第10話 庭歩き
次の日、いつものように紅之介は廊下に控えていた。葵姫が部屋から出て来た時、思い切って声をかけた。
「姫様。今日は日和もよく、外にお出かけになってはいかがでしょうか。」
「姫様は病み上がりじゃ。まだ無理じゃ。」
千代が断ろうとした。だが葵姫は紅之介の申し出にうなずいていた。
「いや、千代。体はもう大丈夫じゃ。今日は気分がよい。ずっと部屋にいたから体がなまってしまった。外に出ようぞ。」
「わかりました。それではお履き物を。」
千代が言うと菊が草履を出してきた。葵姫は菊に手を引かれて踏み石の置かれた草履を履くと、そのまま地面に足を下ろした。やはり足腰が弱ってしまっているようで少しふらついていた。
「ではその辺を巡りましょう。」
葵姫は菊に支えられてよろよろと歩き出した。その後を千代と紅之介が続いた。
「うまく歩けぬな。しばらく寝ておったから足が萎えたか」
葵姫は庭のでこぼこした地面に足と取られていた。それは千代も同じだった。
「姫様。お気を付けください。転びまするぞ。」
千代はそう言って注意を促したが、すぐに自分が「あっ!」と言って転んでしまった。
「うううっ。」
千代は腰を打ってしまった。かなり痛そうに腰を押さえていた。それを見て葵姫が言った。
「菊。千代を離れに連れて行って休ませよ。」
「はい。姫様。」
菊は痛がる千代を抱えるようにして連れて行った。庭には葵姫と紅之介の2人が残された。
「もう戻りましょうか?」
「いや、もう少し歩こう。」
葵姫はそう言って紅之介に右手を出した。紅之介はその手を見つめるだけで取ろうとしなかった。しびれを切らせて葵姫が言った。
「紅之介。手を引いてくれぬか。」
「そればかりはご勘弁を。すぐに菊が戻ってきましょう。」
紅之介は葵姫の差し出した手を取ろうとしなかった。それはあることのために他人に手や体を触らせるのを避けていたからだった。葵姫は不思議そうに言った。
「どうしたのだ。紅之介。歩きにくいゆえに手を貸してくれと言うておる。」
「私の手は人を斬って血なまぐさいものでございます。姫様が汚れまする。ご容赦ください。」
紅之介はあくまでも拒んでいた。葵姫は紅之介が女人の手を引くのを照れていると思った。困っているのを見て、余計に手を引いてもらいたくなった。
「そうか? では!」
葵姫はいたずらっぽく笑うと、さっと紅之介の手を取った。
「あ、これは・・・」
紅之介はいきなり葵姫に手を握られて驚きの声を上げた。
「柔らかい手・・・」
葵姫は紅之介の右手を両手でしっかり握った。それは柔らかく温かみのある手だった。血なまぐさいどころか安らぎを与えてくれる手だった。一方、紅之介はなぜか、胸の高鳴りを覚えていた。
(どうして私がこのように・・・)
それは今まで感じたことのない感覚だった。紅之介はしばらくぼんやりしていた。
「どうした? 紅之介。手を引いて屋敷の庭を案内してくれぬのか。」
上の空の紅之介に葵姫が声をかけた。
「あ、これは・・・」
紅之介は我に返った。そして気を取り直すと、
「姫様。紅之介が案内したします。」
と紅之介は葵姫の手を引いて歩いた。それでも何かぎこちない紅之介に葵姫はおかしさを感じていた。
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