第7話 ひったくり男の事情 ①

「俺は、椿 つばき晴冬はるとっていいます。俺……………………。こんなことして、本当に申し訳ありませんでした」


 勢いよく立ち上がり、再び寺岡さんに頭を下げて謝罪した。

 金髪のプリン頭でチャラチャラしている感はあるけど、その立ち居振る舞いとひったくりがどうしても結びつかず、現行犯で捕まえていなければ、ひったくりをするような人には見えない。

 黒河内さんもそう思ったのかどうかは知らないけど、座るように促し、何でひったくりをしたのか問い質している。


 椿さんは、再度座って、俯いたまま、ぽつぽつと話し始めた。


「………………どうしてもお金が必要で。……半年前に両親が死んで、今ばあちゃんと二人暮らししてるんですけど……、そのばあちゃんが倒れて手術することになったんです。

 でも、両親が死んだ後、借金があることが分かって……、工場こうばや家を差し押さえられて借金返済に充てたんですけど、400万ぐらい残ってしまったんです。昼も夜も働いて借金を返してたんですが、利息だけで元金は全然減らないし……。ばあちゃんが死んだらと思うと……、悪いことだと分かってたのに……。本当にすみませんでした」


 その声はだんだん小さくなっていき、最後のほうは涙声になっていった。

 椿さんの斜め前に座っていた私からは、俯いて流れ落ちた金髪の髪の毛と涙を浮かべる双眸が見えた。その表情を見ていると胸が苦しくなった。


 九条さんも横に座る椿さんを見ていた。そして、話し終わったのを見計らって、優しく尋ねる。


「……御両親は何でお亡くなりに?」

「爆発で……。うちの親父は町工場を経営してました。……職人気質の豪快な親父で。その工場が爆発して、父も母もそれに巻き込まれて……」


「……ああ、思い出した。不審火から町工場が爆発した事件があったな。もしかしてあの事件か」

 意外にも黒河内さんは静かに尋ねた。


「分かりませんが、多分、それだと思います。……不審火から爆発に発展するなんて今も信じられなくて……。そんなわけないんです。だって、不審火で爆発するようなものなんて工場にはなかった。

 ………現場検証とか検屍とかが終わって、葬式のときに取り立て屋が来て、1億2,000万借金があるから返せと言われました……。すぐに工場や自宅を差し押さえられ、持ち出すものもすべてチェックされて、葬儀の後すぐ追い出されました。そして、ばあちゃんのところへ行きました。……でも、俺は、両親から借金があることなんか聞いてなかったんです。小さな町工場で、たしかに裕福じゃなかったけど、赤字を出さずに経営できていることを親父は誇りにしていました。……だから、1億2,000万も借金があることが信じられなくて……」

「その話は警察には?」

「しました。葬儀のあと警察に行って話しましたが、借用書があるからといって取り合ってもらえず……」

「チッ、担当者は誰やねん」


 大きめの舌打ちをする黒河内さんを見ながら、たしかに警察の対応はどうかと思ったが、それよりも……、黒河内さん、目つきがますます鋭く怖くなってます。


「んで、工場と自宅を差し押さえられて、残った借金が400万あると?」

「……はい」

「取り立て屋の名前、分かるか」

「はい。名刺を渡されたので……」


 椿さんはズボンの後ろポケットに入れている財布から名刺を取り出して黒河内さんに渡していたが、私からは名刺の名前が見えず、どこの取り立て屋か分からなかった。だけど、名刺を見た瞬間、黒河内さんは眉間にしわを寄せ、特大の舌打ちをした。


 黒河内さんの抑えきれない怒りが全身から溢れ出ている。


 黒河内さんは何も言わず静かに怒っていた。



 ……その取り立て屋、きっと碌なところじゃないな。




 「御両親の事故は不審な点が多いですね」と静かに言う九条さんの言葉に、寺岡さんも「ほんまにそうやなあ」と同意して頷いている。



 大人の皆さんは何の疑問も持たずに話を進めているが、いつの間にかひったくりの話から逸れて結構物騒な話になっていることに気づいていらっしゃるだろうか。


 一連の会話を聞きながら、今とんでもない話を聞かされているということだけは、世間知らずの私でも分かった。

 なので、皆さんのお邪魔にならないように、ただただ気配を消すことだけに注力した。



 ……ほんともう帰りたい。









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