07 だ、だ、誰っ?
駅前の大通りは、今日も大小無数の無公害自動車が行き交っている。
行き交っているが、現在この瞬間はスクランブル交差点の歩行者信号が青であるため、無公害自動車はどちら方向も停車している状態だ。
横断歩道を、バッグ小脇に抱えた老婆が、転ばぬよう確かめるような足取りでゆっくりと渡っている。
だが、反対側から小走りしてくる男に肩をぶつけられて、バッグが舞い上がり、老婆はよろけ倒れてしまう。
「気を付けろ!」
自分の非常識を顧みず、男はそう吐き捨て走り去ってしまう。
ぶつけられた腕をおさえ顔を辛そうにしかめている老婆であるが、不意に表情が変わった。
歩行者用の信号が、点滅を始めたのだ。
老婆の顔に浮かんだのは、焦りの表情である。
ゆっくりバッグを拾ってなどいたら信号が赤になってしまうし、拾わないわけにもいかない。でも素早く拾って横断歩道を抜けるなど年齢的に無理だ。
無理であっても、やはり拾わないわけにいかない。ぎくしゃくとした足取りで、老婆は転がったバッグに向かって歩き出した。
「おばあちゃん、そんな慌てんでもええよ」
投げ掛けられる、若い女性の声。
紺色の学校制服を着た、おでこ全開の髪型にタレ目が印象的な女子、
「うちもおるから。大丈夫や」
いいながら早苗は、屈んでバッグを拾った。
「転んで骨でも折ったら、それこそ洒落にならへんやろ」
バッグを渡すと老婆の手を引いて、もう片方の黒カバンを持った手を高く上げて横断歩道を歩き始める。
もう完全に歩行者信号は赤、自動車用信号が青になっており、既に他に歩行者はいない状態だ。当然あちらこちらから、特に状況が見えていない後方の自動車からクラクションが鳴らされる。
「やかましい! お年寄りが優先や!」
手を引き歩きながら、早苗は怒鳴り声を張り上げた。
「どうも、ありがとうねえ。お嬢ちゃん」
老婆が、嬉しさと申し訳なさの混じった表情で小さく頭を下げる。
「気にしない。困った時はお互い様や」
早苗は、ニッと笑みを浮かべた。
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