第49話 斬り込み
里の地侍の一部が砦の中の小屋に密かに集まっていた。そしてその中心には重蔵がいた。
「このままでは砦は落とされてしまう。我らが何とかせねば・・・」
「我らが敵の本陣を襲う! 敵の大将の首を取れば大いに戦意が削がれるはずだ。」
重蔵はそう言って、地侍たちの目をじっと見た。それは誰が考えても危険で成功することが少ない任務だった。だが重蔵はそれに賭けてみようというのだ。
「生きては帰れぬ。お前たちの命をこの重蔵にくれ!」
重蔵は必死の思いで言った。その言葉に地侍たちは大きくうなずいた。彼らもすべて決死の覚悟だった。
「皆、すまぬ。頭として礼を言う。」
重蔵は頭を下げた。
「お頭、頭を上げてください。それはわれらが望むこと。きっとうまくいきます。」
小次郎がそう言うと、他の地侍たちもそれに倣った。
「そうです。まさか敵はこんな時に向かってくるとは思ってないでしょう。」
「そうだ。きっと油断しているはず。」
「今しかない!」
「やってやりますよ!」
「我らの力を見せてやりましょう!」
地侍たちは笑顔でそう言い放った。死を前にしてどうしても暗くなりがちの雰囲気を無理に吹き飛ばそうとしていた。
「よし! 今夜決行する!」
「はっ!」
重蔵の言葉に地侍たちはうなずいた。
風の強い夜だった。10個の黒い影が砦の塀を超えて外に出た。彼らは音もなく木々の間に消えていった。そして次にその姿を現したのは兵助の陣の近くだった。その前ではかがり火がたかれ、数人の兵が不寝番をしている。厳重な警戒というほどではない。重蔵たちがその近くに身を潜め、隙を伺った。
(この数ならすぐに倒せる。行くぞ!)
重蔵は仲間の地侍にそう目配せした。すると地侍たちはうなずくや否や、方々に散って行った。そして少しの間をおいて重蔵が右手を上げて前に下ろした。その合図で散らばった地侍たちがさっと警備の兵の背後から近づき、音もなく刀で斬り倒した。そして重蔵たちはそのまま進んでいった。まだ気付かれていない。このまま奥へ・・・。重蔵たちは音もさせずに走り、奥に突き進んだ。そこには陣幕で囲われた場所があった。
(大将がいるはず・・・)
重蔵たちは刀で陣幕を斬った。そしてその中に踊り込もうとした。だが・・・
彼らの前には一人の隻眼の男が立っていた。それはあの武藤三郎だった。
「来ると思っていた。山嶽の猿どもめ!」
三郎は腕組みをしたまま重蔵たちを睨みつけていた。重蔵たちはすぐに刀を構えた。三郎からはただならぬ空気が漂っている。
「ここには我ら三伊の忍び衆しかおらぬ。」
「何だと!」
重蔵たちははめられたと感じた。だが一体・・・。
「お前たちの動きは筒抜けよ。それに今夜は城攻めがある。大掛かりにな。」
三郎は意味ありげにニヤリと笑った。
「何か企んだな!」
「ふふふ。冥土の土産に聞かせてやろう。今夜、一番門が開く。」
「何だと!」
重蔵は大きな声を上げた。もし本当にそうであれば裏切ったものがいるのか・・・それは・・・
「嘘を言え! 我らは一枚岩だ。そんな戯言、誰が信じるか!」
「そう思うならそれでよい。だが今頃、門が開いているはず。」
三郎はまたニヤリと笑った。もしそうだとしたらすぐに砦に知らせねばならないと重蔵は思った。今ならここを抜け出せるか・・・。だがそれを見抜いているかのように三郎が言った。
「もはや貴様たちはここから逃げられぬ。」
その言葉を合図に重蔵たち地侍を包囲するように忍びが姿を現した。ざっと2,3倍の数はいる。
「ここで貴様らは死ね!」
「ふふふ。我らも甘く見られたものよ。この数で我らを仕留めた気になるとは。」
今度は重蔵が笑う番になった。
「我らは椎谷の里でも手練れの者だ。お前らのような三伊の忍びが束になって掛かってこようがびくともせぬわ!」
「それなら試してみるだけよ! 行け!」
三郎が合図した。すると三伊の忍びたちが襲い掛かって来た。地侍たちも刀を振り上げて向かって行った。両者がぶつかり、刀と刀、あるいは手裏剣が飛び交った。しばらく戦っていると、数では劣る地侍たちの方が押し返していた特に頭の重蔵は次々に敵を倒していく。だがそれを見ても三郎は慌てなかった。
「やりおる!」
三郎はそう言うと刀を抜いて戦いに加わってきた。三郎は地侍を一人また一人とすぐに斬り倒していく。それで数で少ない地侍は一気に劣勢になってしまった。小次郎が重蔵のそばに来て言った。
「お頭。ここは我らが防ぎます。急いで砦に。早く知らせないと砦が危ないです。」
だが返事をする前に三郎が重蔵に斬りかかってきた。椎谷の里では一番の忍びの技を持つ重蔵であっても三郎の敵ではない。一気に追い詰められてしまった。
「死ね!」
三郎が刀を振り上げて重蔵を斬ろうとした時だった。その間に小次郎が割り込んだのだ。三郎の刀は小次郎に深く食い込んだ。重蔵が声を上げた。
「小次郎!」
「お頭。早く・・・早く知らせを・・・」
小次郎は刀を突き刺されたまま、三郎をがっちりとつかんでいた。その目は必死に重蔵に早く行くように訴えかけている。
「すまぬ。小次郎・・・」
重蔵は後ろ髪引かれる思いではあったが、そこを大きく飛び越え走ってその場を去って行った。三郎は追おうとしたが、しつこく小次郎がつかんでいる。
「この死に損ないめ!」
三郎は大きく蹴り上げて小次郎を離した。すでに息のない小次郎はそのまま地面に転がっていった。
「逃げられたか!」
三郎は吐き捨てるように言った。他の者はすべて倒したものの一人だけ逃してしまった。砦に通報してしまうだろう・・・だがもう遅い。
「今頃は・・・ふふふ。儂も砦の中に攻め入って手柄でも立てるか・・・」
三郎はそう呟いて砦に向かった。
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