03 なんとも間抜けな展開……

 ビルを包囲している警察隊、その陣頭指揮を執っているそえごうすけ警部補が、拡声器をマイクを口元に当てた。

 そして吐かれる月並みな言葉。


「もう一度いう。完全に包囲されて逃げ場はないぞ。無意味な抵抗はせず、人質を解放して投降しなさい! 余計に罪が重くな……」

「うるせー、バーカ!」


 凶悪犯の兄貴分が、手にした銃の引き金を引いて、銃弾と貧弱な語彙とを同時に放った。


「ひいっ!」


 弟分に銃を突き付けられている人質女性が、響く銃弾にびくり身体を震わせ悲鳴をあげた。

 すっかり涙目である。


「でもよお、どうすんですかあ? 兄貴い」

「なんてこたねえんだよ。こっちゃあこの女の命を握ってんだからよお」


 兄貴は強気な笑みを弟分へと向けると、すぐに前方へと視線を戻す。

 前方、じりじり狭まりつつある包囲網の少し内側こっち側に、二台のゼログラが停まっている。彼らが乗ってきて、ビル前に停めておいた車体だ。


 ゼログラとは、ゼログラビティを省略したもの。

 本当に重力ゼロというわけではなく、減重力機構を搭載して自力浮遊が出来る作業機械の俗称だ。TSUMADAのロゴで有名な重機メーカーつま工業の主力商品名が、そのまま広まってしまったものである。


 推進はジェットやホバーを利用することが多いが、浮遊に「魔力」「精霊力」などと呼ばれている、近年に発見されたエネルギーが応用されていることが特徴だ。

 その減重力によって、従来の同目的機器と比較して海を魚が泳ぐがごとく空を飛ぶ。そこから、このような俗称で呼ばれている。


 作業機械であるため形状は様々だが、彼らの乗ってきたのは自動車の前と後を切り取ってダンゴ状にしたようなものだ。

 窓はあるがガラスは張られておらず、操縦席を覆うのはフレームと屋根のみ。

 特徴的なのが、先頭にある巨大なアームだ。先端には手があり、塗装もされていない金属の平たい指が三本。


 巨大なアームで倒れないのが不思議なほどの絶妙な重心バランスで、二台のゼログラは停車している。


 なお、ゼログラの法定高度は十メートルであり、法としての例外はない。

 雲より高くまで上がることも技術的には可能だが、墜落事故などによる被害防止のため通常はリミッターがかけられている。

 もちろん悪い人間はいるもので、その筋の者なら制限解除は容易だろう。


 この減重力機構を利用した家庭用自動車も存在する。しかし重力制御に大量のエネルギーを消費するため、また税金も高いため、もっぱら金持ちや自動車マニアの趣味にしかならず、したがって二十二世紀目前の世紀末であるものの、現行の自動車はほとんどが車輪走行式である。


 つまり、なにがいいたいかというと、悪党にとってゼログラ所持は逃走にとっても有利だということ。


「無駄な抵抗をいつまで続けるつもりだ!」


 陣頭指揮の添田剛介警部補が、少し脅しを混ぜるつもりか声を荒らげた。

 相手のテンションにも語彙にも、なんの変化もなかったが。


「うるせえんだよ!」

「バーカ!」


 つまりは、変わらずの怒声とともに放たれた銃弾が、また地面や機動隊員の盾に跳ねたというだけであった。


 だけど、それでいいのだ。

 添田警部補にとっては。

 過度な刺激をしないように、気付かれないよう少しずつじわりじわり、機動隊員の作る包囲の輪が狭まっていたからである。

 これ以上は気付かれるという限界まで狭まったら、後は別の手段を考案するしかないわけだが。とにかく、第一段階は着々と進行中なのだから。


 でもその考案は、不要だった。

 結果的に。


 不要どころか……

 いやはや、これはなんという壮絶なギャグであろうか……


「きみたちの母さんはあ……」

「うるせえつってんだろ!」


 怒声とともに撃たれた銃弾がチュンチュン跳ねて、ビルのネオンがショートして、パツという音とともに周囲一帯の誰もが目も眩みそうな真っ白な光を放った。


 降ってきた幸運の星を即座に掴み取って凶悪犯たち、機動隊員や警部補が「あ……」と間抜けな口を開いている前で、停めてあるそれぞれのゼログラへと見るも簡単に乗り込んでしまったのである。


 冗談にもならないことが起きてしまった。

 でも、起きたことが現実だ。

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