01 父はなにを予期していたのか
「出ないね」
山林にある洋館の玄関前、
呼び鈴のボタンを何度か押したが、待てどもスピーカーからの応答はない。
「待つ? 周囲を探す?」
美夜子は、ボサボサ頭の白衣の青年へと尋ねる。
この場所で
「ちょっと待って。開けるから」
そういうと白衣の青年は、ポケットから鍵を取り出した。
「え、え、どうしてノリマキくんがこの家の鍵なんか持っているの?」
そうなるのも当然だろう。この洋館は
「なにかあった時のために、合鍵を持たされていたんだよ。こうして使うのなんて初めてだ」
「そうなんだ」
というものの、美夜子は納得いってはいない。
なにかあったら、ってなにがあるんだ。
いや、こういう事態は確かに起きているけど、そんなこと想定しているなんて変じゃないか。
じゃ、なにかあったらのそのなにかってなんだ?
なにを想定していた?
なにを覚悟していた?
そりゃ物騒な産業スパイとか、そういうのもあるのかも知れないけど。だから念には念を、というだけかも知れないけど。
いやそれもおかしい。
研究データなんかは全部、研究所やデータセンターのサーバーにあるはずだろう。
でも、ここでわたしなんかがあれこれ考えて、事態が好転するものでもないよな。
などとぶつぶつ胸に思っていると、青年の素っ頓狂な声に意識現実に戻る。
「あれええ?」
「どうしたの?」
「うん。……施錠、されていないんだ」
鍵穴に差し込んだ鍵をひねることなく、青年が扉を押すと蝶番が錆びた音を立てて左右に開いたのである。
「不用心? それとも別の誰かが……」
「考えていても仕方ない。……あたしはお父さんの娘なんだから、入っちゃっても問題ないでしょう?」
そういうと美夜子は青年を差し置いて、中に入ってしまう。
本当は親とはいえ顔も知らない人の家になんか入りたくなかったけど、そうもいっていられないから。
少なくとも早苗ちゃんの無事を確認するまでは、彼女を探すことが最優先事項だ。
「広いロビーだね」
館内に入った美夜子は、常夜灯の薄明かりの中きょろきょろ見回してしまう。
建物を外から見ていたよりも、よっぽど広く感じる。
玄関と反対側の奥には、二階へと上がる階段が二つもある。左右から弧を描く贅沢な造りだ。
「でも……」
階段のみならず、全体おしゃれで豪華な感じではあるが、なんとも古臭く、壁には細かな亀裂が走っていたり、階段の格子が折れていたり、やけにボロボロだ。ただ老朽化というだけでなく、まともに修繕がされていない。
「所長から鍵を預かる時に聞いたけど 不便過ぎてこれまで誰も買い手がいなかったところを、単に広い別荘が欲しくて安く購入したんだってさ。安くといっても、それなりの価格だろうけどね。この広さだし」
「そうなんだ。……それよりノリマキくん、なんか不安そうな顔をしてるけど、外で待ってたっていいんだよ」
身の危険に怖い思いしているなら可哀想だし、実際問題なにか危険なことが起きたら守り切れないかも知れないから。
美夜子は、今日だけで二度も戦った、あの白銀の女性型機体を思い浮かべていた。
ここに現れっこない。などと決め付けは出来ないだろう。
現れないにしても、別の危険があるかも知れない。
美夜子の父を知らないはずの早苗が、ここで消息途絶えた。それだけを考えても、ここになにかがあることは間違いないのだから。
「うん、ありがとう、ミヤちゃん。何者かに襲われたりとかしたら、確かにきみに迷惑が掛かっちゃうよね。でも、なんかちょっと嫌な予感がしてさ。あ、いや、具体的になにが、というわけではないんだけど……」
「分かった」
美夜子は小さく頷いた。
わたしのお父さんの別荘で、どうして早苗ちゃんが姿を消したのか。それを考えれば、なにもなくたって嫌な予感がするのも当たり前だよな。
なにかあったら守れるか分からない。と思ったけど、外で待たせてたって襲われる危険はあるわけで。
じゃあまだ一緒にいた方がいいのか。
でも……今の話し方だと、ノリマキくんのいう嫌な予感というのは、襲われるとか危険な目に遭うことよりもっと大変ななにか、ということ?
それは、お父さんにとってのよくないこと?
それとも、わたしにとって?
わたしにとってだとして、なにがあるの? 飛行機事故に遭い、死に掛けて、めかまじょになった。それ以外に、それ以上に、なにがあるというの?
聞けばいいだけ。
嫌な予感て例えばなに?
お父さんの、なにを知っているの?
研究所の副所長に。
でも、聞けなかった。
美夜子か臆病だったこともあるが、それだけではなかった。
カチャリ。
床を踏む微かな金属音。
薄暗闇の中に、また現れたのである。
全身が白銀色の、めかまじょに似た形状をした機械の女性が。
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