第32話 仮初めの家族が終わる時

 イザーク・カデーレとして『新しい』人生を歩み直すのだと私は、彼に会うその直前までそう思っていました。

 けれど、実際に……カデーレ子爵様と共に現われたイザークの姿を見て、私は考えを改めることにしたのです。


 カデーレ子爵様と彼は、当たり前のことですが……よく似ていました。

 そう、当たり前のことです。

 彼らは、本当の親子なのですから!


(そうよね、何を勘違いしていたのかしら。イザークは本来の生活に戻っただけなんだわ)


 こうして会わなければ、私はいつまで経っても彼の姉気取りだったのかもしれません。

 頭では、きちんと理解していたつもりでした。

 けれど……こうして再会して私と彼はもう、姉と弟でもなんでもないのです。


 ……いえ、一応遠いとはいえ親戚にはあたるのですが。


「ようこそ、カデーレ子爵。まあ座りたまえ」


「し、失礼いたしますワーデンシュタイン公爵様! そしてロレッタ様も……」


「……ごきげんよう」


 レオンに対しての挨拶がないのは、彼が私の婚約者だと子爵が認知していないからだと思います。

 いくら親戚とはいえ、まだレオンと私の婚約は書類上調っているとはいえ、お披露目のようなことはしていないので。


 さすがに陛下の許可あっての婚約ですが、人の噂は口さがないものもありますし、お披露目に関してはまだ期間を設けた方が良いだろうという判断です。


 子爵はお父様に向かって深々と頭を下げました。

 その隣で、イザークも……こちらに一切視線を向けることはなく、ただ静かに黙って頭を下げました。


「此度は我が愚息が大変失礼なことを仕出かし、誠に申し訳なく……それでありながら再起の機会まで与えてくださったこと、どれほど御礼申し上げても足りぬ気持ちで……」


「確かにやってしまったことは良くないことであった。だが一度の失態で全てを失わせるほど、わたしたちも鬼ではないからね。……その方が辛いという人もいるが、そこから立ち直ってくれることを願っている」


 その辛さに負けてしまったのが、ウーゴ様なのでしょうね。

 彼についても、きっと復学したらイザークの耳に入ることでしょう。


(イザーク……)


 この謝罪も、形式的なものです。

 だからこそ、お父様は『黙って』そこにいろと私に言っておいたのでしょう。

 当主として預かった養子は不適格であったとして戻したのです。

 今回のことは非常に稀なことではあるでしょうが、時として養子縁組が上手くいかないことはあります

 その際に、これまでかかった教育費や生活に関して使った経費を全て養子の生家に請求することもあるとか……。


 これは養育費云々の問題ではなく、その養子にかけた時間が勿体なかったのだという意思表明でもあるのです。

 その場合、生家は莫大な額を払うことも多く、没落していくことが殆どだと聞いたことがあります。


 もちろん、今回のように請求しないケースもあります。

 とはいえ、生家もその元養子も、解消された理由は明らかにされている以上、周囲からの目が厳しくなるので少々やりづらいことも多いのだと思いますが……。


「イザーク、君は今回の件を反省できたのかね」


「……申し訳ありませんでした」


「謝罪の言葉はもう十分に聞いた。わたしが聞いているのは、君が、今回の件をどのように理解して、そして反省したのかだ」


「……」


 お父様の言葉に、イザークは頭を下げたまま肩を少しだけ揺らした。

 その姿は、たった三ヶ月会わなかっただけだとはいえ少しやつれていたようにも見える。


 子爵は何かを言おうとして口を噤んだ。

 息子のために、擁護する言葉を発そうとしたのか、あるいは早く答えるようにと促すためなのか。


 いずれにせよ、お父様に視線で制されて口を噤んだのだけれど。


「……僕は……望まれて、公爵家に入り、そして公爵になるのだと慢心していました。姉上が嫁ぎ、その第二子がこの家を継ぐ。それは理解していましたが、いつ生まれるともわからない子供よりも僕が功績さえ残せば……と」


「……」


「ですがそれは、ただの夢想に過ぎませんでした。当然ですが、叶うことの無い夢です。でも僕は、起きていながら夢を見てしまったのだと……ようやく、現実を見ました」


 イザークは、ゆっくりと顔を上げてお父様を見て、そして私へと視線を移しました。

 苦々しい表情を浮かべた彼のその眼差しは、どこか泣きそうで……まだうちへ来たばかりで両親に見捨てられたのかと泣きべそを掻いていた幼少期を思い出させます。


 けれど、私は何も言いませんでした。


「……ワーデンシュタイン公爵令嬢ロレッタ様。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。イザーク・カデーレはご温情を決して忘れることなく、残りの学園生活で結果を残せるように努力を惜しみません」


 淀みなくそう言った彼にお父様はそっと目を伏せました。

 これで、私たちにあった『家族の情』は終わりを迎えたのだと……改めて再認識したのでした。

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