真実を疑い、嘘を信じたい

横山佳美

真実を疑い、嘘を信じたい

 今から、私は破棄される。

3年間の記録だけが抜き取られ、『佐藤リサ』という人物はこの世から姿を消す。

私は、25歳女性のファッションモデル。

顔は小さく、1ミリの狂いもない黄金比のバランスの取れた目鼻立ちと、

無駄なお肉が一切ついていない長身の細身体型だが、胸とお尻だけはしっかりしている。

「同じ人間だと思えない」とよく人から言われる。

納得してはいけないのだろうが、私は寿命3年のロボットなのだから、そう言われて当たり前なのだ。

人間のように外見や中身がコロコロと変化することができないロボットは

3年で破棄されてしまう。

政府の内密の調査の一環で、現在は1000人に1人の割合で人間型ロボットが生活している。

私達ロボットにも、政府の調査内容は知らされていないし、

私たちがロボットであることは、一切口外してはいけないルールが決められている。


 私たちロボットは、見た目も体の機能もほぼ人間と同じで、

普通の生活をしている限りロボットだと気付かれることは99%無いが、

人間と違うところは多少なりともある。

年を取らない事、病気をしない事、気分の浮き沈みがない事。

私達ロボットは変化のない、いつもの生活を毎日送れる。

しかし、空気を読んだり、言葉の裏側にある意味を憶測する事、

実際に目にしたり、聞いたりする事以上のことを

受け取る機能は組み込まれていない為、処理しきれない情報にもよく出くわす。


 数日前に、雑誌で『今年の冬はこれ!マストなアクセサリー特集』を見て、

このアクセサリーを買わなくてはいけないと判断した私は、

ファッションモールに入っているアクセサリー屋さんに行った。

私のデータに記録しておいたアクセサリーと同じものを探していると、

隣の男性がアクセサリーを両手にごっそり握りしめたまま、

ジャケットのポケットに両手を突っ込み、そのまま店を立ち去ろうとした。

店内にある商品は、お金を払って購入しなければいけないという

ルールがあることは知っていたが、もしかしたら、私には無い別の選択肢の知識を

彼は持っているのかもしれないと疑問が浮かんだ。

だから、私は「すみません、今ポケットに入れた商品はお会計を済ませていないようですが、そのまま持ち帰ってもいいのでしょうか?」と声をかけた。

そうすると、その男性は、何も言わず立ち去る選択肢があったのにも関わらず、

踵を返し、私の左肩と男性の左肩が正面衝突するまで

ゆっくりとガニ股でランウェイを歩くように戻ってきて、

聞き取りにくい程の低くて小さな声で、

「おい、俺が盗みをやってるって言いたいのか?勝手な人の見た目で、盗みをするやつだとか決めつけんなよ。大声出すなのよ、どんな目に遭うかわかってるんだろうな。」と言った。

私は、店内にも響き渡る普通調子の声量で、

「ポケットに入れていたのを確実に見たので、事実を述べているだけで、私はあなたに質問しただけですよ。」と言うと、

『店長』の名札をつけた男性が駆け寄ってきて、男性客は「うるせーな!」と怒鳴り、ポケットに入っていた商品を全て床に投げ捨てて、走り去った。

店長が商品を全て拾い集めた後、

私に「ありがとうございました。お客さん、すごく勇気ありますね、

女性なのに、あんなに怖そうな方に堂々と言えるなんて尊敬します。」と言った。

私は、処理しきれない情報はとりあえず無視して、

感謝されたらする行動にスイッチを切り替えて、「どういたしまして」と言って会釈をした。

私には、見た目で判断するとか、女性だから、男性だからとか

人間が感情と思考で作りあげた偏見は理解しきれない。

人はただの人、ルールはルール。私の中では事実しか存在しないのである。


 このような処理しきれない出来事は、日常茶飯事に起こる。

昨日は、雑誌の撮影があり現場に行くと、私と一緒に撮影するモデルの女の子が数人いた。

カメラマンが「リサちゃんを囲むように、ポーズ取ってみて。」と支持した。

噂話で盛り上がっているモデル達がいる私の左側の方から、

一人のモデルが長い髪をなびかせながら、

輪に亀裂を入れるように、彼女達にぶつかりながらも私を直視したままで、歩み寄ってくる。

私の目の前を通り過ぎる完璧なタイミングで

「いいよね、頑張らなくても美人でスタイルがいい人は。憧れちゃーう。」と

言いながら、私の右隣に立った。

「ありがとう」と私が言おうとした瞬間、左隣に並んだ女の子が、

小声で「気にしなくて大丈夫だよ。ヤキモチ妬いてるだけだから。」と言って

私の背中をポンと触れた。

私には、ただ『美人でスタイルが良いと褒められた』と処理したのに、

「気にしなくて大丈夫」とはどういう意味なのだろうか、また処理しきれない出来事に出くわした。


 人間社会には、ルールブックには乗っていないルールが数多くあるのだ。

全ての人間がロボットのようにシンプルな考え方ができたならば、

人間達は、ストレスなく、浮き沈みのない日々を過ごせるのだろうと思う反面、

思考や感情を使って難しくする方を自ら選択しているかのようにも見える。

私は、3年間でここまで人間らしい思考ができるまでに、知識と経験を積んだ。

そして、私は今日、3年間の記録を取り除かれ破棄される。

新聞記事の一面に「大人気ファッションモデル、佐藤リサが交通事故死。」と出る。

政府によって完璧に作られた完全嘘の記事に、

人々はその情報が全てだと信じ、私の存在は人々の記憶から消えていく。

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真実を疑い、嘘を信じたい 横山佳美 @yoshimi11

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