2:14 地球へ…
地球側のプロジェクト本拠地からデータを回収するため、臨時に『リトリーヴァ・チーム』が編成された。
技術部から七名で、砂田さんや田中さんも含まれてる。他に司令部一名、保安部六名、探査部三名。事業部からはわたし一人だけだ。全体の音頭をとるのは、フォレスト司令がやることになってる。
地球との窓口となる魔法陣が月面基地にあるので、月面基地内の仮想会議室に集まってミーティングが行われた。
やることは、まずあちら側でドローンを起動して、それを使って発電機を作動させ、データサーバーを動かしてデータを転送、という流れになる。場合によっては、あちらの仮想体サーバーも使って、直接あちら側で作業の補助もするかもしれない。
ただ、あちら側ではいろいろ崩壊してて機能が止まってるし、さらにゾンビも徘徊している。
まあゾンビがドローンを襲うことはないだろうけど、アレの周辺ではなぜか電子機器が誤動作しやすいらしく、また、集団で屯してると通行の妨げになったりする。
作業がすんなりいくかどうか不明で、その辺についていろいろ検討が必要だった。
現状、本拠地施設の建物見取り図みたいなデータも失われているため、まずは大雑把なマップを作ることになった。これには、司令部の人と保安部の人の二名が中心となってる。彼らは第二陣としてこちらに来る直前まで、生身で本拠地に勤務していたそうなので、彼らの記憶を参考にマップを起こしていた。もう五年もたってるので、うろ覚えの部分も多いそうだけど。
一方、砂田さんたちは予備調査として、あちらで動かせるドローンの数などを調べていた。
その結果わかったのは、現時点で、遠隔操作によって即座に動かせるのはクアッドコプター型のトイ・ドローン二機しかない、ということだった。通信に応答があったのはそれだけだったのだ。
それらは簡単なマニピュレータを備えてはいるものの、基本的にはホビー用に毛が生えた程度のものでしかない。
クアッドコプターのうちの一機と同じ部屋には、『トップス』という作業用犬型ドローンが二台置かれているけれど、こちらは充電はされているものの、反応がなかった。どうやらパワースイッチがOFFのままになってるらしい。
トップスは以前話題になった米軍の大型犬ロボットの発展形で、その業務用モデルだ。四足歩行で、首にあたる場所には長めのマニピュレータがついてる。移動についてはほぼ搭載AI任せで、センサーで地形を読み取って、AIで自動的に障害物を避けて歩くようになってる。
他には、場所はわからないけれど、『パーシアス』という仮想体に対応した人型ドローンが何体かあるはずだという。月面基地に配備されてる『メストー』よりも前の世代のロボットだ。
トップスはあまり複雑な作業には向いていないので、ぜひともパーシアスを使いたいところだけど、こちらも残念ながら無線には反応がなかった。
なかなかに渋い状況だと思う。けれど、ここであきらめるわけにもいかないしねえ。
「施設内を偵察させたいところだが、まずはクアッドコプターでトップスのスイッチを入れるのが先決か。ミスタ・スナダ、それぞれの操作方法は大丈夫か?」
「クアッドコプターはこっちで使ってる小型ドローンとコマンドが共通化されてるので、大丈夫でしょう。トップスについては、対話形式で操作できるはずです」
「バッテリーの動作時間は?」
「クアッドコプターが四時間、トップスが六時間ってとこですね。地球時間で、ですが」
司令の質問に、砂田さんが答えた。
電気が来ていないので各部屋のオートロックなどは外れているけれど、おもちゃ同然のクアッドコプターでは非力すぎて、置かれてる部屋のドアさえ開けられない。
そのため、まずはトップスを起動して、そのマニピュレータでドアを開けさせる。そこから手分けして、施設内を見て回ることになる。
そして、パーシアスを発見して動かせるようになったら、わたしや保安部員の人たちを接続・転送して作業することになる。
そんな感じで、大雑把に最初の段取りを決めていった。具体的な作業プランについては、偵察の結果次第だった。
*
月面基地の地下深くにある『転送の間』の、床に描かれた巨大な魔法陣が輝き、その上に光の渦が現れた。
理屈は不明だけども、これで魔法陣を通して地球側にも電波が通じるようになる。
まずはクアッドコプターでトップスを起動するところからだ。
クアッドコプターの操作は飛行型ドローンと要領は一緒で、搭載されたカメラ映像を見ながら、仮想コントローラで操作する。これの操作は探査部の人が担当してる。
「ぐっ、重いっつーか、遅い……」
「こっちの一〇分の一だしねえ」
