ。逆に見張っていることで盗みを働けぬのならば、それもそれで別に良し。予告通り必ず犯行を行うというヤツのプライドを打ち砕くこともできるのだからな」


 なかなか捜査が進まぬ中、ゼニアールは若干の方針転換をしつつもより監視を強化することとする。


「じゃが、もしその読みが外れていたらどうする? じつは他に本物のアルベールがいて、予告した日にわしのコレクシオンを奪いに来たりしたら……」


 しかし、当然のことながら、狙われている当事者のナジャンはそんな心配をしてゼニアールに訴えかける。


「わかっております。あなたの城にも警備の衛兵を派遣します。なに、幸いにもアラキ城は四方を川に囲まれ、唯一の通り道である橋以外は断崖絶壁。橋を押さえれば、入ることも出ることもできますまい。念のため、城内にも衛兵を配置しておきましょう」


 その不安にもゼニアールはぬかりなく、そうして万全の体制を整える中で、ついに予告された日の夜がやってきた。

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