第54話 立ちはだかるもの
外には雪がちらついていた。これが待ちに待った初雪だった。だが今となってはもう遅すぎる・・・。辺りはぴんとした冷気に包まれており、砦の最期の時をむかえようとしていた。
百雲斎と重蔵たちは覚悟を決めて櫓の扉を開けて敵に飛び込んでいった。
「我らが相手だ! 手柄を立てんと思う者はかかって来い!」
その迫力に敵の兵はひるんだ。そこを地侍たちが斬り込んでいった。激しい戦いが始まり、血しぶきが飛んで修羅場になった。だが善戦むなしく、多くの敵の兵の前に地侍たちは一人、また一人を倒れていった。だがそれは無駄にはならなかった。彼らが激しい戦いをして敵の兵を引き付けていたおかげで、櫓の前の包囲にほころびが生じた。敵の守りの薄い場所ができたのだ。
「姫様。今です!」
紅之介は葵姫の手を引いて櫓を飛び出した。降る雪が2人の周りを舞い続けた。
「どけ! 紅剣! 二神紅之介だ! 命が惜しい者はそばに寄るな!」
紅之介は叫びながら血を浴びた刀を振り回した。敵の兵たちはその姿を見て恐怖に駆られて、
「紅剣だ!」
と騒いで逃げ惑っていた。もう向かってくる者はいなかった。2人の前に道は開けた。
(これならここを抜けられる!)
紅之介は思った。しかしその思いは一瞬で砕け散った。
ふいに正面に鉄砲足軽組が姿を現した。ついに切り札である虎の子の鉄砲を紅之介たちに向けてきたのだ。
(あれは何だ!)
紅之介は見慣れぬ筒のようなものを構える兵を見て怪訝に思った。だが紅之介の動物的な勘がそれを危険なものと認識させていた。
「姫様! 危ない!」
紅之介はとっさに葵姫とともに身を下げた。するとまず一組目が
「バババーン!」」
と2人に撃ちかけてきた。とっさに避けたものの、その鉄砲の玉の一つが紅之介の右肩を貫いた。
「ううっ!」
焼けるような激痛に紅之介は刀を落としてガクッと左手をついた。辺りを硝煙の煙とにおいが包んでいた。
「紅之介!」
葵姫は悲鳴のような声を上げた。その2人を2組目の鉄砲の狙いをつけていた。その様子を百雲斎と重蔵が見ていた。
「これはいかん!」
彼らにはそれが何であるかがわかっていた。鉄砲という恐るべき武器であると・・・。その前ではいくら優れた武芸者でも歯が立たないと聞いたことがあった。重蔵はすぐに大きく飛び上がり、葵姫と紅之介の前に立って両手を広げた。
「バババーン!」
その玉はすべて重蔵の体に当たり、紅い血しぶきが飛んだ。
「ぐふっ!」
重蔵は苦し気な声を上げるが倒れない。紅之介は声をかけた。
「重蔵殿!」
「ここは俺が防ぐ! 早く戻れ!」
口から血を吐きながら重蔵は言った。彼は2人の盾になる気だった。だが紅之介は重蔵だけを犠牲にしておけなかった。
「それなら私も・・・」
「役目を忘れるな! 敵は儂が引き付ける! 姫様と共に櫓に戻るのだ!」
駆け寄ってきた百雲斎が叱りつけるように大声を出した。そして彼は鉄砲組の方に刀を振り上げて向かって行った。それを見て紅之介は意を決すると、左手で刀を拾って立ち上がった。
「姫様。櫓に!」
葵姫の肩を抱いたまま櫓の方に走った。その後ろでは、
「バババーン!」「バババーン・・・」
と鉄砲の音が聞こえていた。百雲斎も重蔵も鉄砲で何発も撃ち抜かれても、葵姫と紅之介のために身を挺してくれているのだ。紅之介は後ろを振り返らず、葵姫とともに必死に走った。
敵に向かって行った百雲斎は鉄砲足軽の前で力尽きた。
「こ、紅之介・・・。後を頼むぞ・・・」
百雲斎はそう呟くと紅い血を流しながらそこに倒れた。重蔵は何発も玉を撃ち込まれて体を紅く染めながらもまだ立っていた。ここを通さぬと・・・。目の前に敵の兵が櫓に逃げる葵姫たちを追って迫ってきていた。重蔵は懐から焔硝玉を取り出した。
「山嶽の者の意地を見るがいい!」
重蔵は焔硝玉を自らにぶつけた。
「バーン!」
大きな音がして焔硝玉は重蔵の体を粉微塵にしながら爆発した。真っ赤な炎と凄まじい爆風が巻き起こり、敵の兵を吹き飛ばした。立ち上る煙は鉄砲足軽の視界を奪った。
やはり紅之介は振り返らなかった。背後で何が起こったかは想像できた。今は葵姫とともに櫓に逃げるのみ。幸いにも煙のため鉄砲をこれ以上、撃ちかけられることはなかった。
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