第43話 攻撃開始
派遣された兵助の軍勢は砦の山裾周囲にびっちりと陣を敷いた。砦を威嚇するかのように旗印が無数に立ち、周囲に急造の柵が立ち並んだ。それは何者も生きてそこから逃さぬという態勢だった。
陣には多くの武将や侍、兵が攻撃の備えて忙しく動き回り、騒然としていた。それに対してその本陣には敵方の大将の山田兵助が一人、ひっそりとした中でどっかりと床几に腰を下ろしてじっと座っていた。だが彼はそこで何もしていないわけではない。砦の中でひときわ目立つ櫓を見つめて考えを巡らしていた。その頭の中でが砦はすでに攻略されていた。後は兵を動かすのみ・・・。
「あそこに我らの目的のものがある。雪が降る前にきっと落としてみせるぞ!」
兵助は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。この度の役目は失敗するわけにはいかない。砦に籠った東堂の敗残兵など、もはや取るに足りない敵ではあった。だが万代宗長は兵助に命じて軍勢を差し向けたのだ。
「必ず葵姫を殺せ。生かしてはならんぞ! もしできなければ将来に禍根を残す。」
宗長は兵助に厳命していた。目的は葵姫の首だったのだ。もし東堂の血につながる者が生き残ると、必ず万代家に災いをもたらすと確信していた。家を滅ぼされた恨みは根深いものだと宗長は知っていた。そしてそのことを兵助は重々承知していた。
「この軍勢をもってすれば、あの程度の砦など一ひねりだろう。だが葵姫だけは逃さぬようにせねば。」
だから兵助は砦の周りをがっちりと包囲して砦から誰一人脱出できなくしたのだ。あとは力攻めですりつぶすように砦を攻略するだけだった。
戦いは次の日のまだ薄暗い早朝から始まった。軍勢が陣から順序良く出て行き、山の中腹まで静かに登った。そこで攻撃態勢を整えると頃合いを見て武将が声をかけた。
「行け!」
その声で兵たちが一斉に砦に向かって来た。
「うわー!」
という地鳴りのような鬨の声が山々にこだました。いよいよ総攻撃が始まったのだ。先頭の兵が大盾に身を隠しながら近づいてくる。門に迫ってそれを破壊して中に飛び込もうというのだ。それを封じようと砦の塀の上に並ぶ兵が弓を射かけきた、だが攻撃してくる敵の兵の動きは止まらない。そのうちに近くまで来た敵の兵が砦に向かってさかんに矢を飛ばしてきていた。その矢の多さは生半可なものではない。
砦の兵はその矢をやり過ごそうと身を伏せていた。その隙に敵の兵たちは大木をもって門にぶち当たってきた。
「バーン!」
大きな音を立てたが、頑丈に補強した門は簡単に壊されなかった。それは何度やっても同じだった。そうしているうちにその兵に向かって砦の塀の上から矢が放たれた。それは次々に敵の兵を倒していった。そうして敵がひるんだところに門がすっと開いた。そこには砦の兵たちがずらりと並んでいた。
「うおー!」
砦の兵が
砦への攻撃は毎日のように続けられた。だが結果は同じだった。攻撃しても撃退されるのがずっと繰り返されているのだ。それでも兵助はあきらめずに、
「こんなはずではない」
と何度も何度も力任せに兵を送り込んだ。だが砦を落とすどころか、門一つを突破することさえできなかった。このことは本陣で指揮を執る兵助に歯ぎしりをさせていた。だが10日を過ぎるうちにさすがに兵助は考えを改めた。
「甘く見ていたわ! なかなかやりおる! ならばこちらも手を選んでおられぬ。」
と砦への力攻めを変更しなければならなくなった。だがそれなら別の手を使うだけだと攻め方の切り替えができるのだ。兵助の陣にはあの者がいるから・・・。
「お呼びでござるな?」
その者は兵助が呼ぶ前にもうそばに来ていた。兵助の気配からそろそろ自分の出番だと察したのであろう。
「さすがだな。もうそこまで読んでおったのか? 三郎。」
その者とは武藤三郎だった。自らが集めた兵での里への襲撃に失敗して、激怒した宗長からは放擲されていた。だが兵助はこの者の腕を見込んでこの戦に連れて来ていたのだ。兵助は三郎に言った。
「お前の力が必要になった。一番門は頑丈でなかなか開くまい。二番門を開けよ。兵を突入させる。」
「承知した。今夜にでも・・・しばし待たれよ。」
三郎は残った左目をきらりと光らせた。この不気味な雰囲気を醸し出す忍びの頭はいかにもやり通せる期待を抱かせた。兵助が「うむ」とうなずくと、三郎はすぐに姿を消した。
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