魚庭は今日もキラ⭐︎めいています
もみじあおい
第1話 プロローグ・礼桜/ ◆ある男の憂鬱⓪
「
「……分かってる」
「マップで検索したら、
「………」
朝から元気な母の声が、キッチンから飛んできた。
学校帰りに四天王寺の近くにある革小物専門店に寄ってバッグを修理に出してほしいというお願いに、すこぶる面倒だと思いながら、不織布に包まれているショルダーバッグをリュックの中に入れた。
学校指定のリュックなのに大容量とは言えず、微妙な容量だから、バッグが潰れないようファイルや筆記用具の配置を整えた。
今日が始業式で本当によかった。
教科書があったら絶対に入らない。
忘れ物がないか再度確認してリュックを背負った。
「いってきます」
「いってらっしゃい! 帰りよろしくねー」
母の声に見送られ、私は玄関を出た。
空には雲一つない青空が広がっている。
視線を少し下げ遠くを見ると、あべのハルカスが見えた。
今年の桜の開花は例年より早かったため、既に葉桜へと変わっている。
新緑の中にわずかに残る薄紅色の花が、桜の終わりを告げており、その儚さに少しだけ物悲しさを感じた。だけど、それよりも、始業式まで散らずに踏みとどまって咲いてくれている喜びのほうが大きい。
始業式や入学式に桜が咲いていると、頑張ろうと思えるから。
今日から高校2年生が始まる。
私は深呼吸して気合いを入れ歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【もう一つのプロローグ】
~ある男の憂鬱 ⓪〜
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
——3月下旬 大阪府内某所——
「おい、まだ見つからねえのか!」
「すみません、家じゅう探しているのですが、どこにも見当たりません」
「もしかしてここにないんじゃ……」
「もう1回よく探せ! 何としても見つけ出すんや!」
どこにあるかさえ分からない、存在するのかどうかも不明なものを探し始めて5か月以上が経過した。
家の床はいろいろな物で散乱している。
探すのも段々苦痛になってきた。
部下に負担をかけているのも心苦しい。
クソッ! 何で俺らがこんなことしなきゃなんねえんだ。
どうしてこうなった。
俺は苛立ちを隠せないまま外に出た。
3月下旬の夜はまだまだ冷え込みが激しい。
俺はコートのポケットに手を突っ込むと、住宅街の中を公園へと向かって歩き出した。
◇◇
家の近くには大きな公園がある。
車を公園の入り口に回すよう伝えているが、まだ来ていないようだ。
苛ついていた俺は、車が来ていないことにさらムカついた。
最近腹立たしいことばかり起こっている。
俺は気が立っている心を鎮めるため胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
煙と一緒に苛立ちを吐き出しながら何気なく目線を上げると、満開の桜が一本だけ佇んでいる。
公園の街灯がライトアップに一役買っており、漆黒の闇を背景に咲き誇る満開の桜が、妖しくも眩しく映る。
たった一本の桜にもかかわらず、見る者を圧倒させる見事な咲っぷりに目を逸らせずにいると、急に強い風が吹いた。
その瞬間、一斉に舞い上がる桜の花びら。
月がかかっている夜空に薄紅色の花びらが舞い上がった。まるで映画のワンシーンのような、瞬きすることさえ惜しいほどの美しい光景が目の前に広がっていく。
しばらくの間、俺はその光景に見惚れてしまった。
……ふっ、こんな俺でも、桜を見て綺麗だと思う心はまだ残ってるんやな。
自嘲し、煙草を靴底で踏みつけると、俺は来た車に乗り込んだ。
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