第65話 あは、そうでした。

「彼女はね、死後の世界に強い興味を持っていました。俺は大学で講師をやっているんですが……民俗学のね……。とにかく、よく、話していたんですよ」と男は言った。

「そうか。相手として、私は不足だったんだろうな」

 私は感情のない声で言った。そうしたいわけではないけれど、そうなってしまったとしか。

「同じですよ。別にいくら俺が相手になったって、最終的に飽きると『結局、死んでみないとわからないもんね』って言うんです。自分の中でもう、結論が出ているのに暇つぶしに議論をしているフリをするんだ。まぁ、彼女は、プラグマティズムを常に信条にしていたのは本当ですけども」

「すまん」

「はい?」

「なんだ、そのプラ……」

「あぁ、すみませんね」

 乾いた目をしていた。厭味っ気もないが、愛想もない。

「実用主義ってところですか。行動によって真理が裏付けされると考えていたんです」

「シンリ?」

 『SINRI』、ね。またか。

「楽なんですよ。喋り言葉と違う言葉を使うのは。仮面でもしている気分になれるんでね」

「頼むよ。こっちは大学も出てないし、本だってろくに読まないんだ。もっと簡単に言ってくれ。そういうのには、うんざりなんだ」

「彼女はいつも危うかったんです。創作に心血を注ぐ傍ら、現実への不満を募らせ続けた。別に俺が悪かったわけでも、貴方が悪かったわけでもない。『1+12』であることが気に喰わなかったんでしょう。……彼女が、いくらどうだだをこねても、やっぱり『1+12』には逆らえない。あぁいう人間こそ、根はファンダメンタリストなんです。無自覚に生きれない、不器用な人間だ」

「……そうだな。私たちは、懐柔されているんだ。なにかTHINGに」

なにかSOMESTHING?」

 監督の息子の薄い唇が頭に浮かんだ。パクパクと動いている。音は聞こえない。

「いや、なにかTHINGだ。なにかはわからないが、もう決まっている。我々は、宇宙人エイリアンにでも支配されているんじゃないか?」

 私は笑った。男は笑いもせずに頷いた。

「いや、その通りですよ。宇宙人だ。『1+1=2』は、我々を支配するチップです」

「チップ?」

「脳に植えつけられるんですよ」

「パルプ・マガジンの話だな」

「世界は三流SF並みにチャチな構造なんですよ」

 タバコの煙が空へと昇っていく。妻は上にいるのやら、下にいるのやら。

「すみませんね。何を話したかったか、忘れちゃいましたよ」

 彼は顎ひげを撫で、「それじゃ」と軽く手を振った。男の背中に一つの質問を投げかけた。

「なぁ」

「はい?」

「お前は、あいつが好きだったか?」

「……そういや、好きじゃないですね。あは、気付かなかった」

「そうか」

 私はタバコの火を消した。

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