何が問題かって、ニューホーツ側では地球の一〇倍の速度で時間が流れてることだ。地球側の一秒間で、ニューホーツでは一〇秒経過してるわけで、こちらからすれば常時スローモーションがかかってるようなものだ。移動だけでなく、カメラ映像の更新も秒間六コマしかない。
レスポンスが悪すぎて、ものすごく忍耐が必要になりそう。ゲームだったら、コントローラ投げ棄ててるレベルだわ。
「どうにかして、時間の速度倍率設定を変更したいところだな」
「それはあちらで魔法陣を管理してるサーバーで操作するんで、発電機を動かせるようになった後になりますね」
「それまでは我慢するほかないか」
そしてクアッドコプターがようやくトップスの上に辿りついた。
トップスは大型犬くらいの大きさがあり、「伏せ」の姿勢で足を折りたたんで待機していた。
パワースイッチは背中のやや後方寄りにある。しかし、スイッチが硬いのか、浮いてるクアッドコプターからマニピュレータでちょっと触ったくらいでは入らなかった。
結局、少し勢いをつけて機体をぶつけるような形にして、ようやくON側にパチリと入った。スローモーションだと、加減が難しかったようだけど。
少しの間、パイロットランプが不規則な点滅を繰り返していた。そして、パイロットランプが点灯しっぱなしになると、徐に四肢を伸ばして立ち上がった。
「トップス、一台目起動しました。接続……完了。えーとまずは、ヘルプを……OK」
トップスの方は技術部の人が担当してる。操作マニュアルとかは手元にないので、内蔵されたヘルプをオンラインで呼び出して使い方を調べるそうだ。
「だいたい理解しました。もう一台は、こちらでスイッチ入れてみます」
トップスをとことこ歩かせて、もう一台に近寄らせた。動きだけ見れば、ほんとの犬みたいだ。ただし、頭があるべき部分が
トップスはマニピュレータを伸ばすと、あっさりともう一台のスイッチを入れた。
これでトップス二台と、クアッドコプター一台の体制になった。それぞれ、『ドギー1』『ドギー2』『チョッパー1』と呼ぶことになった。
ドギー1で部屋の扉を開け、廊下に出ると、三台はそれぞれ手分けして施設内の偵察を開始した。
*
オフィスビルのような感じの施設の中は、がらんとしていた。
三台から送られてくる映像を見てるんだけど、特に荒れた様子はなく、綺麗なままだった。不謹慎だけど、ゾンビ映画にありがちなもっと乱雑で混沌とした様子を想像してたんで、ちょっと拍子抜けした。
死体などもない。ゾンビ・アポカリプスの痕跡というのがぜんぜん見当たらなくて、休日のオフィスと言われれば信じてしまいそうだ。
何事もなく、静かに、センサーの情報から施設のマップが徐々にできあがっていく。
しかし。
ドギー2が入った研究室のようなその部屋では、まるで誰かが争ったかのように、机やイスが倒れていて、書類や何かの道具といった物が散乱していた。
「ドギー2、右手の壁を映してくれ」
ふと、司令が指示を出した。
カメラが奥の右手の壁を映すと、そこはドス黒く変色したナニカがべったりと塗りたくられていた。床にも同様の汚れがあった。
「血、でしょうか。しかし、室内に死体などは見当たりません」
「わかった。偵察を続けてくれ」
そこで何かあったのは確実だろうけど、それをやったモノが何も見当たらないっていうのが逆に不気味だった。
ただ、初めて痕跡が見つかったことで、チームのみんなの顔が強張っていた。
その時、別の位置にいるクアッドコプターからの映像が固まった。
止まったのは一瞬で、すぐ動き出したけれど、今度はブロックノイズが盛大に乗った。
「チョッパー1、グリッチ出ました!」
「速度を落とせ。周辺にいるはずだ」
そして、『それ』は廊下の角を曲がってすぐのところにいた。
「やはり、いたか……」
映像が部分的に崩れまくってるのでわかりにくいけれど、クアッドコプターから5mほどのところだろうか。そこに『誰か』が立っていた。
背中を向けているので、顔はわからない。服装と体格からすると、男性のようだ。
何をするでもなく、わずかな身動ぎもせずに、ただ静かに突っ立っているだけだった。
「どうします? もう少し近寄ってみますか?」
「いや、動いていないなら、今はまだ刺激するのはやめておこう。どういう反応をするかわからん。動作チェックをして、迂回するルートで偵察を続けてくれ」
「了解」
マップにマーカーを付けて、クアッドコプターはその場を離れた。
*
途中、操作する人の交替を挟みながら、探索を開始して一五時間がたった―――あちらではまだ一時間半ってところだけど。
「ドギー1、パーシアスを発見しました! 三体あります!」
