第33話 未来に数歩進んで一歩戻る

 イザーク……彼は分家筋なので、あえて呼び捨てのままですが……彼との再会をして、私の心も一区切りついた気がします。


 アベリアン殿下とアトキンス嬢に関してはその後、続報らしきものもありませんし……お目にかかる機会もありませんからね。

 学生は社交場に出てくることもほとんどありませんし、殿下は今のところ問題行動を起こした責任として公務も一時的にさせてもらえず、行事にも参加できないことになっているようです。

 そちらは長くて一年、反省の色が見えれば公務は少し行わせてもらえるとのことですが……。


 陛下はかなり厳しくお考えのようで、王族の私的な財産のうち決められている額がそれぞれの王子殿下にはあるのですが……これまで平等にしていたそれらを、公務の内容で変更すると決められたのです。

 衣食住は王族として賄われているので、それ以外の個人的に何かを買い付けたい時のお金ですからそう問題ないようにも思います。


 公務に出ることもなければ社交場に顔を出すわけでもないのでしたら、装飾品や交際費は使いませんしね!

 それでも何もしなければ国民に養われているだけと口さがない者は陰で言うかもしれませんが、それもまた行いを反省させるためだと陛下が仰っていたのだとか。

 それらについてはお父様から伺いました。


 キール殿下は婿入りをなさるので、公務は最低限。

 私的に使われるお金も、側近やその家族との交際費に基本使われているそうです。

 四人いる側近のうち、二人は一緒に国外へ、残りのお二人は残ってそちらの国との外交関係に尽力することが決まっているのだそうです。

 まあ、そのまま順調に学園に入学して卒業すればですが。


 そしてマルス殿下は、急に王太子の座が回ってきたことで慌ただしい生活を送られているそうです。

 仕方のないこととはいえ、アベリアン殿下と私の婚約、そして結婚が間近ということで『万が一』程度の王位継承権と考えていたマルス殿下の母君である第二妃様とそのご生家は、王太子教育に入るために慌ただしく準備を整えているようです。

 今は未来の婚約者のために、南方の言葉を重点的に学ばれているそうです。


「……みんな前に進んでいるわね」


「そうだな、それなりに丸く収まったって感じか」


「ええ」


 婚約破棄を告げられて、傷つくのと同時に安堵したあの日からまだ半年と経っていないのに随分と慌ただしく世の中は変わっていくのだと思いました。

 私は領民と接する機会を増やし、日々驚きの連続と学びを得ています。

 これまで王都で過ごすことも多かったですが、領地での生活がこんなにも穏やかだとは思いませんでした。


 実は私は領地には時折足を運ぶ程度だったのです。

 お父様が公爵として陛下の相談役、また各派閥や貴族たちの仲介、国外の客人のおもてなしなど様々に動かれていたために王都にいた方が都合が良かったのが大きいのですが……母を亡くした私を、領地に置いておくわけには行かないと王都の屋敷でなるべく父娘で過ごせるように尽力してくださったおかげです。


 本来ならば定期的に領地に戻り、領地運営なども直接お父様が教える予定だったはずが殿下の婚約者に選ばれたため、私は一年に一、二度領地に足を運ぶ以外はそのまま王都暮らしだったわけで……。


(今にして思えば、勿体ないことをしたわ)


 王子妃教育や社交シーズン以外でも招かれる茶会などに積極的に参加していたので、決して王都にいた時間も無駄な時間ではありませんでした。

 淑女としての仮面は見事に磨かれていると思います。


 ……中身はまだまだだと反省の日々ですが。


「レオン、領地内の教会慰問の件なのだけれど……」


「ああ、それは」


 レオンが私の問いに答えようとするタイミングで、ノックの音がします。

 私が許可をすると困り顔の侍女がやってきて、なんとも言えない顔をしたままお辞儀をしました。


「どうしたの?」


「その……お嬢様に、予定のない来客が」


「ええ。今日は誰とも面会の予定はなかったはずだけれど。……お父様が仰っていた、輸入の件で商人が来たのかしら?」


「いや、確かに北方からの輸入品が天候で難しいかもしれないという話は出ていたが……それは別ルートだから問題ないという話だったと思う」


「だからそれに支障が……」


「あの、いえ、商人の方ではございません」


 私たちがそんな会話をしていると侍女はもっと困ったような顔をしているではありませんか。

 普段ならハキハキとしている侍女ですのに、困った相手なのでしょうか?

 

「あら、じゃあ誰かしら」


 私が問うと、彼女はほとほと困り果てた、という表情を見せました。

 本当に珍しい。


 お父様がいらっしゃらないので私が対応するしかないのでしょうが……彼女がそんなにも言い淀むということは難しい相手なのかと私は思わず手に持っていた羽ペンを握りしめてしまいました。


 そしてそれは間違いなかったのです。


「来客は、アベリアン殿下にございます。お嬢様に面会したいと、どうしても引いてくださいません……」

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