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 メカメカいわれていたから、実感ないながらもお湯に入るのちょっと不安だった。

 でも、入ってみたら特に問題なかった。

 バチバチショートして一瞬で行動不能、などにはならなかった。


 問題はなかったけど、気のせいかちょっとのぼせてきた気もするので、五分ほどで湯船から上がった。

 脳は生身とのことなので、おそらく気のせいではなく、また正しい反応なのだろう。


「コーヒー牛乳……瓶のりんごジュース」


 別に飲みたいわけでもないのに意味なく呟きながら、ふらふら浴場を出て、身体を拭いて下着を身に着けていると、ふと視界に入ってきた物がある。

 脱衣所の隅に置かれている、体重計だ。

 大きな台車の付いた、立つと顔の前に針のメーターがくる、相当に古いタイプだ。ブリキかなにかで作られていそうな、とても無骨な。


 この世紀末、体重測定などは床に埋め込まれた様々な機能の一つに過ぎないというのに。

 それどころか、腕時計で自身の体重も身長も割り出せる、そんな技術すら開発されて普及しつつある時代だというのに。

 何故、こんな文明の化石がここに……


 別には、古くさい作りの体重計に魅せられたわけではない。あからさまな形状の体重計を見て、ふと自分の体重が気になっただけである。

 大半がメカの身体という話であるが、ではやはりその分、少しは重いのだろうか、と。


 まあ、金属が入っていれば、その分だけ重いに決まっているか。

 ただし、それは金属の重さであり、わたしの重さではない。

 ……でもやっぱり、わたしの重さでもあるのだろう。

 知りたくないような、知りたいような。

 知りたいような、知りたくないような。

 ちょっと重いのかなあ。

 重いんだろうなあ。

 五キロくらい引いておけば、本来の体重ってことかなあ。

 いやいやいや、技術革新でとんでもなく軽いかも知れないぞお。


 そんなこと思っていたものだから、無意識のうち、ふらふら足が体重計へと向かっていた。

 そろおーっ、と体重計に乗っていた。


「ほーーーーーーーっ!」


 気持ちの悪い叫び声を発した。


 104キロ。

 はああああああ? ちょっとどこじゃないじゃん!

 機械の身体だということを心の片隅では疑っていたけど……本当のことだったのか……

 最初は右腕だけ機械っぽかったのも、それは単なるギプスでこっそり外されていただけ、なんて思ってたけど、あれ本当に機械の腕だったのか!

 単にこっそりギプス外しただけなのにノリマキくんが精霊がどうこう人を担ごうとしているから、いつか殴ってやるかご飯をおごらせるつもりだったけど、本当のことだったのか……

 というか……そんな大切なことを、銭湯の錆びた体重計で初めて実感するって、なんなんだわたし……


「まあ、それはよしとしよう」


 機械の身体であることは、よし信じるとして、一つ問題が。

 半信半疑だったから後回しにしていた問題が。

 右腕が動力源だからもしも壊れたら生命活動が維持出来ない、とかノリマキくんやイリーナからさんざんに脅しをかけられていたけれど、でも……機械ってさ、いきなり壊れるのが普通じゃないの?

 消耗品なら定期的に取り替えるとかで、いきなり壊れる確率を減らすことも出来るんだろうけど。

 大丈夫なのか?

 機械だけなら壊れて停止しても後から修理すればいいけど、わたし脳みそだけナマモノじゃん、死んじゃうじゃん。


 いまわたしの見た目は普通の人間の腕だけど、本当はぶっとい機械の腕なんでしょ? あんな得体の知れないのが、心臓替わりで生命活動をしているだなんて。

 予備用に二つの動力が入っているのかな……

 いや、右腕が身体から離れたら制御を失って大爆発とか物騒なことをいっていたくらいだから、お徳用二つ入りとか複雑な構造にするとも思えない。むしろ爆発リスク上がるじゃないか。爆発したら、きっともう一つも爆発する。


 なんなんだ……この身体は。

 同じような人が周囲にいくらでもいるのなら、ついにわたしもかあ、って諦めの境地に達することも出来たかもだけど。そんな人、これまでの人生で見たことないものな。

 見てないだけで、実はうようよその辺を歩いているのかも知れないけど。


 そもそも論だけど、墜落事故で瀕死のわたしを、そこまでしなきゃ助けることって出来なかったものなのかな。

 医療技術では救えないから、って理由の説明は受けたけど、本当にお医者さんでは駄目だったのかな。よく話に聞く臓器移植とか、そういうのとかで。


「どした?」


 眼鏡を掛けた顔面染みだらけの真っ白髪おばあちゃんが、こちらを見ていた。

 真っ裸で、胸から夏みかんのネットみたいなものをしなしな垂らし揺らしながら。


「あ、あ、すみません、どきます。どうぞお」


 あはは笑いながら美夜子は体重計から降りて、両手差し出し譲った。


「すっげえデブだな! あんた」


 おばあちゃんは体重計にまだ残っていた数値を見て、正直な一言を吐いた。

 正直ではあるが、美夜子にとって衝撃的な言葉を。


「ちが、こ、これはっ!」


 美夜子は、もう下着を着けているというのに何故かあたふた手を動かし身体を隠そうとしながら逃走を始めたのである。


 数字だけでデブと判断するなっ! 見た目を見ろ見た目をっ!

 などと心の中で叫びながら。





 せっかくの新生活記念日であるというのに、見知らぬおばあちゃんにデブといわれてショックな美夜子。

 帰宅後、ノリマキ青年を再び自室に呼びつけて、くだをまきまくるのであった。

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