下のフロアを探索していたドギー1が、とある部屋の中でようやくお目当ての人型ドローンを見つけた。
室内の壁際に、専用のクレードルに支えられる形で三体並んでいた。
身長は2mくらいあるだろうか。ずんぐりした胴体に、やや短めながらゴツい手足がついている。首はなくて、胴体の上から直接、円筒状の頭が突き出ている。体の大部分はプラスチック系のカバーで覆われていた。むき出しの部分では、配線とか何かのワイヤーとかが伝っているのが見えた。
……あんまりかわいらしくはないかな。
クレードルは五体分用意されていた。二体が行方不明ってことになるのか。まあ状況的に、戻って来れなかった理由はいくらでもありそうだけどね。
「状態はどうなってる?」
「三体とも外見上からは損傷などは見当たりません。バッテリーパックは外されています」
「動かせそうか?」
「ここからはなんとも。電源を入れてみないことには」
一二個の専用バッテリーパックは同じ部屋で一ヶ所にまとめられていた。一体で同時に二個使うようになっていて、さらに予備に二本。それが三セット分ある。
「まず、一セット分を充電しましょう。ただ、満充電にはおよそ八時間はかかりそうです。それに、あちらはもうじき日が暮れます」
元々ここの太陽光発電は小規模なもので、一応、補助バッテリーとセットになってはいるけれど、容量はそれほど大きくない。そのため、夜間はあまり充電できなさそうだった。
あちらは二月下旬で、日の出は現地時間の六時半ころ。そこからバッテリーパックを満充電できるのは午前一〇時過ぎになる見込みだという。
トータル一八時間ほど。それはつまり、ニューホーツ側では一八〇時間、七日と半日ほどかかることになる。
「焦っても仕方ないか。ドギー1はバッテリーパックを運んで充電を開始してくれ。ドギー2とチョッパー1はあちらであと一時間ほど探索をしたら、そこで作業を切り上げることとしよう」
司令が指示を出した。
充電している間、わたしたちは特にすることもない。担当者以外はここで一旦解散となった。
*
なんとなく消化不良な気分を抱えつつ、わたしはインシピットに戻って、復興作業やいつものルーチンワークをこなして過ごした。
そうして一週間が経過した。
わたしたちは再び、月面基地の仮想会議室に集まった。
そろそろバッテリーパックの充電が終わる頃合だった。トップスはそれを持ってパーシアスのある部屋へと移動した。
三体あるうちの、左端の一体にバッテリーパック二個が入れられた。
「バッテリー接続完了。パワー入れます」
パワースイッチを入れると、各所につけられたLEDがちかちかと点滅する。
そして、パーシアスは「きゅいいん」と音を立ててクレードルから立ち上がった。
砂田さんたちがステータス画面などを呼び出して、機体の状態を確認した。
「センサー類OK、自己診断……OK。司令、問題なさそうです」
「そうか」
パーシアスが動くとなれば、いよいよわたしの出番だ。
「佐藤さん、そちらの接続先一覧、更新したよ」
「はいな。えーと、パーシアス、Perseus……っと……あっ、あった」
接続可能な機器の中から、パーシアスの名前を見つけて選択した。
―――――――――――――――――――――――――――――
TIME 02/25/20xx 10:28
TEMPERTURE 3.5℃
PRESSURE 1013hPa
GRAVITY ↓9.8m/s2
RADIATION 2.2mSv
BATTERY 99.8%
CONDITION GREEN
―――――――――――――――――――――――――――――
わたしの方にも、脳内スクリーンにセンサーなどのステータスが表示された。
「接続完了したです」
「メニュー項目にいくらか違いはあるけど、基本はハーキュリーとそう変わらない。まあ、体形がだいぶ違うから、一体化モードだと違和感大きいだろうけどね。あとは、通信は音声だと速度差がありすぎるんで、すべてテキストでやりとりすることになる」
「りょーかいです」
砂田さんからいくつか注意事項などを聞いた。
これからパーシアスに転送して、地球に降り立つと思うと、なんだか感慨深い。生身ではなくドローンでだけど、リアルの地球を歩くのは何年ぶりになるんだろう。
それと同時に、ゾンビ・アポカリプス後の世界に行くのは不安も大きかった。
「ではキリコ、頼む。地球のゾンビは極めて不可解で、常識では測れないところも多々ある。充分、気をつけてくれ」
「はい。では、行ってきます」
最後に司令に挨拶して、わたしは〔転送〕のコマンドを実行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます