六
「はぁ……。中々気に入っておったのに……」
魔女が、馬車の外を眺めながら流れる景色を見てぼやく。
馬車の中には、魔女ひとり。
隣には、山ほどの貨幣袋と、丁寧に丸められた羊皮紙が置かれていた。
「いざ手放すとなると、惜しむ気持ちが湧いてくるものなのだな」
組んだ足に肘を乗せて頬杖をつくと、眉根を寄せ、ため息をついた。
――かと思えば、前方を見やり口を尖らせる。
「……こら、前に座るならきちんと帽子を被れと言っただろう」
その声に合わせて、しまったと言うような表情で、
※
「どういうことだ‼︎」
その頃、館は混乱状態にあった。
「あの、執事殿……!」
「なんだ!」
「それが、どういうことか、金庫がもぬけの殻で……」
執事と呼ばれた男は、一瞬目を見開くがすぐさま
「それどころじゃない……」
苦虫を
目を通した
「り、領主権を――放棄⁉︎ 隣の領主に譲るって……一体、どういう⁉︎」
従僕の声を聞き、周りが更にざわめく。
そして、皆が
「あれは、あたしが何日もかけて縫い上げた傑作品さね。せっかく美しく仕上がったものを、価値のわからぬやつにくれてやるには惜しすぎるわい」
何度目かわからぬため息をつきながら、魔女は愚痴をこぼす。
「ぼくはこっちの服も好きだよ、おししょう!」
普段身につけている服に着替えた少年は、にこにこしながら馬の
「でも、とちゅうからぼく、ぜんぜんわかんなかった」
ぽつりと呟く声も、魔女にはよく聞こえた。
「なんで、ぼくのほう見ながら『娘』の話をしてるんだろうって思ったけど、服のことだったんだねえ」
魔女は、からから笑いながら、「そうさ、あたしが身を粉にして作り上げた大事な娘さ」と、
「もしかして――」うーんと
「だから、今日はあのかっこうだったの? 全部おししょうの言うとおり?」
憧れに満ちた眼差しを向ける少年に、魔女は軽く笑って手をひらひら振る。
「さぁてね。帰りはあの愛想の良さそうな店で、たらふく食っていこうかね」
空は紅色に輝き、土壁は茜色に染まる。土の道の脇には点々と明かりが灯り、老夫婦が馬車に向かって手を振る。魔女が片手を上げ返せば、それを見た少年は手綱を置き、両手を大きく振った。やがて、馬車は緩やかに止まる。
空が暗くなっても、集落は明るい笑い声に満たされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます